第4話 宇宙港内部の酒場と工場
宇宙港内部の歓楽街、そこにはいくつもの酒場が立ち並んでおり、当たり前のように争う酔っぱらいたちの姿に溢れていた。
普通の人々ならある程度自制するところ、ここにいるのはほとんどが海賊ばかりなのでそうなっている。
「ファーナ、あたしから離れるな。酔っぱらいが吐いたものとかを踏みたくないなら」
「メリア様、最初の方の言葉をもっと格好いい感じでお願いします」
「断る」
メリアは軽くあしらったあと、きらびやかな照明に満ちた大きな通りを歩いていく。
喧嘩などで騒がしい中を、あまり気にすることなく歩くが、体型がわからなくなる程度に分厚い宇宙服と顔の見えないヘルメットという格好、そして少女の姿をしたロボットを引き連れているからか、それなりに視線を集めてしまっていた。
「へへへ、なんだいその格好は? せっかく遊びに来たんなら、もう少し涼しくしようぜ。まずはヘルメットを取って素顔を……」
「…………」
軽く酔っている男性がやって来ると、メリアとファーナを交互に見ながら絡んでくる。
話す気力も出ないのか、メリアは無言でビームブラスターを男性の顔に向けた。
「……わかったよ。気の短い奴だな、おい」
非殺傷にしてあるとはいえ、まともに食らえば麻痺したまま倒れることになるため、男性は肩をすくめながら立ち去っていく。
そして歩くのを再開すると、派手な電飾の看板が目立つ大きな酒場の扉をくぐる。
「ファーナ、酒場の中では、あたしが良いと言うまで口を開くな。表情もできる限り無表情を貫け。安物のロボットのように振る舞うんだ」
「安物のロボットですか……」
「そうじゃないと、盗もうとする奴が出てくる。性能の良い人工知能やロボットというのは、結構な金になるからね」
中を照らすのは、やや薄暗い照明のみ。
外に比べれば落ち着いているとはいえ、その分だけ油断ならない雰囲気に満ちていた、
人種や出身がばらばらな客たちだが、ロボットの少女を連れた正体不明の者が店に入ってくると、全員が視線を向ける。
「マスター、炭酸のあるドリンクとストローを頼めるか?」
「ここは酒場だから酒を頼んでほしいんだがね。まあ、あんたはたまに来てるからこれ以上は言わない」
客たちの視線はすぐに外されるが、それでもじっと見つめる者はいくらか残る。
「何かニュースはあるかい?」
「共和国と帝国が、何年ぶりかの小競り合いを再開しているくらいか。おかげでこの宇宙港は少しばかり賑やかになっている」
老いた男性が示す先には、血を流して倒れている人間が数人いた。動かないので死んでいるようだ。
清掃用のロボットが掃除をしているが、今いる客の邪魔にならないよう静かに行うため、時間がかかっている。
「新参者か」
「双方の脱走兵とかが混じってるものだから、今は市場で武器の需要が上がってる」
「ついでに稼げそうな話も聞きたい」
「ふむ……追加の注文をしてもらいたいな」
「ファーナ、人間と同じように飲食は?」
「カノウ、デス」
メリアが尋ねると、ファーナは安物のロボットらしく反応してみせた。
「とのことだ。適当なドリンクを」
「さて、稼げる話はいくつかあるが、誰かと組むつもりは?」
「ない」
「それじゃ色々と選択肢は減る」
話はここで一度止まり、炭酸の入った妙にカラフルなジュースがメリアとファーナの目の前に置かれる。
メリアは、ヘルメットをわずかに外してストローの通る隙間を確保すると、少しずつ飲んでいく。
「いくら客とはいえ、その飲み方はどうにかならないか」
「申し訳ないが、顔を見せたくないんでね。なに、すぐ出ていくさ。長居はしない」
その言葉に、他の客への酒を準備していた老人はわずかながら表情を変える。
やれやれとでも言いたげなものだった。
「……共和国と帝国は傭兵を求めている。小競り合い程度で、主力を動かしたくはないようだ」
「その結果、脱走兵が出てるのはなんともまあ」
「小競り合いで脱走兵が出ている理由はわからん。やろうと思えば、脱走を考える兵士を手伝って追加の報酬も狙えるが。あとは、戦場で軍艦の残骸を拾い集めたりとかも。誰かと組まないならこんなところだ」
「情報ありがとう。そろそろ去るよ」
ドリンクを飲み終えたあと、メリアはファーナを連れて店を出る。
すると何か揉め事が起きたのか、通りは先程よりも騒がしくなっており、少し視線を動かせば大量の野次馬が盛り上がっているのが見えた。
「殺せ殺せー!」
「お前に賭けたんだ! さっさと反撃しろ!」
物騒なことを叫ぶ野次馬たちだが、どうやら殺し合いでも起きており、勝手に賭け事にしている様子。
近づいても面倒なだけなので、歓楽街から離れようとするメリアだったが、ファーナは通信によって話しかけてくる。
「メリア様、さっきの酒場は、もしかして結構お行儀が良い者しかいなかったりします?」
「あたしがたまに行く店で、海賊の集まる酒場ではある。あそこの路地で盛り上がってるような奴がいるところとか、落ち着けるはずもない」
「わたしとしては、もっと荒れている店がいいのですが」
「面倒事に巻き込まれるだけだろうに」
「だから良いのでは? メリア様と仲を深めるチャンスというわけです」
「…………」
何か言いたいが、何を言っても意味がないように感じてしまうメリアは、返事することなくエア・カーで歓楽街のある階層を離れる。
次に向かうのは工場のある階層だが、その時ちょうど端末に通信が入る。
「そっちの貨物室から残骸を回収して調査している。そろそろ、うちの工場に来てくれ」
音声のあと簡単な地図が送られるので、そのままエア・カーに地図に記された場所へ向かうようメリアは指示を出した。
「メリア様」
「なんだい」
「酒場で聞いた稼げる話のうち、どんな仕事をするんですか?」
「それはこのあと、残骸がどれくらいの金になるか次第。場合によっては、アルケミアも使うかもね」
「それは楽しみです」
やがて宇宙港内部の工場へ到着するが、工場と簡単に言っても種類は様々。
宇宙船の建造や修理から、身の回りの電化製品の製造や販売まで幅広い。なので存在する階層もバラバラである。
今から向かうのは、何かを作るのではなく修理に特化したところ。冷蔵庫から宇宙船までなんでも対応している。
「メリア様ですね? お待ちしておりました。工場長はあちらの建物において、回収した残骸を調査しています。ご案内しますので、どうかはぐれないように」
メリアが工場の敷地に足を踏み入れると、男性型のロボットが近づいてきて、案内を申し出た。
「このロボットは?」
「客人を出迎えるためのものだよ。ちょっとばかし性能の良い人工知能積んであるから、格好次第じゃ普通の人間のように対応できる」
工場の敷地内では、様々な機械を積んだ大型の車両が行き来し、常に騒音に包まれている。
離れた場所では、修理後の確認をするために大きな人型の機械が歩いており、わずかな振動が足元から伝わってくる。
「……いつ来ても騒がしいもんだ」
そして男性型ロボットの案内に従い、宇宙船が入りそうな大きな建物へと入ると、大勢の人々とよくわからない機材が、メリアの船の貨物室にあった残骸を取り囲んでいた。
「おお、メリア! ロボットちゃんと一緒に来てくれたか!」
「まずは商売の話からだ」
「んじゃ、作業の邪魔にならないようこっち来てくれ」
厳つい顔つきをした男性が喜びながら近づくも、メリアは面倒そうに言う。
そしてひとまず隅に移動したあと、商売の話が始まる。
「あの残骸なんだが、市場に出回ってない帝国製の代物でな、ちと古いがこれくらいになる」
「機密に近い物なら、もう少し高くても良いんじゃないかい」
「いやいや、さすがにぼろぼろになり過ぎてる。利用できる部分は少ないから、これ以上は出せないな」
「ならそれでいいよ」
話自体はすぐに終わり、入金が行われる。
メリアからすれば、それほど苦労なく手に入った代物であり、厳つい男性からすれば、よくある取引をさっさと終えて次の話に進みたかったために。
「さあて、お次は、常連とも呼べるほどにうちを利用しながらも決して顔を見せないメリアが、どうしてそこのロボットちゃんを連れているのかだが……まずは挨拶といこう。この宇宙港バスーラで、ちょっとした修理工場の工場長をしているディエゴだ」
厳ついながらも陽気な笑顔で男性は名乗る。
それを受けてファーナも名乗り、ついでに頭を軽く下げた。
「ファーナです。メリア様の所有物です」
「ファーナちゃん、君を所有しているメリアという人なんだがね、その素顔を見たことは?」
「あります」
「どんな感じか教えてもらうことは?」
「できません」
「それは残念だ」
早速ファーナに話しかけるディエゴという男性だったが、その目的はメリアの素顔であるようで、聞き出せなかった時点ですぐに離れた。
当然、メリアは不機嫌そうに言う。
「ずいぶんいきなりなことを尋ねるもんだね」
「だって気になるじゃないか? 声からして若い女性、それ以外は一切わからない。全身を宇宙服で隠したメリアという人物については」
「……海賊の宇宙港では、他人の正体を嗅ぎ回るのはよろしくない行為だと思ってたんだがね」
自分の素顔が広まれば、確実に面倒なことになる。それがわかりきっているために、メリアは声に辛辣なものを含める。
ディエゴは肩をすくめてみせると、周囲を気にしながら小声で話す。
「……あとはまあ、あんたの連れてる少女型のロボットが普通ではないから、改めてあんたのことが気になってな」
「どういう意味だい」
「義眼で軽くスキャンしたんだが、中の作りが市販されてるのとは違う。かといって個人がカスタムしたものでもない。なんというか……時代が違うとでも言うべきかな? あと、その宇宙服ってスキャン対策してあるのな」
ドゴッ
メリアは無言でディエゴの顔を殴った。
彼の両目は既になく、義眼によって視力を補っているが、生身では不可能な機能も搭載されている。
そんな目で自分のことをスキャンしてきため、即座に殴ったのだ。
「いてぇ……」
「工場長、ざっとこれくらいの資材を用意してもらいたい。ついでに推進機関の予備パーツも」
「……わかった。あとで送る」
怒りから名前ではなく役職で呼び、先程のお金から即座に支払うと、メリアはファーナを連れて工場から去る。
その顔には不機嫌なものが残っていたが、エア・カーによって自らの船であるヒューケラへ戻ると、大きく息を吐いてから操縦席に座った。
「ふう……ファーナ」
「はい」
「次の仕事だがね、残骸集めだ。なので一度アルケミアのある宙域まで戻る」
「わかりました」
自分の正体を隠し続けるにも限界はある。
いつか素顔を晒す必要が出てくるだろう。
しかし、その前にやるべきことはあった。
美しい女性であることを知って余計なことを考える者が出てこようとも、返り討ちにできる武装や、資金の確保である。
「……そろそろ身の振り方を考える時期か」
ヘルメットを外し、座席を倒すと、天井を見ながら呟いた。
ほとんど無重力に近い状態のため、茶色の髪がふわっと広がり、ゆっくりと下へ落ちていく。
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