第3話 海賊のための宇宙港

 宇宙海賊。

 それは荒くれ者や犯罪者などがなる、宇宙の鼻つまみ者。

 当然、ほとんどの者は正体を隠し、こそこそと活動しているが、そうではない者もいる。

 そんな海賊たちのために、各国の政府から承認されていない非公式な宇宙港というのは、銀河の各地に存在していた。

 大量のデブリが漂う不安定な領域、小惑星の内部、あるいは人の住まない惑星の軌道上など。


 「ファーナ、ろくでなし共の集まる宇宙港にもうすぐで到着する」

 「わかりました」


 アルケミアのある宙域から、一日近くかけて移動した先には、古さの目立つリング状の機械が宇宙空間にぽつんと存在していた。

 直径は二百メートルほど。

 人間からすれば大きいが、宇宙空間で探し出すには小さすぎる代物である。


 「さてと、ワープのために装置を起動、と」


 これはワープゲート。

 宇宙船では行き来できない距離や、危険な領域を、一瞬で飛び越えて移動できる装置である。

 あとはもうワープゲートで移動するだけだったが、ワープするには事前の準備が必要なため、それだけで数分はかかってしまう。


 「くれぐれも揉め事を起こすんじゃないよ」

 「大丈夫です」


 そしてワープゲートに近づいていくと、リングの内側を越えた瞬間に船の姿は見えなくなる。

 一瞬で空間を移動したのだ。


 「……う、何度やっても、この微妙に気分が悪くなるのは慣れないね」

 「肉体に異常がないか検査をしましょうか? 端末であっても充分な検査ができることは保証します」

 「……どう検査するのか言ってもらおうか」

 「簡単です。粘膜から遺伝子を採」

 「断る。どうせ時間が経てば良くなるしね」


 抱きつかれての拘束、そこからキスによって遺伝子を採取されたことを思い出し、メリアは即座に拒否した。

 しかし、ファーナはこの程度で引き下がるつもりはないのか、まだ話を続ける。


 「舌を使わずとも採取はできます。わたしの指を少し咥えるだけで済みますから」

 「……じゃあなんであの時キスした。しかも拘束したまま」

 「だって、せっかくのご主人様なわけで、ここはわたしという存在を、絶対に忘れられないようにしてしまおうと」


 話の途中でメリアは、中身が少ないドリンクのボトルを投げつけた。

 それはファーナの顔に当たり、軽い音を出す。


 「む、何をするんですか」

 「殴ってやりたいけどね、手が離せないからそれだけで済ませたんだ。そのお喋りな口を閉じてろ」

 「嫌です。メリア様の中における、わたしという存在の比重が大きくなるのですから」

 「もう充分大きいよ、お馬鹿」


 これ以上の話をするつもりはないのか、メリアは黙り込むと、ワープゲートから離れるために船を加速させた。

 スクリーンには外の様子が映し出されており、ちらほらと他の宇宙船を目視できたりする。

 探知機には、目視できない距離に多くの反応があるのを確認でき、やがて大きな建造物が見えてくる。


 「あれが宇宙港ですか。周囲には大量のデブリが漂っていますが、よく見ると一部はケーブルのような物で繋ぎ合わされてますね」

 「入り方を知らない奴がいたら、あっという間に漂ってるゴミのお仲間さ」


 辺り一帯にはデブリが大量に漂い、他の宇宙船は自然と移動速度は遅くなるが、メリアはここに慣れているのか、まるで水の中を魚が泳ぐようにグイグイと進んでいく。

 廃棄された建造物のような外観をした宇宙港へ近づくと、通信が入ってくる。


 「船名と用件を」

 「こちらヒューケラ。補給と貨物室にある品物を売り買いするために訪れた」


 海賊のための、非公式な宇宙港。

 それその物が市場や工場に歓楽街など様々な施設を内包している。

 入るための手続きは驚くほど簡単に済むが、これは機械による人物の照合と、人間の係員による肉眼での確認が行われないため。

 宇宙港の内部で問題を起こさない限り、どんな者でも受け入れる方針なのが理由だった。


 「よう、メリア」


 案内に従って停めると通信が入り、通信画面には気安い様子で話しかけてくる男性の姿が表示される。

 少々厳つい顔つきだが、陽気さをも感じさせる笑みを浮かべていた。


 「売り物があるなら、優先的に買い取るぜえ? ただし、素顔を見せないあんたの美しい声を聞かせてくれたらな!」

 「……うざいね」

 「もっと普通に頼むよ。おや……おやおや? おい、そこのロボットちゃんはなんなんだい!?」


 通信画面の中にファーナが入り込んでいたのか、厳ついながらも陽気そうな男性は何か納得したように頷いた。


 「なーるほどねえ。そういう趣味だったか」

 「鬱陶しいから通信切るよ。貨物室に、数トンほどの残骸だ」

 「待った待った、商売の話を続けよう。工場から人を送って、そっちの貨物室から積み荷を回収して値段決める。あとでうちの工場に来てくれ。あ、もちろんそこのロボットち」


 プツン


 話の途中で通信を切ったメリアは、ヘルメット越しでもわかるくらいに疲れた様子でいた。


 「今の方は?」

 「知り合いだよ。会ったら向こうから名乗ってくるさ。それよりもファーナ、武器はどうする?」

 「必要な事態が?」

 「ないとは言い切れない。今動かしてるそのロボットが頑丈とはいえ、誰かをうっかり殴り殺してしまうのはさすがにまずい」

 「では、銃の類いを。わたしは可愛らしい姿をしていますので、近接戦闘は似合いません」

 「……自分で言うか」


 自画自賛するファーナに対し、やや呆れ顔なメリアだったが、操縦席の近くにある重そうな箱を開ける。

 中には、片手で撃てそうな銃のような代物がいくつか入っていた。


 「ビームブラスターですか」

 「海賊御用達の闇市場で、一般的に売られてるようなのしかないけどね」


 人を殺傷する銃器というのは、表の市場ではとてもでないが買えない。買えるとしても、当たったら麻痺させるだけの物ぐらい。

 しかし、海賊が利用する宇宙港の市場は違う。違法な品物に溢れている。

 当然ながら、海賊たるメリアはいくつか所持していた。

 ビームブラスターは、実弾の代わりに光線の束が放たれる拳銃であり、設定によって威力を変えることができる。


 「設定は非殺傷。これなら港の中で撃ってもあまり問題ない」

 「殺傷と非殺傷を、一つのブラスターで切り替えることができるのは便利ですね」

 「一応聞いておきたい。エネルギー系統の攻撃への耐性は?」

 「よっぽど高出力でないのなら大丈夫です」

 「頑丈だねまったく。──さて、降りるよ」


 宇宙港の埠頭は、他の宇宙船もいるので離れたところから見ればやや狭苦しい印象を受けるが、そこにいる人間にとっては、移動に乗り物が必要なくらいには広い。

 メリアが小型の端末によって、二人分の移動に使える乗り物を注文すると、無人のエア・カーがやって来る。


 「まずは食料品とかを買いに行く。そのあとに工場だ」

 「ワープゲートへ向かう間に、だいぶ食べましたからね」

 「誰かさんのせいで、丸一日飲まず食わずだったせいだが」


 宇宙港は横だけでなく縦にも広い。

 上下の階層を移動するエレベーターはエア・カーごと運ぶ大型の物であり、宇宙港内部の移動に人間の足は必要ないと思えるほど。

 それほどまでに、様々な部分が自動化されている。


 「歩かなくて済むのは便利ですが、生身の体では衰えそうです」

 「まあね。やっぱり自分の足で歩くのは大事だよ。あとは弱くても重力があるのと、完全な無重力じゃかなり違う。おかげで船内で運動する器具と、船に搭載する重力発生装置を買うはめになった。昔、宇宙に出たばかりの話だけど」


 メリアがどこか昔を懐かしむように話すので、ファーナは興味津々な様子となった。


 「その時のお話をもっと聞かせてください」

 「もう店に到着したからこれで終わり」


 しかし、エア・カーが止まるとさっさと降りてしまうメリアであり、これ以上の話は聞けそうにない。


 「ここは昔を語るところだと思いますよ」

 「文句は早く到着したエア・カーに言うんだね」


 食料品を購入しに入った店は、地上で一般的なショッピングモールのようなところだった。

 様々な品物が陳列され、広い店舗を歩き回る必要があるわけだ。

 天井付近には無人の監視機が浮遊しており、店内を歩く客一人一人について回る。


 「あの、これは?」

 「盗んだりしないかの監視。あとはまあ、商品の在庫とか確認できる」


 メリアが手招きすると、浮遊している機械はゆっくりと近づいてくる。

 監視機の背面には携帯端末が設置されており、メリアはそれを手に取ると、店内にある食料品の検索を行い、目的の物があったのか画面上にある送信の部分を押す。


 「在庫はあるみたいだから、あれについて行くよ」


 監視機は案内をするのか、定期的に小さなランプらしき部分を点滅させながら、一定の速度で移動を始めた。


 「案内してくれるんですか。意外と便利ですが、海賊の利用する宇宙港でこれは結構勇気ありますね」

 「ま、歩く必要がある面倒な店だからね。やって来る客も、少しはお行儀が良いのさ。あたしのように」


 大体の店では、宇宙船から出ないまま買い物を済ませることができる。

 端末から店にアクセスして注文し、料金を支払ったあとに届けられるわけだ。

 だが、メリアとファーナがいる店は、わざわざ自らの足で歩き回って品物を探す必要がある面倒なところだった。


 「お、あったあった」


 到着した先にあるのは、銀色のチューブやパックが山積みにされているところ。

 一応、食べ物の写真が貼り付けられており、味などは予想できるようにしてある。

 とはいえ、まったく食欲はそそられない。


 「……メリア様、もっとちゃんとした食べ物にしておくべきでは? 保存食の類いですよこれは」

 「ここを見ろ」


 メリアが示す部分にファーナは目を向けると、そこには在庫一掃セールと書かれていた。

 しかも元の値段の半額となっている。


 「安いだろう? まともな食事だと高くつく」

 「だからといってこれは」

 「栄養のバランスは問題ない。それに、食べてる最中に戦闘になってもすぐ対応できる」

 「片付けとかする余裕はないでしょうけども。人間の食事としてはどうかと思います」


 ここでの買い物は、割引されている保存食が目的だったようで、メリアは驚くことに全部購入してしまう。

 宇宙港の重力は惑星と比べれば弱いとはいえ、量が量なので運ぶのに手間がかかる。

 エア・カーで一度ヒューケラへ戻ると、買ったものを空いているところに置いた。


 「まだ工場から回収に来てないようだし、次はどこにしようか」

 「メリア様、一つ気になるところが」

 「言ってみな」

 「先程の買い物では、お行儀が良いと言ってましたが、つまりはお行儀の悪い者が集まるところも?」


 ファーナの質問に、メリアはしばらく答えないでいたが、エア・カーに乗り込むとようやく口を動かす。


 「……あるよ。海賊たちの集まる酒場が」

 「ぜひ行きましょう」


 メリアは特に返事することなく、宇宙服のヘルメットの中で大きく息を吐いた。

 なんともまあ物好きな人工知能だ、と。

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