第2話 巨大な船とおんぼろ船

 「ご主人様、何かお召し上がりになりますか? それともお飲み物? ああ、どれも期限が切れているのでマッサージはいかがでしょう」

 「だあああ! 鬱陶しい!」


 廃棄された宇宙船の人工知能であるファーナと出会い、半ば強制的に主人となってしまったメリアだったが、それから数十分もしないうちに叫んでいた。


 「まずはあたしの船の修理が先だよ、お馬鹿」

 「わたしがいるのに必要ですか?」


 白い髪と青い目が特徴的な、少女の姿をしたロボットは、不思議そうに首をかしげてみせる。

 これはファーナが他者とのコミュニケーションのために操る端末なので、実質的にファーナそのものと考えていい。


 「この廃棄された船だがね……とにかくでかすぎるんだよ」


 自分の所有するおんぼろ船から、運び込める端末を持ってきたメリアは、廃棄された宇宙船を撮った画像を表示する。

 未知の情報は売ればお金になるので、乗り込む前に撮影したものだった。


 「一キロメートル級の船とか、海賊が利用するところに入れるわけないだろ。普通のとこならまだしも。……平均的だろうあたしの船は、三十メートル級だぞ?」

 「つまり、小回りの利く船が必要であるというわけですか」

 「そうだよ。だから、誰かさんに破壊された部分を修理しないといけない」


 メリアはわざとらしく、誰かさんの部分だけを強調して言う。

 ファーナはその意味を理解したのか、心外そうな表情になった。


 「逃げ出そうとしたのが悪いと思います」

 「逃げ出したくなることをしてきたのは誰だろうねえ? ナノマシンを注入されたあとの苦痛は体験させてやりたいよまったく」


 やれやれとばかりに頭を振るメリアだったが、何か気になるのか、途中でファーナの顔をじっと見つめる。


 「そんなに見つめられると恥ずかしいです」

 「……どれだけ本気の言葉なのやら。それはともかく、ファーナ、この船の名前は?」

 「少々お待ちください……データベースにはアルケミアという名称が記録されていますね」

 「そのデータベースには、どこで作られたとか記録されてないのかい?」

 「残念ながら、大部分が破損していまして」

 「まあいいさ。聞きたいことがあったらまた聞く。今は修理が先だ」


 メリアは宇宙服を着ると、アルケミアという船にくっついている、自分のおんぼろ船へと移動する。なお、当然のようにファーナもついて来た。


 「お手伝いします」

 「必要ない。自分の船くらい、自分の手で直せなきゃ話にならない」


 船外の宇宙空間から直接おんぼろ船の貨物室へ入ると、船内の端末を操作し、被害を改めて確認していく。


 「推進機関の損傷。ただしパーツの交換だけで済む、か」


 修理に必要な資材を探し出すと、一度全体を無重力状態に移行させてから運び出す。

 宇宙服姿のままという状態で。


 「デブリなどを考えると、危険ではありませんか?」

 「船外における作業用の機械も、誰かさんによって念入りに破壊されたからねえ。ま、こうして宇宙服だけでの作業ってのも、それなりに経験はある」


 宇宙空間での作業において、高速で飛来するデブリなどは非常に危険である。

 それゆえに、人が乗り込むような作業用の機械はあるわけだ。

 メリアが乗っていた人型の機械は、戦闘もできるよう改造されていただけで、基本的には安全に作業をするためにあった。


 「せっかくなので、ご主人様のこれまでをお聞きしても?」

 「何がせっかくだ。あとそのご主人様というのはやめろ」

 「やめさせたいなら、生まれてから今に至るまでを、わたしに聞かせるしかありません」

 「……はぁ、作業に支障が出ない程度ならね」


 推進機関のパーツは大きく、メリアは慎重に動かし、おんぼろ船の後部へ向かわせる。

 重力があれば不可能なことでも、無重力だからこそ可能だった。

 ただ、効率は悪いので時間はかかる。


 「ここから遠い惑星の、そこそこお金のある家に生まれて、独り立ちしたあと海賊になって、あんたと出会ったよ」

 「それだけですか……? もっとこう、色々あるのでは。子どもの頃とか、海賊になった時のこととか。というか曖昧過ぎます」

 「物足りないんだろうが、本当のことしか言ってないよ。それにそのうち話すこともある」


 不満そうなファーナを気にすることなく、メリアは推進機関のパーツの交換を始めると、異常が出ないよう慎重に状態を確認していく。


 「内部は無事。あくまでも最小限の破壊に留めたか。これならすぐに済むね」

 「少しいいですか?」

 「なんだい? 忙しいから手短に」

 「損傷した部分以上に、無事な部分が取り外されています」


 ファーナが示す先には、取り外されたパーツが漂っている。


 「そりゃ、壊れた部分を無事なのと交換するんだから、そうなるだろうさ。モジュール式になっているから、規格が合うパーツが揃ってて多少の知識があるなら、個人でも宇宙船を直せる」

 「なるほど。どうやらアルケミアとは設計が違うようです」

 「今の宇宙船と、ファーナの搭載されたアルケミアとやらは、根本的なところから違うのかい」

 「はい。数百年以上も昔の船なのでそうなります」


 アルケミアは各部分が複雑に作用し合う構造になっているらしく、規格の合うパーツならどこが作ったものでも利用できる、モジュール式な現行の宇宙船とは、そもそもの設計が違うとのこと。

 これは大変だとでも言いたそうに、メリアは軽く頭を振る。


 「一応聞いておくよ。現行の宇宙船のパーツとかが使えないなら、アルケミアの修理はどうする?」

 「わたしがロボットを遠隔操作して、地道にといったところです」

 「ならファーナに任せるよ。必要な資材は……あたしの船で少しずつ運ぶってところか」


 まさか巨大な宇宙船であるアルケミアで直接買いつけるわけにもいかない。

 海賊の間ですぐに情報は広まり、発見者についての調査が行われ、場合によっては殺してでも奪い取ろうとする者が出るだろうからだ。


 「さて、ちゃんと直ったか軽く動かす。ファーナは戻りな」

 「嫌ですが」

 「こ、こいつ……」


 メリアはわずかに体を震わせる。

 即座に拒否してくるのは、さすがに予想外だった。


 「ご主人様とは離れたくありません」

 「……船長はあたしだ。好き勝手に動かないなら乗るのを認める。ただし、そのご主人様はやめろと言ったはずだが」

 「では、どのようにお呼びしましょうか? お名前でお呼びすると、目立つかもしれません」

 「まさか、どこまでもついてくるつもりかい」


 宇宙港で降りたあと、色々と情報を集めたり買い物をするために歩き回る。

 そんな自分の隣に、白い髪の少女なロボットが常についてくる。それもかなりの性能のものが。

 軽く想像しただけで、面倒事に巻き込まれそうな予感に満ちていた。


 「いけませんか?」

 「ちっ、連れていくさ。ただし、できるだけ喋らないように。今みたいに、あたしの宇宙服の通信だけに留めておきな」

 「わかりました。メリア様」

 「……もうそれでいいよ」


 ご主人様よりはまだ良い呼び方なので、メリアは仕方なさそうに頷いた。

 このあとは、操縦席にメリアが座り、ファーナは空いている席に座って軽く船内を眺めていく。


 「見るのはいいけど、触ったりしないように。飛ぶ時の衝撃でぶつかったりすると危ない」

 「はい」


 年季の入った内装は、場所によっては塗装が剥がれており、操縦席近くにある固定された透明な箱には、小腹を満たすお菓子などが乱雑に入っていた。

 ドリンクの入ったボトルも置いてあるが、こちらは中身が残り少ない。

 さらに目を凝らすと、折り畳まれた毛布らしきものも見つける。


 「とても生活感がありますね」

 「あたし一人だけだからね。基本的には操縦室で色々済ませることが多い。食べるのも眠るのも」

 「しかし、これからはわたしがいます」

 「はいはい、それはどうも」


 エンジンを動かし、わずかな振動のあと、メリアのおんぼろ船はゆっくりと移動を始めていく。


 「そういえば、ご主人さ」

 「メリア」

 「メリア様の船のお名前を教えてもらえませんか?」

 「ヒューケラ。中古で買ったこの船に、最初からついてた名前さ」


 外観はおんぼろ船なヒューケラ。

 ただし、内部はメリアが定期的に新しい物に交換しているため、海賊船としては平均以上の性能である。

 それを証明するかのように、アルケミアの周囲を器用に回転しながら飛び回り、十数分ほどで確認のための運転は終わる。


 「問題はないか。あとは一番近い宇宙港に向かい、必要な物を揃えないとね。ファーナ、何か売れそうな物が船内にあったりはしないかい?」

 「貯金を崩されるのはいかがでしょう」


 まさかの提案にメリアは一瞬だけ固まった。


 「……本気で言っているのか? “おや、メリアがロボットの少女のために貯金を崩しているぞ。特別な存在なのか”という風に見られてしまうんだが」


 基本的に宇宙服姿でいるメリアは、同業者に顔を知られていない。

 声から女性であることは広まっているとはいえ、いつも一人で活動している正体不明な海賊であると認識されている。

 それがロボットの少女相手にわざわざ貯金を崩したとなれば、変な噂が広まることは火を見るより明らか。


 「見られるべきでは? むしろ見せつけるべきです」

 「このクソ人工知能め。そういうのはもう少し仲が良くなってからするもんだよ」

 「わたしとメリア様の仲は良くないのですか? 生命維持装置をハッキングしたり、ナノマシンを無理矢理注入したりしましたが」

 「……こいつわかってて言ってるだろ」


 どこからどこまでが本心なのか理解しにくい相手に、メリアはため息をつく。

 するとファーナは船内が呼吸できる状況であるからか、再びハッキングすることで宇宙服のヘルメットを外した。


 「いきなり外すとか、あたしを殺す気かい?」

 「ちゃんと呼吸できる状態なのを、センサー類で確認しているのでご安心を。……少し失礼します」


 自らの白い髪を耳の後ろに上げたファーナは、メリアの頬に自らの頬をこすりつける。

 そこからさらにキスをしようとしたが、メリアに頭を掴まれ止められてしまう。


 「おいこら」

 「止めないでください」

 「……何がしたいのか理解に苦しむ」

 「それはもう、親愛の情を示す行動です」

 「そんなことせずとも、船内に売れる機械とかがあれば、少しはファーナのことを気にかけるが」

 「少々お待ちください」


 その言葉から三十分ほどファーナは動かなくなるが、代わりにアルケミアの船内では何か動いているのか、操縦席の計器類に反応があった。

 スクリーンから外の様子を映し出して確認すると、作業用のポッドが複数で何か大きな残骸を運んできているのが見えた。


 「……お待たせしました」

 「あのポッドは無人機だとして、残骸はなんなんだい」

 「わかりません。長く放浪している間に引っかかっていたようなので、捨てるよりは売った方がいいかと思いまして」

 「……ま、どんな代物だろうが、機械なら売れるか」


 隔壁を開き、貨物室に大きな残骸を積み込む。

 そしてアルケミアの存在する座標を記録したあと、メリアの操縦するおんぼろ船ヒューケラは、一番近い宇宙港を目指して移動していった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る