1章
第1話 女海賊メリア
こんなはずじゃなかった。誰か助けて……。
それは同業者たちからメリアと呼ばれる女性の偽らざる本心であった。
「あたしが悪かった! だから離してくれ!」
手術台に寝かされ、手足を拘束されたままメリアは叫ぶ。船内に空気は存在しないので、宇宙服を着たまま。
「それはできません。なにせ、数百年ぶりの人間なのですから」
しかし、透き通るような声がその要求を拒否した。
声の持ち主は人形のような少女。
少し長めの白い髪はどこか異質な素材で構成され、光のない青い目はじっとメリアを見つめている。
「うふふ、あとは“認証”を済ませれば、わたしは機能を十全に発揮できるようになります」
「やめろ……離せ……いったい何をする気だい」
人形のような少女に見下ろされ、メリアは怯えたままもがく。
彼女は元々、しがない海賊の一人だったが、海賊稼業の最中に運良く廃棄された宇宙船を見つけると、掘り出し物を求めて内部に侵入した。
『こんなところに廃棄船とはねえ』
侵入してすぐの頃、メリアは調子に乗っていた。驚くことに動力が生きていたからだ。
部品を取り外して売るよりも、船体丸ごとの方が高く売れることは間違いなく、自分のおんぼろ船でどう運ぼうか悩んでいた。
『これは高く売れるけど、あたしの船じゃ無理がある。いっそ知り合いを呼ぶべき……か?』
『それはできません』
『なっ……!?』
その時、声が聞こえてきたかと思うと、宇宙服の生命維持装置をハッキングされ、呼吸が苦しくなると同時に意識を失う。
目が覚めた時には、こうして手術台に拘束されているというわけだ。
「お名前を教えていただけませんか?」
人形のような少女は言う。
落ち着いた態度は、しっかりとした教育を受けた人物に見えなくもない。
だが、メリアが宇宙服を着ているのに対し、白い髪の少女は着ていない。
そもそも呼吸すらしておらず、機械の四肢と胴体を持ち、人に見える部分は頭部のみ。
「怪しげなロボット。こういうのは自分から名乗るもんだよ」
「それもそうですね。わたしの名前はファーナ。数百年も前に作られたものの、起動した時には宇宙を放浪していました」
「ふん、どうせ大昔の戦争か何かで、停泊してた基地が破壊されたんだろうさ」
「なんとも悲しいことです。……それで、お名前を教えてはいただけませんか?」
「誰が言うか」
メリアは吐き捨てるように言うが、その言葉に対し、白い髪の少女は怪しげな注射器を手に持つことで答えた。
「“認証”を済ませたらいずれ判明することとはいえ、わたしはあなたの口からお聞きしたかったのですが。それが無理ならすぐにでも作業を始めなくては」
「待て待て待て。それはなんだい? あたしに刺すつもりか!?」
拘束されて逃げ出せない現状、謎の注射器はほぼ確実に刺されてしまう。その結果どうなるかなど、わかるはずもない。
これはまずいと判断したメリアは、少しでも先延ばしにするため、苦々しげに名前を言う。
「……メリアだよ」
「素敵なお名前です」
「ファーナと言ったか。あんたは、どうしてあたしを捕まえた? 認証ってのはなんだ?」
わけのわからぬ状況、目の前にいる少女の形をしたロボットに問いかけたところで、理解できるかは不明。
とはいえ、問わずにはいられない。
「捕まえた理由ですが、数百年ぶりの人間であるため絶対に逃がさないように」
「けっ、人体実験でもしようってのかい」
「いえいえ、そんな物騒なことにはなりません。メリアさん、あなたにはわたしの主人になってもらうだけですから」
ファーナという少女に見えるロボットの言葉に、メリアは罵詈雑言を返しながら暴れた。
しかし、拘束は強固でびくともせず、無駄に体力を消耗するだけだった。
「……くそ、こんな狂ったロボットの主人とか、冗談じゃない」
「何か不満が?」
「あるね。人に頼み事したいなら、拘束なんてするべきじゃない」
「ですが、逃げてしまうでしょう? それはよろしくないことです」
ファーナはメリアに近づくと、無造作に注射器を宇宙服の上から刺した。
中身はみるみると減っていき、空になった段階で宇宙服から離れる。
注射器による穴は自然に修復していくが、これはわずかな穴から空気が漏れないよう、現行の宇宙服に備わっている一般的な機能である。
「ぎ……うぐ……」
突然全身に走る痛みにメリアは苦しむ。
焼けつくようなもののあとに、染み込むような形容のしがたい感覚も混じり、悲鳴すら出せないのだ。
「メリアさん、申し訳ありません。わたしは船を起こすので離れます。……どうかご無事で」
「ふざけ……その言い方……無事じゃない可能性が」
ファーナは部屋から出ていき、部屋にはメリアだけとなる。
痛みには波があった。
強くなる時もあれば弱くなる時もあり、耐えられる時は周囲を観察する余裕が生まれるが、耐えられない時には、もはや苦しげな声を出すことしかできない。
「う……生きて、いる、のか」
どれだけ時間が経ったのだろう。
いつの間にか意識を失っていたメリアは、酸素の残量を確認する。
廃棄船を発見した時、長い探索に備えて完全に充填したので二日分はある。
暴れたり叫んだりしたため、多少は減りが進んでいるだろうが、大まかな目安にはなるわけだ。
「残り……十五時間!?」
探索を開始してから、数時間も経たないうちにファーナによって気絶させられた。
一日以上経っていたことに驚くも、その時になって気づく。
拘束が解除され、自由に動けるようになっていた。
「肉体……異常なし。思考……おそらくは大丈夫。なんにせよ、逃げないと」
これ以上、狂ったロボットのいる廃棄船の中に留まってはいられない。
その考えからメリアは扉に近づくと、扉は自動的に開いた。
そして通路に出ると、探索の時は薄暗かったのが明るくなっており、思わず舌打ちしてしまう。
「ちっ、船は……」
他人に見つからないよう、船体に貼り付くように固定してあるため、よっぽど高速で移動していない限りは大丈夫なはず。
問題は乗り込めるかどうかであったが、侵入口はそのままになっており、飛び出せばすぐに自分の船に戻れる状態にあった。
「よし、あとはエンジンを……」
おんぼろ船とはいえ、長く一緒に過ごしてきたからか、戻った時には心から安堵するメリアであり、急いで飛び立とうとする。
あの忌々しい船は、適当な奴らに知らせて沈めてもらおうと考えながら。
ビーッ! ビーッ!
固定していた部分は外れ、もう少しで飛ぶというその時、けたたましいアラームが鳴り響く。
それは外部からの影響によって破損したことを知らせるアラームで、推進機関をやられたのか飛び立つことは不可能になってしまう。
「宇宙の厄介なゴミであるデブリじゃない。ならあのロボットか」
いざという時のため、修理できる資材は積んである。しかし、破壊されている状況では修理などできるはずがない。
ならばそれを行う存在を排除するしかないわけだ。
海賊であるメリアは、貨物室に大急ぎで移動すると、全長三メートル近い人型の機械に乗り込む。
「やってやろうじゃないか」
その人型の機械は、主に船外での作業用に使われる代物だが、海賊である彼女は、装甲と武装を付け加えることで戦闘にも耐えられるよう改造してある。
右手に重機関銃を、左手には突き刺すことも想定されたシールドを持ち、外部に繋がる隔壁を遠隔操作によって開くと、バーニアを吹かしながら外へ。
ガコン
軽い衝撃のあと、強化ガラスの向こう側に見覚えのある白い髪の少女が現れる。
口を動かしていることから何か喋っているようだが、当然ながら聞こえるわけがない。
「わざわざ出てきてくれて、ありがとさん!」
メリアは機械の腕を操作し、ファーナを掴む。
そのあと大型の宇宙船に投げつけると、そのまま重機関銃を撃ち込む。
大型の宇宙船を破壊するには威力が足りないが、人間と変わらないロボット相手なら効果はある。
そう考えるメリアだったが、少ししてその予想は裏切られることに。
「ば、馬鹿な……」
「馬鹿なのはどちらですか。いきなり機関銃を撃ち込むなんて、わたしは悲しいです」
生命維持装置をハッキングした時と同じように人型の機械をハッキングしたのか、外部からファーナによる通信が強制的に入る。
「まったく、せっかく自由にしたらこうなるんですから。お仕置きが必要ですね?」
ファーナがそう言ったあと、強烈な衝撃がメリアを襲う。
どうやら廃棄船の武装である小型の砲に、乗っている機械が撃たれたようで、手足やバーニア部分が的確に破壊されていた。
そのままファーナによって廃棄船の貨物室に運び込まれると、胴体部分も破壊され、メリアは引きずり出される。
「……お前はなんなんだ?」
「この船に搭載されている人工知能であり、この端末は他者とのコミュニケーションを行うためのもの」
「この船自体が、ファーナ、あんたってわけかい」
「そうなります」
白い髪の少女は端末の一つでしかないという。
それはつまり、他にも同等の端末が存在するということに他ならず、この船に入り込んだ時点でメリアの運命は決まったようなもの。
「負けたよ。あたしの負けだ。煮るなり焼くなり好きにするといいさ」
「では、まずはヘルメットを取ってください。既に船内では呼吸ができるようになっています」
メリアは宇宙服のヘルメットを外す。
現れるのは、茶色い髪と茶色い目をした美しい女性だった。
平均以上の美しさをもつ彼女は、荒くれ者の多い同業者から付け狙われないよう、いつも宇宙服を着てヘルメットで顔を誤魔化していたが、今は奇妙なロボットしかいないので心置きなく外したのである。
「…………」
「なんだい。いきなり黙り込んで」
「遺伝子調整などをされた過去は」
「端末のロボットだろうがぶん殴るよ」
「失礼しました。荒々しい人物にしては、ずいぶんと見目麗しいものでして」
さすがに自分が悪いと思ったのか、ファーナは頭を下げた。
「それでは、目を閉じてしゃがんでください」
「はいはい」
メリアは貨物室の床に座ると、目を閉じる。
いったいこれからどうなるのか、疲れ混じりに考えるも、唇に感触があるのですぐにそれどころではなくなる。
どういうことなのかメリアが目を開けると、ファーナが口づけをしていた。
「く、いきなり何を」
「まだ終わっていません」
「むぐ……」
逃れようとするが、人間とロボットでは力の差が大きく、メリアはファーナに抱きつかれる形で拘束されてしまう。
そして唇だけだった感触は、次は口内にまで至り、この時点でメリアは暴れ始めた。
「んがああああ!!」
幸いにもファーナはすぐに離れるので、メリアは床を這いつくばりながらも距離を取る。
相手はロボットであるはずなのに、明らかに生身のような感触だった。
メリアは思い返すと顔を赤くするが、その大半は憤怒によるものだ。
「おま、お前は何を!」
「人間がするキスというものですが何か? 粘膜から遺伝子情報を得ることができたので、正式にあなたを主人として登録します」
「何が主人だ! こ、このっ!」
辺りには、人型の機械の破損したパーツが散らばっている。
メリアはその中から棒状の代物を手に取ると、そのままファーナの端末へと殴りかかった。
だが、ぶつかることなく掴まれてしまい、反撃とばかりに投げ飛ばされると、ファーナはすぐさまメリアにのしかかる。
「メリア、あなたはわたしの主人となったのですから、ふさわしい振る舞いをしてください」
「いきなりキスしてくる奴にふさわしい振る舞いだあ? そんなものはないね」
「他の粘膜から遺伝子情報を得ようとしないことを感謝してほしいのですが」
他の粘膜がどこかは言うまでもない。
メリアは盛大にため息をつくと、体の力を抜いてファーナを見つめる。
「かなり腹立たしいけど、あんたの言うことを受け入れるよ」
「時間はたくさんあるのでよろしくお願いします」
ここに奇妙な繋がりができた。
片方はしがない宇宙海賊であり、もう片方は大昔に作られた謎の人工知能。
「そういえば、あの時注射したものは何?」
「ナノマシンです。死んでも死ねなくする代物であり、数十年をかけて肉の体と置き換わっていきます」
「……クソロボット、いや、クソ人工知能め」
「好きなだけ憎悪をぶつけてくださって構いません。わたしは“ご主人様”と共にあり続けますから。うふふ」
憎しみの混じった視線を向けるメリアだったが、ファーナは笑みを浮かべたまま可愛らしく首をかしげてみせた。
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