#56 主夫で挫折したらスカウトされた
藤田さんは、リカコさんが作り自分が社長を引き継いだ会社で、俺に一緒に働かないかと言ってくれている。
今年は新卒採用をする予定で去年から中途を採用しておらず、その新卒採用も無くなってしまい、ただでさえ予定よりも人員が少ない。
藤田さんが言うには、A社との取引再開となれば、圧倒的に人手不足になる。
以前はA社でのハラスメントに関するセミナーも請け負っており、皮肉にもセクハラが原因で取引停止になっている。
当然、A社としては早急に取り組み改善が必要な問題であり、取引再開する理由の一つでもあるらしい。
ただ、結局A社の人間が問題を起こしてしまったので、コチラとしても今までの内容ややり方ではダメだという結果が出ているも同然で、取引再開前に見直しが急務となり、その為の増員が必要に迫られている。
そこで白羽の矢が立ったのが俺で、リカコさんの事故の時の対応や態度から、真面目で冷静であれだけのことがあっても取り乱すことなく、その後もずっと落ち着いて対応しているのを見て、『ウチに来て欲しい』とA社との取引再開の件が出る前から考えてたそうだ。
2月~3月頃にリカコさんを会社へ送迎する際に顔を会わすと、ちょくちょく「社長が引退されたら、ご主人がウチに来たらどうです?」と言われていたが、冗談だと思って真に受けて無かった。
こうやって声を掛けてくれるのは、純粋に嬉しい。
特に俺なんて傍から見れば、主夫してて仕事が出来るかどうかなんて未知数の人間だろう。むしろ、仕事辞めて主夫になる人間なんて、会社勤めが続かなくて辞めたと思われてもおかしくない。
そんな俺を評価してくれて「来て欲しい」「一緒に働きましょう」と言って貰えるのは、嬉しいに決まってる。
しかし、その会社はリカコさんが作り今はもう居ない会社だ。
スタッフの多くは、俺が前社長であるリカコさんの元夫だと知っている。
藤田さんは俺の事を知ってるし、こうして食事しててもリラックスしてお酒を飲むくらいだから、気を許しているだろう。
けど、他のスタッフさんたちから見れば、俺は面白くない存在になってもおかしくない。
当然コネでの入社と見なされるし、会社をピンチに陥れた前社長の身内。
それに、リカコさんだって面白くないだろう。
自分が社長をしていた時は敢えて俺を会社には関わらせなかったのに、居なくなった途端にそこに居座ったら「なんでアンタがそこに居るの?」と言われそうだ。
もしリカコさんが社長をしている時に同じ様に誘われたら、迷わず応じて俺もそこで働いていただろう。
でも、今は状況が複雑すぎる。
職探しをしている俺としては渡りに船の様な話で、打算的に考えれば受けるべきだと思うが、事情やしがらみを考えると、そんな会社へ進んでは乗り気になれない。
「東丸さんの気持ちも分かります。 別れた町田前社長のことを気にされるのは当然のことです。でも、このことは町田前社長にも既に相談してまして、東丸さんを採用することには異論が無いと言質を取ってます。それに、町田前社長も『フータなら、営業職でも事務方でも任せられる。会社にとっては損はないはず』とも仰ってました」
「ええ!?」
まさかリカコさんも既に同意している話だったのかよ。
「どうでしょうか?前向きに検討して頂きたいんです」
「少し、考えさせて頂いてもいいですか?」
「勿論です。 ただ、先ほど説明した通り、会社としては人手が足りない状況なので、早めに来て頂けると助かります」
「分かりました・・・なるべく早めに返事します」
「ええ、お願いしますね」うふふ
この日はこれで会社やスカウトの話は終わり、あとは俺の事を色々質問されて、就活状況のことなどは恥ずかしいから誤魔化したけど、リカコさんとの離婚の事はある程度まで話した。
その流れから、藤田さんの結婚当時のことや離婚の経緯なども聞かせてくれたけど、藤田さんにしてもハルカさんにしても、そしてリカコさんもだが、綺麗な人って若い時は苦労してない様に見えてたけど、全然そんなことなくて、寧ろ色々と大変なんだなぁと感じた。
お開きになり、藤田さんとは駅で別れてそのまま帰って来たけど、一人になってから色々考えるが、やはり藤田さんの会社で働くのは気が引ける。
色々と迷惑掛けたし助けて貰った恩もあるので、出来る事なら恩返ししたいけど、いまいち乗り気になれない。
◇
週が明けて月曜日。
アルバイトに行って、いつもの様に仕事してたら、ハルカさんがお説教し始めた。
「リカコさんと別れて落ち込むのも分かるけど、そろそろ前を向いて歩いたら?リカコさんはもう向こうで前を向いて歩いてるんだよ?フータローくんがそんなんだと、私もリカコさんも心配なんだよ?このままプータローでいいと思ってるの?東丸プータローだよ?」
そのギャグ、全然笑えないぞ。
「はぁ・・・リカコさんよりもリリィとの別れが・・・」
「もう!いつまでウジウジしてるつもりなの!シャキっとしてよ!ダラダラしすぎだよ!」
自分だっていつもダラダラしてるじゃん、とムッした俺はついつい口を滑らせてしまった。
「ご心配しなくても大丈夫です。 俺にだって「ウチに来て欲しい」って声掛けてくれる人くらい居るんですから」
「はぁぁぁぁ!?ウチに来て欲しいってどうゆうことよ!!!」
「スカウトですよ。まだ返事してないけど、人手足りないから来て欲しいんですって」
「それは困る!フータローくんはウチの子なんだから、勝手に引き抜くのはダメよ!」
「いや、俺、アルバイトだし」
「そういう問題じゃないの!」
「え?じゃあどうゆう問題?」
「と、とにかく!フータローくんはウチの子なの!ダメなものはダメなの!そんな話は直ぐに断って!!!」
「さっきは、プータローのままでいいのかって言ってたくせに」
そしてこの日、料理教室が終わった後、一人で仕入れに2時間ほど出掛けて、帰って来るといつもと同じように一人で食材等を運び込み、事務所兼食在庫に篭って仕入れ在庫の登録や収納などの作業をしていた。
ハルカさんは2階に居るのか1階にはおらず、マリンちゃんもこの部屋には入室禁止なので、一人で黙って黙々と作業を続けていると、閉めていた入口の引き戸がゆっくりと開き、廊下から変な鼻歌が聞こえて来た。
安室奈美恵のキャンユーセレブレイトだ。
勿論、その歌声の主はハルカさんしか居ない。
人が仕事してんのに何遊んでんだ?と思い、入口へ振り向くと、微妙な鼻歌をBGMに下着姿のハルカさんがその体を隠すことなく俺に魅せる様にして部屋に入って来た。
セクシーな白のベビードールに同じく白で布面積が極端に少ないレースのパンティと、黒とピンクのセパレートのストッキングとガーターベルトを組み合わせており、どこからどう見ても『これからセックスします!』という装いだ。
ベビードールやガーターベルトが童顔で豊満な体には似合ってて、30代の熟した色気をムンムンに振りまいている。
ぶっちゃけ、ブラをしていない為、爆乳がタプンタプンと揺れてて、目を離すことが出来ない。
しかし、いくらお互いバツイチ独身同士とは言え、俺とハルカさんはそういう関係では無い。
あくまで、事業主とアルバイト、料理の師匠と弟子、そして友人だ。
むしろこれは、セクハラじゃないのか。
ハニートラップで俺を陥れようとでもしてるのか?
因みに、途中で歌詞を忘れたのか、鼻歌からハミングに切り替わっていた。
「ナニしてんすか?仕事中に下着になって、遊んでるんですか?セクハラですよ?」
「フータローくん。今から私の思いの丈を聞いて頂戴」
「思いの丈を言うのに、下着になる必要があるの?」
俺がタプンタプンしている爆乳から目を離さずにツッコミを入れると、ハルカさんは脚を肩幅に開き、「コホン」と咳払いをしてから左手を腰に宛てて右手で床に座ってる俺を真っ直ぐ指差し、高らかに思いの丈を言い放った。
「フータローくん!私と結婚して頂戴!私の旦那様になって!今すぐ子作り始めましょ!!!」
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