#52 離婚成立、主夫から無職へ




 離婚が決まった日の翌日からは、自宅での生活介助は必要最低限に留める様にした。

 お風呂だけは脚が不自由で滑ると危ないので介助を続けていたけど、トイレや着替えは時間が掛かってでも一人でさせた。


 別に突き放した訳でも意地悪でも無く、日常生活自立の為で、リカコさん本人にもそのことは話して納得済だ。

 このまま離婚するにはリカコさんの生活のことで気懸りが残るので、一人での日常生活が出来る様になることとリハビリが終了するまでは今のまま同居生活を続けることにし、リカコさんからも「申し訳ない」と言いつつ俺の配慮に感謝はしてくれていた。


 俺としては、未練があるとかそういうのじゃなくて、単純にお節介だ。

 言い訳がましいけど、俺とリカコさんは夫婦である前に、先輩と後輩で友人だった。離婚して夫婦で無くなっても円満に離婚出来れば、その友人関係までは無くなるとは思って無い。

 学生時代でも『リカコ先輩が困ってるなら、俺に出来る事で助けよう』くらいは考えただろうし、これくらいのお節介はさせて欲しかった。



 それに、俺自身にも新生活へ向けての準備の時間が必要だった。


 何せ、主夫が離婚したら、ただの無職だ。

 住む所だって無い。


 ハルカさんからは、「早くアルバイトに戻って来てヨ」と言われてるけど、流石にこの年でフリーターのままで良いとは思わない。


 それに、結婚してからの約2年半は職歴無しだ。

 新しく就活するにも、主夫やってました!なんて言ったところでニートと同じ扱いだろうし、社会や組織での適応能力が疑われても仕方ない。


 そんなマイナスからの就活となれば、どれほど時間が掛かってしまうかも分からないので、今の生活を少しでも続けられれば俺も助かるのは自明の理だった。


 なので、利害の一致もあり、離婚の準備を進めつつもしばらくは同居生活は継続することになった。


 因みに、離婚の協議に関しては、ハルカさんが離婚した時にお世話になった弁護士さんを紹介してくれたので、アポ取ってリカコさんと二人で訪ねて相談し、協議書の作成を依頼した。

 弁護士さんには他にも、斉木に対して相場程度の慰謝料請求と、斉木の奥さんからの慰謝料請求の対応も依頼した。

 そしてこれを機に、ずっと預かってたリカコさんのスマホも返した。


 会社の方では、リカコさんはまだ社長のままで籍もあるが、引退の方向で調整も始めてるらしく、週に1~2日は出社したり、銀行などへも訪問しており、俺が車で送迎していた。

 そのお蔭で藤田さんと顔を会わせる機会も多く、申し訳ない気持ちを抱きつつも、同じ苦難の中で協力しあった戦友の様な親近感を感じる。

 藤田さんも俺の事をそう思ってくれてるのか、最近では「社長が引退されたら、ご主人がウチに来たらどうです?」と冗談を言って来るくらいだ。




 そんな離婚決定してからの同居生活は案外穏やかなもので、家にいる時は同じ部屋で過ごすことも増え、会話だって普通にしてるし、リハビリの一環である毎日のストレッチも手伝っている。


 リカコさんは俺に謝罪をした日以降、態度や表情など少しづつ以前の調子を取り戻しつつあり、リハビリには積極的になってきたし、会社での話も俺に聞かせてくれる様になった。

 流石は若くして起業してしまう程の胆力の持ち主なのか、一度気持ちがどん底まで落ちても、方針が決まると復活するのも早いのだろう。

 今のリカコさんを見てると、学生時代や結婚前の頃に近い感じがする。夫婦の関係は元通りには戻れなくても、友人としての関係なら修復が可能だと思わせてくれる。


 とは言え、いずれ俺はココから出て行くし、リカコさんも実家に帰るつもりなので、結婚以前の様に頻繁に会うことはもう無いだろうけど、たまに近況報告が出来る程度の関係が理想的じゃないかと、今は考えている。


 揉めて憎み合って離婚するよりも、この方のがお互い健全だし、前向きな気持ちで次の新生活へ向かうことが出来るだろう。その為にも、これ以上揉めることなく、円満離婚したいと思う。




 そして12月に入り、弁護士に依頼していた離婚協議書や公正証書等のモロモロも完了したので、離婚届を役所へ提出して正式に離婚し、俺は町田フウタロウから東丸フウタロウに戻った。


 役所から自宅に戻ると、入籍して以来ずっと嵌めていた結婚指輪を外し、1年目のクリスマスにプレゼントして貰ったタグホイヤーと一緒にリカコさんに返した。

 因みに、タグホイヤーは結局一度も腕に巻いて出かけることは無かった。大事にし過ぎたと言うか、キズ1つ付くのが怖くて、箱から出すことも滅多に無かった。


 しかし、リカコさんは結婚指輪は受け取ったが、新品同様のタグホイヤーは頑なに受け取ってくれなかった。

「打算で始めた夫婦だけど、その時計をプレゼントした時は本当に純粋な気持ちだったの。だから、その証として持ってて欲しい」と言われたが、「食うのに困ったら売ってくれてもいいから」とも言われ、俺が折れる形で今後も俺が所有することになった。




 こうして俺は、2年半続けてきた主夫から無職(家事手伝い)になった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る