#48 愚かな思惑
不貞行為や事故のことは、もう少し間を空けて俺から話そうと考えていたが、リカコさんが自分から話す気になったのなら、これ以上先送りにする必要もないだろうと判断して、話を聞くことにした。
食卓には、先ほどまであったコーヒーカップ等は既に片付いていたので、俺が藤田さんを見送りに行ってる間に、リカコさんが片付けたのだろう。
リカコさんの向かいに座り、真っすぐ俺を見ているリカコさんを見つめ返した。
今日は久しぶりにメイクをしているし、先ほどまで藤田さんと仕事の話をしていた為か、以前ほどでは無いが眼差しに力がある様に感じる
それに、確か2月頃を最後に美容院に行ってないので、結構髪が伸びてて、学生時代の雰囲気を彷彿とさせた。
「フータのことだから、もう全部知ってると思うけど、自分の口で全部話すわね」
「ええ、分かりました」
緊張はしていたけど、頭は冷静だった。
リカコさんは、不貞行為の話から始めた。
4月から毎月2回、取引先の役員と会って、不貞行為を続けていたこと。
切っ掛けは、新規サービスの営業をする中で、営業先のA社の役員だった斉木と言う男から契約を条件に愛人関係を迫らたこと。
それが1月の中旬で、そんなことはしたく無かったから、何とか他の道を探ろうとA社以外に他社との契約を取ろうと躍起になって休む間も惜しんで頑張ってみたが、2月3月と成果が出せず、4月に入り、自分から斉木へ連絡を取って、月に2回の半年間という約束で要求を呑んでしまった。
しかもその日の翌朝、俺から「29歳、おめでとう」と言われて、自分の誕生日だったことを思い出して、罪悪感と惨めさで、辛くて平常心を保てない程だった。
その斉木とは、過去にも関係があり、その時は相手の奥さんに知られて慰謝料を払い和解し、今後は斉木と接触しないと約束していたが、どうしても新規サービスの契約を結んで売上目標を達成したくて、斉木の誘いに乗ってしまった。
俺に対しては、4月以降ずっと罪悪感を強く感じてて、家に帰って顔を会わせるのが辛かった。
また、それまで(1~3月)は、契約を餌に愛人関係を迫る斉木と同じ男性なんだと見てしまい、仕事が上手くいかないイライラも重なって、辛く当たってしまっていた。
それに、忙しさに俺が心配するのも凄く辛くて、俺が話しかけづらい様に、不機嫌な態度も取っていた。
斉木との関係が始まると、何度も止めようと思うことはあったけど、同時に『ココまで来たら引き返せない。絶対に成果を出さなくては』という強迫観念も有った。
だから、斉木に対しては、心を殺して満足させることだけ考えて接していた。
斉木からは宿泊での要求が度々あり、場所を市内のホテルにして仕事で時間をずらす等して少しでも短い時間で済ませるなどしていたが、8月の時は、斉木から事前にゴルフと温泉旅館宿泊の要求があり、この時は誤魔化すのが難しいと判断して、要求に応じた。
その日は朝から岐阜県のゴルフ場でアウトコースを周り、斉木はずっと上機嫌で、事あるごとにボディタッチをしてきて、ゴルフを終えて食事と着替えを終えて温泉旅館へ向かうと、移動中の車内でも触り始めた。
それで余りにも惨めになり、今更ながらの後悔と止めることが出来ない悔しさに涙が止まらなくなり、衝動的にアクセルを踏み込んでガードレールに突っ込もうとしたが、焦った斉木がハンドルを掴んで止めようとした為、失敗した。
車内でのことは、警察や斉木の奥さんからは「運転中のリカコさんの体を斉木が触ったせいで、ハンドル操作を誤った」と聞いていたので、この話は初めて知った。
恐らく斉木は、死のうとするまで追い詰めてしまったことを知り、罪悪感なのか恐怖心で、リカコさんの故意だった部分については伏せて、事故の責任も全部自分で被ることにしたのだろう。
だから、過去の事もあり、再び契約を餌に愛人になる様に要求したことも、全部奥さんに白状したのかもしれない。
「今まで隠してて沢山嫌な思いもさせて迷惑もかけて、本当にごめんなさい。これが全部。もう嘘も隠し事もないわ」
「そうですか・・・リカコさんは、死のうとしたんですか・・・」
「あの時はそれしか思いつかなかったから」
リカコさんはここまで話す間、目を閉じて辛そうな表情をすることはあっても、泣いたり取り乱したりすることは無く、気丈に振舞ってる様に見えた。
改めてリカコさんのクチから話を聞くと、やはりショックだし、強い憤りや悔しさを感じるが、既に大方の内容を知ってたお蔭か、どこか冷静な自分も居た。
死のうとしたことはショッキングだったが、衝動的に死のうと思うほどの女性が味わう惨めさや屈辱感は、男の俺では全ては理解出来ないし、安易に慰めるのは
事故に関しては、衝動的な無理心中(未遂)と言うことになるのだろうか。
法律は詳しくないので分からないが、同乗者が運転の妨害していたことは既に本人が認めているし、それが原因での衝動的な自殺未遂となれば、リカコさんの殺意よりも、そこまで追い込んだ斉木のこれまでの言動に問題があるとみなされるのでは無いだろうか。
事故当時の事はある程度分かったが、俺にはまだ、どうしても分からないことが残っていた。
「どうして、そんなに無理してまで売上目標に拘ってたんですか? 藤田さんの話では、リカコさんが自分で陣頭指揮を執ってでも売上目標達成に必死だったと聞いてます。 そこまで無理したのは何故なんです?」
「・・・妊活を始める前に、私が離れても大丈夫な状態にしておきたかったの。 売上目標を達成しておけば、来期の予算にも余裕が出るし、銀行からの信用も得られる。そうなれば、少なくとも来期一杯は産休取れる見通しが立つの。 だから、どうしても売上目標を確実にクリアーしておきたかった」
あぁ、バカだ、この人。
何もわかっちゃいない。
「リカコさん。何言ってるんですか?妊活の為?バカなんですか?」
「仕方ないじゃない。不貞行為を正当化するつもりは無いけど、女が会社経営続けながら子供も作ろうと考えたら、どこかで無理するしかないじゃない」
いや、リカコさんがこんな風に考えてしまったのは、もしかして、俺のせいなのか?
俺が、『子供を作ることが主夫の自分にとっての唯一の存在意義』とか考えてたから、リカコさんもそう考えてしまったのか?
にしても、愚かだ。
そんなことして子供作っても、誰も幸せになんてなれない。
「聞きますけど、他の男に体許してまで業績上げて、それで取れた産休で育てた子供が、もし将来自分の母親が過去にそんなことしてたって知って、どう考えると思います? 『自分を育てるために、母親は性接待をした』って知って、『ママは自分の為にそんなに頑張ってくれたんだ』って感謝すると思います?俺は絶対にそんなことにならないと思いますよ。自分のせいで母親を不幸にしてしまったって、生れて来た自分を呪うと思いますよ。
それに、自分が不在になると会社が潰れるとでも思ったんですか?今、藤田さんたちスタッフ皆さん、社長居なくても必死に頑張ってますよ?
俺のことだって、俺じゃあ子供育てるのに不安だから、全部自分でやろうと長期産休取りたかったんですか?そんなに主夫の俺は頼りないですか?
会社のスタッフさんたちや俺のこと、全然信用してなかったんですか?」
「そんなつもりじゃ・・・そんな・・・」
目を見つめながら俺が語気を強めて話すと、リカコさんは唇を震わせて、言葉が続かなくなった。
「ううう」
そして、両手で顔を覆うと、嗚咽を漏らし始めた。
学生時代からの長い付き合いの中で、リカコさんが泣く姿は初めて見る。
俺も話してるウチに、悔し涙が零れて声も震えていた。
俺もリカコさんの前で泣くのは、初めてのことだ。
こんな愚かな理由を聞かされるくらいなら、お前のセックスが下手だからだって言われた方がマシだった。
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