#47 責任の取り方



 自宅での介護が始まってから、週に1度は藤田さんにリカコさんの様子を報告していた。


 最初の頃は、『怪我の快復は順調ですが、精神的に相当落ち込んでるので復帰はもう少し待って下さい』と待って貰っていたが、10月の半ばにリカコさんの方から俺に「会社は今、どうなってるの?」と聞いてきた。

 その場では余計なことを言わずに「藤田さんが社長を代行してますよ」とだけ話すと、「そう」とそれ以上の反応は無かった。

 因みに、リカコさんのスマホは事故後に不倫の疑惑が出た段階で確保したまま、「事故で壊れた」と言って返してないので、リカコさんは自宅の固定電話でしか連絡手段は無く、自分から誰かに連絡を取ることも無かった。


 直ぐに藤田さんへ『1度会わせたい』と連絡を入れて、会社の現状をリカコさんに説明して貰うことにした。

 事前に電話で打ち合わせして、斉木との過去の枕営業や性接待などの直接的な話題は避けて貰い、A社との取引停止やその影響、今期の売上の見通しや来期のことなど業務的な報告内容で説明して貰うことになった。


 藤田さんも忙しいので日程調整して貰い、三日後のお昼にウチで打ち合わせをすることになった。

 藤田さんは事故直後に1度病院まで駆け付けてくれていたが、家族以外は面会禁止だった為、事故後に会うのは今回が初めてだ。



 当日は朝から緊張しているのか、リカコさんは珍しく落ち着かない様子で、俺が言わなくても玄関や廊下にリビングの掃除を始めて、それが終わると、事故後初めてメイクを始めた。

 食事の準備をしながらも、リカコさんの様子が気になったので鏡台がある寝室に途中覗きに行くと、真剣な表情で念入りにメイクをしている様だった。



 約束の12時の5分前にインターホンが鳴り、俺が応対に出てオートロックを解除してから玄関に向かおうとすると、リビングのソファーで待機していたリカコさんが、「私が行くわ」と言って松葉杖を使って立ち上がり、玄関まで出迎えに向かった。


 俺も後ろに付いて行くと、再びインターホンが鳴り、リカコさんが自分で玄関扉を開けて、藤田さんを出迎えた。


「お久しぶりです。社長」


「色々と迷惑かけてしまって、すみませんでした」


 リカコさんは開口一番、藤田さんに向かって頭を下げて、謝罪した。


 藤田さんは少し驚いた表情をしたが、直ぐに表情を緩めて、「命に別状が無くて、本当に良かったです。今日はお元気そうで、安心しました」と答えた。

 藤田さんも色々と思う所があるはずなのに、とても大人な対応で、人間が出来てる。



 リビングに案内してダイニングの食卓で二人が横並びで座り、早速資料を見ながら肩を寄せ合う様にして打ち合わせを始めた。


 用意していたコーヒーを出した後、俺は部外者なので食卓には座らずに、打ち合わせ後に昼食を直ぐに出せる様にキッチンで待機していたが、リリィが構って欲しそうに二人の邪魔を始めたので、リリィをダッコしてリビングのソファーに移動した。


 でも、なんだかんだと打ち合わせする二人が気になっていた。

 事故前でも会社では頻繁に打ち合わせや相談などをしていたと思われ、二人とも慣れた様子で打ち合わせをしていた。


 打ち合わせの中には、A社からリカコさんへの直接会って謝罪したいとの申し入れがあることも報告されたが、リカコさんは「こちらに非があり、謝罪して頂くには及ばないので、丁重にお断りしてほしい」と答えた。


 1時間ほど経過すると藤田さんがお手洗いに立ち、そのタイミングでリカコさんから「そろそろお昼をお願い」と頼まれ、キッチンに戻って用意を始めると、リカコさんも立ち上がって、俺が盛りつけた料理を運ぶのを手伝ってくれた。


 食事は俺も加わり3人で食卓を囲んだが、俺とリカコさんの今後のこと等デリケートな話題は避けてて、リカコさんのリハビリ状況や会社の他のスタッフの様子などが話題の中心で、食事が終わって俺が食後のコーヒーを出すと、リカコさんが改まった様子で話し始めた。



「スタッフのみんなには近いうちに自分で説明するつもりですが、今回の責任を取って社長から退こうと考えてます。それで、出来ればこのまま藤田部長に会社をお任せしたいんですが、どうですか?」


「え!?社長、復帰しないつもりなんですか?」


「ええ。今は日常生活もままならないし、いつ社会復帰出来るかも分かりません。 何より、私はやってはいけない最悪の手段を使ってしまいました。今まで頑張ってくれてたスタッフのみんなに申し訳なくて、今後も社長のままという訳にはいきません。今は一切手を引くべきだと思ってます」


 しばらく沈黙が続いた後、藤田さんは「そうですか・・・考えさせてください」と返事をした。


 食事中、決して明るい雰囲気では無かったが更に空気が重くなり、藤田さんは「会社に戻らないといけないので、そろそろお暇します」と帰る準備を始めたので、リカコさんは松葉杖を使って立ち上がり、玄関まで見送りに行ったので、俺も後に続いた。



「わざわざ自宅まで来てもらって、すみませんでした」


「いえ。 お体の方、ご自愛してあまり無理せずに」


「ええ、ありがとう」



 俺は、「車のところまで送ります」と言って、藤田さんと一緒に玄関を出た。



 エレベーターに乗り込むと、今日のお礼とリカコさんの前では出来なかった話をした。



「お二人の様子が以前と変わらなくて、安心しました。 事故直後のご主人の様子からてっきり・・・」


「いえ、それがお恥ずかしい話で、今後のことは全く決まってないんです。例の件も一言も話して無いままなんですよ」


「え!?そうなんですか???」


「はい」


「でも、その割には、凄く自然に振舞ってらっしゃいますよね?」


「自宅に戻ってしばらくは、全然会話も無くて、お互い精神的に参っちゃってたんですけど、私が円形脱毛症になっちゃいまして、このままだと30になる頃には立派なハゲおやじになるって思ったら、開き直ることにしたんです。

 不貞行為や離婚の話は後に回して、まずは怪我治して日常生活を送れるようにすることを優先したんです」


「そうなんですか・・・ご主人、かなりショック受けてるはずなのにご無理されてる様子だったんで心配してたんですが、今日の様子を見て、和解されたんだとばかり」


「すみません。会社の事でご迷惑かけてるのに、ご心配までかけてしまって」


「いえいえ。 でも、私もバツイチなんで分かりますが、そんな風に冷静に対応することって中々出来ないことですよ。 ご主人は、本当にしっかりしてらっしゃいますね」



 駐車場に着き、藤田さんはそう言って車に乗り込むと、車の中から会釈をして発車させたので、俺も頭を下げて見送った。




 見送りを終えて部屋に戻ると、食卓に座っていたリカコさんが、「フータにも話があるの。座って貰っていい?」と声をかけてきた。





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