#46 主夫としての俺の



「兎に角!怖がることなんて無いんだよ!

 むしろ、リカコさんの方のが怖がってると思うよ?だって、不倫してたのバレたんだよ?しかも、あのプライドの塊の様なリカコさんが事故して迷惑かけて大怪我までして身の回りの世話だってして貰ってて、今のリカコさんにとってフータローくんって、生殺与奪せいさつよだつを握る絶対に逆らえない人なんだよ?義勇さんもびっくりだよ!」


「そう言われても・・・」


「大丈夫!骨なら私がちゃんと拾ってあげるから!」


「それ、失敗する前提じゃないですか」


「もし追い出されて住むところ無くなったら、ウチで居候すればいいんだし!こんなに可愛いお姉さんと一緒に住めるんだから、失敗するのなんて怖く無いでしょ?むしろ、本当に今日からそうする?きっとマリンも大喜びだし、私は大歓迎だよ?」


「はぁ・・・」


「っていうかさ、フータローくんがアルバイトに来なくなってから、生徒さんたちがうるさいんだよね・・・」


「生徒さんたちが?ハルカさん、また何かやらかしてるんです?」


「フータローくんはいつになったら戻って来るの!とか、フータローくんに会う為に月謝払って通ってるのに!とか、早く連れ戻してきて下さい!とか、最近は毎日の様にフタローくんフータローくんって、あなた達料理憶える気あるんですか!って言ってやりたいくらいなんだよね・・・」


「マジかよ・・・俺の都合お構いなしかよ・・・俺も既婚者なのに」


 ヒマを持て余した欲求不満の主婦たち、マジヤベェな。



 でも、あれだけ精神的に参ってたのに、いつの間にか普段通りに会話出来てるな。

 ずっと溜め込んで誰にも言えなかったヘドロみたいな本音をぶちまけて、ハルカさんの過去の話を聞いてる内に、こんなに辛い思いをしてるのは俺だけじゃないんだって少しだけ気が楽になって、そして、相変わらず騒々しいハルカさんを見てたら、気付いたら俺もいつも通りに戻ってた。




 ◇




 ハルカさんの家で本音を聞いて貰って以降、家でリカコさんと居ても、ストレスを感じなくなっていた。

 何よりも、リカコさんのことが怖く無くなった。


 朝起きて、「おはよう」と挨拶しても返事をしなければ、返事をするまで「おはよう!」と言い続けてやった。

 食事の時も、「いただきます」「ごちそう様」を言わなければ、「いたたきますは?」「ごちそう様でしょ?」と無理矢理言わせた。


 一日中ベッドでぼーっとしてるのも、「布団干したいから邪魔ですよ!リハビリのトレーナーさんからも家でも運動して下さいって言われてるでしょ!少しは家のことも手伝って下さい!」と、以前ラブラブだった頃でも出来なかった様なお説教して、座ってても出来るような洗濯物畳ませたり、リリィのトイレのお掃除させたり、部屋の掃除なんかも手伝わせたりと、こき使う様になった。


 リカコさんの表情を観察する余裕も生まれた。

 少しづつ生気が戻ってる様に見え、俺が口喧しい時なんかはムスッとすることもあったけど、そんな時はハルカさんに言われた『利用してたのは俺の方なんですけどねってキメ顔で言い返せば?』という言葉を頭に浮かべ、心の中でその言葉を復唱していた。

 勿論、ただの強がりだが、その言葉を思い浮かべると自然とキメ顔になってしまう程、気持ちに余裕が持てた。



 サボりがちだったリハビリにも、無理矢理連れて行くようにした。

 その為に車も買った。新車だと納車まで数ヶ月待ちだったので、直ぐに納車可能な中古でミニバンのワンボックスだ。後部座席のシートを倒せば、車イスも載せられる。


 嫌がって暴れても、脚が不自由で以前よりも更に軽くなったリカコさんは、ダッコして駐車場まで運んで車に押し込むのは、簡単だった。

 それに、リハビリのトレーナーは俺以上に容赦無いので、リカコさんがスネたり癇癪起こしても手を緩めずに、きっちりトレーニングの指導をしてくれた。


 そんなスパルタな介護生活を続けたせいか、リカコさんは、俺が話しかければ返事はする様になったし、感情を表情に出すようにもなってきていた。



 だけど、正直言って、まだ結論は出ていない。

 二人とも、感情的になって勢いで離婚できる程の気力は無かった。

 でも、あのままお互い現実から目を逸らして、生きた屍の様に過ごしてても、心と体が摩耗していくだけだった。 俺の頭髪だって、もう限界だったし。


 だったら、結論が出ないままでもリカコさんに快復して貰うことを優先するべきだと考えた。

 このまま夫婦を続けるにしても、離婚するにしても、リカコさんが無気力で何もしようとしないままでは無理な話だ。



 ハルカさんは「正面からぶつかってみろ」と言ってくれたけど、今はまだその時期じゃないと思ってる。


 面倒ごとから目を逸らしてるわけじゃない。

 結論を出す為の準備だ。

 俺たちは30手前のいい年した大人で、この先残ったまだまだ長い人生を自分たちの力で生活していかなくてはならない。

 二人で生きていくにしても、一人になって生きていくにしても、気持ちも体も回復させる必要がある。

 そして、そうすることで今後の選択肢も広がるはずだ。


 


 こんな考え方をするようになったのは、俺が『主夫』だからなのかもしれない。

 もし、会社勤めを続けてる中で不貞行為なんてされたら、家のことは投げやりにでもなって、リカコさんの生活のことよりも、自分のプライドや仕事を優先して判断してた様に思う。

 きっと、今のこの姿を結婚前の俺が見たら、『何モタモタやってんの!』って歯痒いくらいだろう。



 でも、これが、主夫としての俺の、俺にしか出来ないやり方だ。





 

 

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