#45 バツイチ女に歴史あり




「フータローくんとリカコさんは、結婚して3年目だっけ?」


「はい、3年目になります」


「ウチもそうだったの。22歳で交際始まって、24歳で結婚して、離婚したのが26歳。 昔の歌謡曲で『3年目の浮気』なんていう歌があったけど、結婚3年目ってそういう何かがあるんだろうね」


 ハルカさんは抱きしめていた俺の頭を解放してくれて立ち上がり、薄暗くなった部屋の照明を点けるとダイニングキッチンの冷蔵庫から缶ビールを2本取り出して、俺に1本渡すと自分の分のプルタブを開けて一口飲み、話を続けた。



「ウチの場合は、セックスが原因。私がちょっと苦手でね。結婚する前からセックスがあまり好きじゃなかったのよね。それでも嫌々してるつもりは無かったんだけど、義務的なセックスなんて旦那にしてみたら面白く無かったんだろうね。結婚して半年もしたら、セックスレスになっちゃったよ」


 シモネタ苦手なのって、そういう事情があったのか。

 初心なフリしたぶりっ子って、失礼なこと考えてたな。


「それでもね、結婚したばかりで若かった私は『結婚生活はセックスだけじゃない!』って思ってて、他のことで精一杯頑張ってた。

 お料理も沢山勉強して旦那の好きな物ばかり毎日作って、私だって会社勤めだったのに掃除も洗濯も毎日私がやって、旦那の実家の義両親にもいつも愛想よく接して誕生日とかにもプレゼント用意して送ったりして、旦那にだって毎日の様に肩のマッサージしてあげて、旦那の趣味のプロ野球観戦だって何度も一緒に行ったし。

 私、パリーグとセリーグの違いも分からなかったんだよ?それでも旦那との仲良く幸せな結婚生活の為に!って野球のルールとかも勉強して、中日の選手の背番号とかも必死に覚えたし」


 俺も似たようなことしてたな。

 料理の勉強だって他の家事だってそうだし、リリィのことだってリカコさんが欲しいならって飼い始めたわけだし。


「でもね、私が笑顔を絶やさないで旦那と仲良くしようとしてもね、旦那の気持ちが徐々に離れて行くのが判るの。些細なことでも結婚前との違いが見えるの。「ありがとう」とか「ごめん」を言わなくなるとか、今までレディファーストだったのが私にはしてくれなくなったとか、1つ1つは小さいことだけど、少しづつ少しづつ私から離れていくように感じてた」


「そう感じ始めると余計に必死になってた。旦那が自分に興味無くしたんじゃないかって不安で、少しでも気持ちが離れないようにって必死に何でもしたよ。お小遣い上げて欲しいって言われたら自分の分を減らしてでも増やしてあげたし、野球観戦のチケットだって毎回私が手配して、お金が足りなくなったら私の独身時代の貯金から出すこともあった」


 ハルカさんはそこまで話すと、缶ビールを煽るようにゴクゴク飲み、続きを話し始めた。


「最初に『浮気でもしてるのかな?』って気づいた時もそうだった。責める気持ちよりも、『どうしたらまた私を見てくれるの?』って自分に繋ぎとめようと更に必死になった。

 苦手だったセックスだって自分から何度も誘ったよ。今までしたこと無い様なこともネットで調べて勉強して、頑張ろうとしたの」


「でもね、全部ムダだったんだ。私のこともう女として見て無かったの。凄く恥ずかしい思いして「セックスしたい」って誘っても「お前の体見ても、勃たない」って言われたんだよね」


 流石にそれは酷すぎる。

 ハルカさんほどの爆乳と結婚したのなら、きっと俺と同じ巨乳好きなはずなのに、この爆乳を前にして、なんでそんな言葉が出てくるのか、俺には理解出来ない。


「結婚する前はそんなんじゃなかったんだよね。 いつも会うたびに「可愛い」って言ってくれて、些細な事にも気付いて褒めてくれたり気を遣ってくれたり、出かける時はいっつも手を繋いでくれて。そういう幸せだった頃の思い出があるから、『自分が頑張れば、また私を好きになってくれる』って思っちゃうんだよ。またいつかあの頃みたいに戻れるって期待しちゃうんだよ」


 リカコさんの誕生日の時の俺が、正にそんな気持ちだった。


「でも現実はそんなに甘く無いんだよね。一度離れてしまった気持ちは元には戻らないの。元に戻れるなんて、ただの幻想。

 でも、現実が見えて無いから期待して必死になって、そんな必死の努力なんて全く無意味で相手の気持ちは更に離れていくから、とても辛いの」


「でも、ある時、目が醒めたんだよね。それで一度目が醒めて現実を冷静に見ることが出来ると、旦那の愛情なんてどうでも良くなっちゃった。 今までのがウソみたいに『浮気の証拠掴んで慰謝料も共有財産もがっぷり取って離婚してやる!』ってなったもん」


「そんな経験をしてきた私だから、凄く分かるの。フータローくんは物凄く頑張った。今だって凄く頑張ってる」


 ハルカさんはそう話すと缶ビールを置いて、座っている俺の膝に手を置き、俺の目を見つめた。


「残酷な事言うけど、その努力はリカコさんには届いてないよ。事故の前だって、療養中の今だって、リカコさんの目にはフータローくんの必死に頑張る姿が見えてないよ」


「はい・・・俺もそう思います・・・」


「もしかしたら、見るのが辛くて目を逸らしてるのかもしれないけど、もしそうだとしても、円形脱毛症になってまで頑張り続けても、今のままじゃタダのハゲ損だよ?折角の男前が台無しになって、このままだと30過ぎたら立派なハゲおやじだよ?」


「ハゲおやじ・・・」


 ハゲ出来て自分でも超ショックで気にしてるのに、他人でしかも女性に言われるのは、泣きたくなるほど辛いぞ・・・


「正直に私の本音を言うと、フータローくんとリカコさんとはもう元の様な夫婦には戻れないと思うし、離婚するべきだと思う。

 でも、それは私が決める事じゃないし、こんな風になってもまだ夫婦関係に固執するのも、離婚することがリカコさんを見捨てることだって思ってる罪悪感も良く分かるの。

 浮気されたからって仕事が関係してることの様だし、これまで夫婦としてやってきたからには情もあるし、罪悪感を感じるのは当たり前のこと。 だから、一度正面からぶつかってみたらどうかな?」


「正面から、ぶつかる?」


「うん。私に話してくれたみたいに、本音をぶつけてみたら?」


「・・・」


「まだ怖い?」


「そうですね・・・」


「でも、今のリカコさんって怖がる程のものかな?」


「・・・」


「だってさ、脚使えなくて歩くのだってノロノロだし、トイレだってフータローくんに助けて貰わないとパンツも下ろせないんだよ?もし怒ったって、どうみてもフータローくんのが強いよ?」


「いや、そういう問題じゃ」


「何か言われるのが怖いの?」


「まぁそうですね」


「例えば?」


「・・・最初から利用するつもりで結婚しただけ、とか」


「うーん、もしそう言われたら、利用してたのは俺の方なんですけどねってキメ顔で言い返せば?」


「へ?」


「他には?」


「セックスが下手だから他の男と、とか」


「お前だって人のこと言えるほど上手いのか!って言っちゃえ」


「マジすか・・・」


「私さ、離婚した時に気付いたんだけど、私がセックス苦手なのって、旦那が下手だからだよね?って。 セックスってさ、相手のこと下手だとか言う人に限って言ってる本人も下手だって思わない?」


「そこは何とも・・・」


「きっと本当に上手な人は、相手が下手とか関係なく相手を満足させられる人だと思うんだよね。 残念ながら、私はまだそういう人には出会えてないけど・・・はぁ」


 ハルカさん、性生活に関しては、本当に苦労してきたんだな・・・




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