#42 怒るのも悲しむのも後に




 下着を処分したあと、何もする気力が消失してしまい、酒でも飲んで寝ようと思い、リカコさんの為にキッチンにストックしていたシャンパンを開けて、ラッパ飲みでガブ飲みした。


 キッチンの床に座り込んで、飲んで飲んで吐いては飲んで、いつの間にかキッチンの床で寝ていて、尿意で目が醒めると外は明るくなっていた。



 頭がガンガンするし、シャンパン以外にもいつの間にかビールや焼酎とかも飲んでたらしく、空き瓶や空き缶がいくつも転がってるし、キッチンの流しは俺が吐いた汚物塗れで臭いし、まだアルコールが残ってるのか立ち上がるとフラフラでまともに歩けないしで散々だったけど、トイレまで何とか辿り付いて、便座に座って用を足した。


 トイレを出たあとフラフラのまま風呂場へ行き、冷たい水のままのシャワーをイスに座って30分ほど浴びていると、頭痛が少しマシになったので、シャワーを止めて風呂場から出た。


 体を拭いて全裸のまま寝室に行き部屋着に着替えていると、固定電話が鳴るのが聞こえて来た。


 のろのろとキッチンに戻り、固定電話の受話器を取って出ると、相手はお義父さんだった。



『フウタロウ君か?今家か?』


『ええ、今起きたところです』


 時計を見ると、午前10時を過ぎていた。


『さっきから携帯の方に電話してたんだが繋がらなくて、君まで何かあったんじゃないかって心配だったんだぞ』


 そういえば、俺のスマホ、ドコに置いたっけ?と思い、コードレスで通話を続けながらリビングのソファーに脱ぎ捨ててあったスーツの上着のポケットをまさぐるとスマホは見つかったけど、充電が切れていた。


『スマホの充電忘れてて、電源落ちてました。ご心配かけてすみません』


『そうか、それなら良かった』


『それで、リカコさんの方はどうですか?』


『ああ、脳などの検査結果も特に異常が見られなかったそうで、昨日から普通に朝起きて、病院の食事も食べてるし、夜もちゃんと寝れてる様で体の方は大丈夫そうだよ』


『そうですか』


『でも、事故前後の記憶が曖昧の様で話そうとしないんだよ。 それで、フウタロウ君は病院に来れないのか?』


『同乗者との話し合いは一応ケリがつきましたので、今日にでもリカコさんの着替え持って行きます』


『そうか。それでその人とはどうなった?』


『詳しいことは直接会ってから説明しますが、事故に関しては100%同乗者の責任ってことになりました。ただこのことはリカコさんには絶対に耳に入れないで下さい』


『わかった。気を付けるよ』


『それと、リカコさんを転院させますので、今日にでも病院にその相談するつもりです』


『じゃあ私の方からも手続きとか病院に聞いておくよ』


『すみません。助かります』


『じゃあ気を付けてくるんだよ』


 お義父さんとの通話を終えてから、スマホに充電器を繋げると、ハルカさんからの着信履歴とメッセージが着ていた。


 内容はリカコさんの怪我の状況と俺の事を心配する内容だったので、直ぐに電話を掛けると、教室を始める直前だったらしく、手短にリカコさんの状態を説明した。


『右膝の骨折がかなり酷かったらしんですけど、手術は上手くいって、昨日今日と普通に起きてて食事もちゃんと食べてるそうです』


『そっか、なら一安心だね。それでフータローくんはちゃんとご飯食べてるの?あとで行こうか?』


『俺は大丈夫です。これから着替え持って病院に行くんで』


『あまり無理しちゃダメだよ?フータローくんまで倒れたりしたら、奥さんのお世話誰も看れなくなっちゃうんだからね』


『・・・そうですね。気を付けます。それともうしばらくリリィのことお願いします』


『うん、リリィちゃんのことは私に任せて』


『ホント、すみません。助かります』



 お義父さんやハルカさんと少し会話したら、気持ちが落ち着いてきた。


 色々とショックな話を聞いてから、怒りや悔しさに悲しみとかぶつける先が無くて頭がどうにかなりそうだったけど、二人と話したお蔭で、気持ちは全く晴れないが、頭は冷静になった。


 今は、怒るのも悲しむのも後にしよう。

 夫である俺にしか出来ないことが山積みなんだから、会社経営者と結婚した以上、粛々と片付けるのが今の俺の責務だ。


 ハルカさんとの通話のあとレンタカーのネット予約を済ませると、ミネラルウォーターを大量にガブ飲みしてからキッチンの片付けを始めて、元のピカピカの状態にして掃除を済ませた。


 次に、病院へ持っていく荷物の準備を始めた。

 リカコさんのパジャマを数着と下着(普段用の)を多めに用意して、他にもカーディガンや新品のタオルや歯ブラシ、いつも使ってるマグカップにスキンケアの化粧水なども揃えて、紙袋に分けて入れた。

 持って帰って来た旅行用バッグは事故に遭ってて縁起が悪いので、下着と一緒に処分した。


 荷物の準備が終わる頃には起きてから4時間以上経過しており、頭もシャキっとしてもう大丈夫そうだったので、レンタカーショップまで出向いて1台借りて一度帰宅して、荷物を積み込んでから岐阜の病院に向けて出発しようとしたところで、藤田さんから電話が掛かって来た。



 車を停めたまま通話に出ると、今朝A社より呼び出しがあって、先ほどまでA社に居て今帰って来たところで、メールよりも通話で報告したいとのことだった。


 A社からは、斉木の家族から事故の詳細内容の報告があり、コチラがどこまで事実を把握してるのかの確認が目的だったらしく、正直に斉木の奥さんから説明を受けてることを話すと、事故にリカコさんが関係していることや、契約を条件とした肉体関係の要求などもA社に報告されてて、現在事実確認中ではあるが、A社としては、リカコさんやコチラの会社を一方的に責めたりするつもりは無いが、契約までの流れを考えると、コンプライアンス的に非常に問題だという認識で、即時取引停止のつもりでいて欲しいと伝えられた。


 そしてコチラからは、今回の事故の件で迷惑を掛けたことへの謝罪と、A社の判断に従い、誠心誠意対応する意思表示をしてきたと教えてくれた。


 因みにオフレコで藤田さんの感じた様子では、斉木に関しては完全アウトで、A社内では性犯罪者扱いになってるらしく、リカコさんは性被害者という認識で、A社からも改めてリカコさん本人へ謝罪する意向だと言われたそうだ。



 藤田さんも社長の尻拭いなんて本当は嫌だろうに、藤田さんにしか出来ない仕事を頑張ってやってくれている。

 俺も酒に逃げてる場合じゃないよな。 


 藤田さんには重ねてお詫びとお礼を伝えて通話を切ると、もう一度気を引き締めてから車を発車させた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る