#41 バッグの中身



 学生時代にリカコさんと知り合ってから9年。結婚してから3年目。


 俺が今までリカコさんと築いてきた絆が、音を立てて崩されてしまった様なショックしかない。


 「愛してる」と言われて幸せを噛み締めていた夫婦の時間。

 「今日も一緒に入ろ」とお風呂に誘ってくれた時の優しい笑顔。

 「最高のパートナー」と言って俺を認めてくれた信頼関係。

 女性ながらも若くして会社を興して事業を成功させ、尊敬してた経営者としての横顔。

 その全ては、仮初のものだったのか?


 結局、会社を辞めたのも結婚したのも主夫になったのも、俺は真実を知らずに踊らされていただけだったのか?

 ここ半年間、自分に不手際があったんじゃないかってビクビクして、何とか夫婦仲を戻そうと一人で空回りしてただけなんだな。

 こんなの、俺がどんなに努力したって、どうにか出来る話じゃなかったんだ。



 その後の話し合いは、事故に関して100%相手側(斉木)に責任があることを認める念書を書かせて、治療費、車などの弁償、慰謝料等の事務的な話し合いを保険会社の担当者と斉木夫婦とで話し合い、それが終わると保険会社の担当者には退席して貰い、俺と奥さんとで不貞行為に関する後処理の今後の流れの擦り合わせに入った。


 奥さんは弁護士に依頼して、斉木とリカコさんに対して慰謝料を請求する。

 しかも、今回は再犯で1度目の示談内容を反故しており悪質な為、通常の額よりも多い金額になると言っていた。

 俺の方は方針が全く決まっておらず、とりあえず斉木に対しては怒りしか無かったので、斉木には慰謝料請求するつもりであることを伝えた。


 斉木夫婦は不倫に関する処理が終わり次第、離婚するそうだ。

 俺の方も聞かれたけど、答えられなかった。


 結局、斉木は最後までほとんど口を開くことなく、ずっと怯えて俯いたまま、俺とは一度も目を合わせなかった。

 まるで被害者みたいなツラしやがって、何度も顔面に蹴りを入れたくなったが、出来なかった。




 斉木の家を藤田さんと二人で出た時には14時を過ぎていた。


 これまでの状況などを把握出来たことで、リカコさんのことや会社の今後のことなどを相談する必要があり、まだ帰ることは出来ないため、そのまま会社に移動して、昼食も食べずに二人での話し合いを始めた。



 ミーティングルームで二人になると、藤田さんは涙を流しながら悔しさを滲ませていた。

 A社とのこれまでの取引も今回の契約のことも、リカコさんの枕営業によるものだとは全く気付けなかったこと。

 自分が傍に居たのに、社長のリカコさんが一人暴走してたのを止められなかったこと。

 そして、年下なのに経営者として頑張っているリカコさんを同じ女性として尊敬していたのに、それが裏切られてしまったこと。


 涙を零しながら悔しそうにハンカチを握りしめて話す藤田さんを見て、「藤田さんが責任を感じないで下さい。全てウチが悪いんです。ご迷惑かけてしまって、本当に申し訳ないです」と謝罪することしか出来なかった。



 お互い嘆いてばかりいられる状況では無いので、重い空気のまま無理矢理、今後の事を1つ1つ確認していった。


 まず会社に関しては、社長に次ぐ職位が部長である藤田さんになる為、当面藤田さんが社長代理を務めること。

 リカコさんに関しては、今の岐阜の病院のままだと入院中の看護などが不便なため、こちらの病院に転院させる。

 また、今回の斉木家との話し合いの内容や今後の進展状況等は、これからのリカコさんの精神状態を見て、落ち着いてから俺から話す。

 A社への対応に関しては要求内容を粛々と受け入れるしか無く、何かアクションがあったらリカコさんにではなく、俺に知らせてくれることになった。

 また逆に、俺からもリカコさんの回復状況や斉木家との賠償等で進展があれば、藤田さんへ報告することにもなった。


 そして一通りの確認が終わると最後に、「実は、金曜日に社長と雑談してて、『週末は旦那と二人で温泉にでも行って、ゆっくりして来る予定なの』って言ってたんです。だから連絡頂いた時もご主人と一緒に事故に遭われたって思ったんですが。 それが接待だって聞いて、こういうことなんだろうか?って考えて、直ぐにはそのことを話せなかったんです。すみませんでした」と藤田さんは言い難そうに教えてくれた。



 会社での話し合いが終わると、藤田さんが家まで送ってくれると言ってくれたが、藤田さんも忙しいし相当疲れただろうからと断り、地下鉄に乗って帰宅した。



 自宅マンションに帰り、スーツの上着を脱いでネクタイを外してソファーに倒れ込む様に座ると、病院から持ち帰って置いたままになっていたリカコさんの旅行用のバッグが視界に入った。



 何も考えたくなくて作業でもして面倒なことを少しでも忘れようと、バッグの中身を片付けて、病院へ持っていくリカコさんの着替えを用意することにした。


 衣装部屋にバッグを運び、そこでバッグを開けて中身を1つ1つ取り出していくと、ワインレッドの上下セットの下着や同じく黒の上下にセパレートのストッキングやガーターベルト等の普通の接待には必要の無いはずのセクシーランジェリーが出て来た。


 自分で荷物の準備してたのは、これが理由か。


 出て来たセクシーランジェリーを手に取って眺めていると、俺とのセックスの時にそれらの下着を身に着けていたリカコさんのセクシーな下着姿が頭に浮かび、俺だけに見せてくれていたと思っていたその姿を斉木にも見せていたんだと考えてしまった。



 性接待が始まったと聞いた4月以降、俺の方は、6月の結婚記念日に1度クチでして貰っただけだったな。

 つまり、夫でありセックスパートナーである俺よりも、斉木を喜ばせようとしてたんだ。


 じわじわと例えようのない程の悔しさがこみ上げて来て、それらの下着と部屋の衣装ケースにしまってあった他のセクシーランジェリーも全部取り出して、時間を掛けて1つ1つハサミで裁断して、ゴミ袋に纏めて入れて処分した。




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