#40 同乗者の男とその妻



 自宅に戻ると直ぐに保険会社へ連絡を入れて、事故の状況や同乗者の情報を伝えて、明日同乗者の自宅へ行くことも話すと、同行してくれることになった。


 それと、ハルカさんにも連絡を入れて、事故の状況を話して、しばらくは病院やその他を行き来する必要がある為しばらく仕事を休むことと、リリィを引き続き預かって欲しいとお願いすると、『料理教室とリリィちゃんのことは心配ないからね。それよりも、ご飯はちゃんと食べてる? 今からそっちに行こうか?』と俺の心配もしてくれたが、『少し一人でいたいから』と断った。


 

 各所への必要な連絡を終えてからシャワーを浴びて、部屋着に着替えてからリビングのソファーに倒れ込むと急に眠くなり、そのまま寝てしまった。







 翌朝起きると、朝食を一人で食べて、髭を剃って髪も整えて、久しぶりにスーツに着替えてネクタイも締めて、藤田さんとの待ち合わせ場所であるリカコさんの会社へ地下鉄に乗って向かった。


 会社に着くと直ぐに藤田さんが出迎えてくれて、応接室へ案内されて、今朝一番にA社に連絡を取って確認したことを話してくれた。


 今日は斉木は出社しておらず、休んでいた。それ以外のことは何も聞けず、土曜日にリカコさんの車で事故に遭ったこともA社には報告が行ってない様子で、今朝の時点では特にお叱りを受けることも何か聞かれることも無かったそうだ。


 あと他にも、社内でリカコさんがこの週末に接待に行くことを聞いているスタッフがいないか確認したが、誰も聞いてないとのことで、今回の事故の話は、社内では車にA社の斉木氏が同乗してたことは伏せているとのことだった。


 俺からも、リカコさんが目を覚ましたことを話したが、直接話して無いことは言わずに、適当に誤魔化した。


 斉木の自宅には10時に訪ねる約束をしてるので、9時半に藤田さんの運転する車で向かい、斉木の自宅前で保険会社の担当者と合流すると、担当者からは感情的にならないこととコチラからは無闇むやみに謝罪しないことなどのアドバイスを受けて、10時丁度に斉木の自宅のインターホンを俺が押した。



 斉木の奥さんと思われる女性が応対に出て来てくれて、挨拶をすると直ぐに中へ案内された。


 和室に案内されて3人揃って座ると、奥さんは廊下に顔を出して「ナニしてんの!直ぐに来なさい!」と怒鳴りだした。

 奥さんは玄関で出迎えてくれた時からとてもお怒りの様子だったが、俺たちに対してはとても丁寧な対応で、リカコさんや俺達に対して怒ってると言うよりも、どうも夫である斉木に怒ってる様だった。



 斉木と思われる中年男性が部屋に入って来ると、俺達とは目を合わせずにビクビクした様子で会釈し、奥さんの隣に腰を降ろした。


 斉木は50代に見え、メタボで腹が出ている典型的な中年男性で、歳の離れた若い女性に好かれるような容姿では無かった。

 そして、顔や腕には事故での怪我だと思われる患部にガーゼや包帯などの処置がされているが、緊急手術をするほどの大怪我を負ったリカコさんに比べれば、怒りを覚えるほど軽傷に見えた。



 話し合いの面子が揃ったので俺から話を始めようとすると、奥さんが「今回の事故の話を始める前に、私から話しておきたいことがあります」と言って、分厚い封筒を前に置いた。


 何が始まろうとしてるのか分からず不安だったが、奥さんからにじみ出ている怒りに気圧されてしまい、「わかりました」と了承すると「主人と町田さんの奥様との関係から説明します」と言って、俺の想像を上回る胸糞の悪い話を聞かせてくれた。



 奥さんの話では、リカコさんと斉木は以前にも不倫騒動を起こしていた。

 今から4年前(起業して2年目の時期)のリカコさんが25の時で、俺はリカコさんから「起業してからは忙しくてカレシなんて作ってる余裕なかった」と聞いていたので、当然不倫騒動があったことは知らなかった。


 まだリカコさんが一人で会社を切り盛りしてた時期で、そんなリカコさんに対して、当時A社の総務部長の立場だった斉木は、リカコさんの美貌に下心を抱き、仕事の大口契約を餌に愛人関係になることを要求したらしい。

 そして、わらにもすがる思いだったリカコさんはその話に乗ってしまい、斉木と愛人関係になり、大口契約を確保した。

 1年近くその関係が続き、斉木の奥さんにバレて愛人関係は終わったが、その時は斉木が一番悪いからと奥さんから恩情を掛けてもらい、慰謝料の支払いと二度と接触しないことを約束して示談で終わり、A社には報告しないことで決着がついた。


 奥さんは説明しながら、当時の資料と思われる書類を封筒から取り出して、俺たちに見せようとしてくれたが、俺はショックが大きすぎて、資料に目を通しても内容が全く頭に入ってこなかった。


 しかし、奥さんからの話はここで終わらず、まだ続きがあった。


 お蔭で、リカコさんは愛人関係から解放され、A社との取引も継続出来て、その後は会社も軌道に乗せることに成功したが、今年に入って営業の現場に復帰したリカコさんがA社を訪問したことで斉木と再会し、愛人関係だった当時よりも更に美貌に磨きが掛かったリカコさんに下心を再熱させた斉木が、新規サービスの契約を餌に愛人関係を迫ったらしい。


 それが今年の1月頃の話で、リカコさんは直ぐには話に乗らずにのらりくらりとかわしていたそうだが、斉木が諦めずにしつこく迫ってたらしく、4月に入ってから「愛人では無く、回数を限定した接待ということなら」と返事があり、斉木もそれで契約を約束したとのことだった。


 4月以降の半年間を月に2回、週末に表向きはゴルフなどの接待と言って二人は会っていて、実際には有名ホテルなどで過ごし、その費用は全てリカコさんが支払っていたそうだ。 


 少なくとも俺が把握してる4月以降のリカコさんの様子と、説明の内容は合致していた。

 リカコさんが週末にゴルフ接待だと言って出かける様になったのは4月のリカコさんの誕生日を過ぎてからだった。そして、前日や当日になってから週末の出張や接待などを言われたのも、4月以降で今月まで頻繁にあった。

 

 奥さんの方でも最近の斉木の不振な行動に気付き、興信所に依頼して調査を始めようとしたところで、今回の事故が起きて発覚したとのことだった。

 そして斉木は、今回事故を起こしたことで警察の取り調べも受け、過去にも奥さんに調べられて発覚したこともあって、もう逃れられないと観念して、完全に白旗を上げて奥さんに全てを白状したとのことだった。



 ずっと不可解だったリカコさんの変化の理由が分かったが、こんなの最悪だ。スッキリするどころか、頭がどうにかなりそうだ。




 最後に奥さんは、「今回の事故の状況は、主人からも警察からも話を聞いてますが、100%主人(斉木)が悪く、アナタの奥様(リカコさん)は被害者です。ですが、事故に関しては主人に責任を取らせますが、不貞行為に関しては2度目で、1度目の示談での約束を破った奥様にも責任があり、主人にも奥様にも責任を取らせるために、前回と今回の件を主人の会社(A社)へ報告させて貰います」と話を締めくくった。



 ここまで聞いて、俺には何かを反論出来るような気力は残って無くて、隣に座ってた藤田さんも顔面蒼白で黙り込んでしまっていた。



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