#39 事故の後処理
病院の駐車場に停めてたレンタカーで車中泊して、翌朝起きて病院のトイレで顔を洗ってから、お義父さんのスマホに連絡を入れて、『事故処理してくれた警察署へ行ってくるので』とリカコさんの事を頼んでおいた。
藤田さんも俺と同じく病院の駐車場で車中泊すると言っていたけど、無精髭と寝ぐせの俺とは違って、相変わらずキッチリとした身嗜みとメイクで約束の時間ぴったりに待ち合わせ場所にやって来た。
その場で警察署に電話すると交通課の担当者に繋いでくれて、『警察署まで来て欲しい』と言われたので、藤田さんの車に同乗させて貰い、一度ファーストフードに寄って朝食を食べてから警察署を訪ねた。
交通課の受付で担当者の名前を告げると直ぐに来てくれて、狭い個室の応接室に案内された。
担当の警察官からの説明では、事故した車両はリカコさんのアルファロメオでリカコさんが運転していた。
同乗していたのは斉木タツオという名前の男性で、事故当時助手席に座ってて、怪我は打撲と擦り傷程度だったらしく、既に自宅に戻ったとのこと。
その話を聞いた藤田さんが「その方の勤め先は分かりますか?」と訊ねると、個人情報とのことで本人から聞いて欲しいと教えて貰えなかった。
事故の状況は、下呂の温泉旅館へ向かう途中、県道の緩いカーブで速度超過の状態でガードレールに車両の左側面を当ててしまい、無理にハンドルを反対に切ったために今度は反対車線のガードレールに突っ込み、その衝撃で車体が横転したらしく、助手席の同乗者は自力で脱出したけど運転席のリカコさんは閉じ込められた状態で、直ぐに消防車と救急車が駆けつけ救出されたが、怪我が酷くて出血も多く、救急搬送されたそうだ。
そして、同乗者の男性から警察が聞き取りした話では、その男が運転中のリカコさんの体を触った為にリカコさんは気を取られて、ハンドル操作をミスしてガードレールに接触したとのことだった。
そこまで聞いたら、警察官の前で思わず頭を抱えてしまい、言葉が何も出なかった。
黙ってしまった俺の代わりに藤田さんが「この場合の事故責任は運転手になるんですか?それとも運転の邪魔をした同乗者になるんですか?」と訊ねてくれて、警察官の説明では、あくまで最終的な責任は裁判などで決まると前置きした上で、今回のケースだと運転手と邪魔をした同乗者の両方に責任があるとみなされることが多いと説明してくれた。
一通り事故状況の説明が終わると、その他モロモロの説明などもあり、まずは事故車の撤去(引き取り)をするように言われ、アルファロメオの車検や修理など見て貰っているディーラーに連絡を入れて、事故車の引き取りを依頼した。
因みに、ディーラーは名古屋市内にあるので、遠方のココまで来て引き取って貰うのに、アホみたいな金額になった。
その後、警察署を出てから、藤田さんと今後の対応を相談することになった。
警察の話を聞いて、かなり厄介な状況であることが分かった。
ぶっちゃけ、同乗者の斉木という男は、リカコさんとの浮気相手、もしくはそれに近い関係だろう。
会社に内緒での二人きりの温泉旅館一泊付きのゴルフ接待。
そして移動中の車内で体を触れることが出来る関係。
まともなビジネス上の相手なら、リカコさんが体を触れさせるのを許すとは思えない。セクハラだと言って訴えるだろう。
リカコさんを知る人間なら、誰だってそう思う。
夫である俺ですら、運転中のリカコさんに触れようなんて思わない。
なのにその斉木という男は、非常識にも運転中のリカコさんの体を触っていた。
あくまで想像だけど、リカコさんとの二人きりでの不倫旅行で斉木という男は、おふざけで運転中のリカコさんにちょっかいかけたのだろう。
全く馬鹿らしくて、怒りで鼻血出そうだ。
俺やリカコさん個人としての立場なら、今回の事故の責任をその男に全てあるとして訴えるのが普通だろう。
でも、藤田さんの言う通り、その斉木という男がA社の人間、しかも重役クラスとなれば、訴えた場合に取引への影響が出ることが考えられる。
ハッキリ言って、取引停止になるだろうな。売上高トップとの取引停止は、会社にとっては洒落にならないだろう。
しかも下手したら、相手側もリカコさんに全責任があるとして裁判での争いに発展することも予想出来る。
そうなれば、A社のみならず各種方面への影響も出ることが考えられ、会社のことを考えると、泣き寝入りすることも視野に入れる必要がある。
こうなってくると、ウチ(町田家)と会社とで意思統一して連携を取りながら慎重に対応する必要がある。
まずは、斉木本人への対応。
ひとまず俺から連絡を入れて、勤め先を確認の上、自宅へ訪ねるアポを取る。
その際に、藤田さんと保険会社からも同行してもらう。
不倫関係の疑いに関しては、コチラからは触れずに、念のために家族へは事故で迷惑かけたことへの謝罪し、斉木本人には事故の状況の確認をして、事実確認出来たらその場で念書を書かせる。
会社としては、A社の人間だと想定して、藤田さんがメインで対応する。
接待に関してまだ正確な状況が掴めておらず、ただの不倫関係でA社は無関係の可能性もあり、A社への対応は状況が分かり次第動くしかなかった。
そこまで話し合って方針が決まると、警察で教えて貰った斉木の連絡先へ俺から電話を掛けた。
電話番号は固定電話で、電話の応対に出たのは女性だった。
俺が事故した運転手の夫だと名乗ると、その女性は斉木の妻だと名乗り、斉木本人は今電話に出れないと言うので、直ぐにでも伺いたいと話すと、今日は都合が悪いと言い、翌日の月曜日に自宅を訪ねることになった。
また、斉木の勤め先を確認すると、やはり藤田さんの予想通り、A社の取締役だった。
そこまで確認してから通話を切り、藤田さんに病院まで送って貰い、明日の待ち合わせの時間と場所を決めて、藤田さんは帰って行った。
病院に戻ると、お義母さんの話では、リカコさんは一度目を覚ましたが会話はままならずにまた眠ってしまったそうで、今はまだ寝ていたので、お義母さんを病室に残してお義父さんだけ談話室に連れ出し、警察で聞いた話や同乗者のことなどを簡単に説明(不倫の疑いは伏せた)し、再度リカコさんのことをお願いして、明日に備えて俺も自宅に帰ることにした。
お義父さんとの話を終えて一旦病室に戻り、リカコさんの寝顔を確認してからお義母さんにも後の事をお願いして、リカコさんのスマホと旅行用のバッグを引き取って、病室を後にした。
本当は、リカコさんが目を覚ますのを待ってからでも良かったけど、色々と事実確認が出来てない現状ではリカコさんに何と言葉を掛ければ良いのか分からなくなってしまってて、白状すると、リカコさんと顔を会わせることから逃げた。
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