#37 突然の急報
7月の終わりに近づいてもリカコさんは相変わらず忙しく、週末も休めないことが多かった。
「あまり無理しないで」と伝えてはいたけど、そういう時の返事は素っ気ないし、会社で今現在どんな事業に取り組んでいるのか把握してない俺には週末の接待ゴルフの重要性までは分からないので、安易に「他のスタッフに任せては?」とは言えなかった。
俺としては、リカコさんの体を心配しているだけだったのだが、口に出していなくても、リカコさんには俺のそういう態度や表情をうっとおしく感じたのか、この頃には出張や週末の接待などを事前に教えてくれずに、当日の朝に言い出す様になっていた。
そして、それが急に決まった緊急の仕事じゃないことは俺にも分かるので、意図的に事前に俺には言わないようにしているのだろうと思えた。
当日の朝に決まる急な接待ゴルフとかありえないし。
更に、今まで俺がしていた出張時の服や着替えなどの準備も、リカコさんが前日に自分でしていた。
これは結構ショックだった。
普通の主婦なら『自分でしてくれるなら、楽チンだわ』と喜ぶかもしれないけど、俺の主夫としての仕事が取り上げられた訳だから。
今まで、主夫としての能力や実績は認めて貰えてると自負していた。
どんなにギクシャクしてても、俺のご飯は食べてくれてたし(残すことも多くなったけど)、アイロンがけや靴磨きだって俺がしてて、仕事や出張時の服装だって俺が前日に準備してたし、出張時のカバンや荷物も俺がほとんど準備していた。
それが、『もう必要ない』と言われた様に思えて、ショックだった。
そして、8月に入って最初の土曜日。
この日も当日の朝になって「今日も接待で泊まりだから、夕飯はいらないわ」と言って、出て行った。
それにしても、ゴルフの接待多いな。
俺が営業職の頃は、ゴルフ接待なんて行った事ないんだよな。
重要取引先相手でも精々、綺麗なおねーちゃんが居る店でどんちゃん騒ぎくらいだ。
社長や役員クラスだと、やっぱり接待と言えばゴルフってことなのかな。
もしかしたら、大口契約とかのチャンスで、それで客先のキーマンがゴルフ好きなのかもしれないな。
まぁ、最近俺も疲れてるから、今日は帰って来ないなら、ゆっくりさせて貰おうかな。
と、この日はいつもよりものんびりすることにして、リリィの散歩もいつもより遠くまで歩いてみたり、お昼はインスタントで済ませたりと、普段よりも気が抜けた主夫の仕事をこなしていた。
午後になり、退屈しのぎに読書をして時間を潰し、そろそろ夕食の準備をしようかと思ったタイミングで、固定電話が鳴った。
休日に固定電話に掛かって来るのって怪しいセールスや電話会社のプラン変更のセールスばかりなので、無視していると固定電話のコールは切れて、直ぐに俺のスマホが鳴った。
ディスプレイに表示された番号は未登録で知らないナンバーだったが、通話アイコンをタップして出てみた。
『こちらは〇〇市消防局の救急隊員です!町田リカコさんのご家族でしょうか?お名前は町田フウタロウさんで合ってますか?』
電話の向こうでは、救急車のサイレンがずっと鳴り続いていた。
『え!? はい、そうですけど』
『町田リカコさんが交通事故に遭いまして、現在救急搬送しています』
『ええ!?』
『搬送先は岐阜県の〇〇〇病院なんですが、今からこちらに来ることは出来ますか?』
『ええ、えと、すみません。病院の名前もう一度お願いします』
動揺してて上手く聞き取れずに、何度も聞き返しながら病院の名前をメモに書いた。
『あと、搬送後に病院から連絡が入る場合があるんですが、この携帯番号を連絡先にして宜しかったですか?』
『はい、お願いします。 それで、あの、命に別状とかは』
『現在意識はありますが脚を大怪我してますので、救急搬送することになりました』
『そうですか。ありがとうございます』
他にも色々と確認するような質問をされたりしたけど、何を話したのか自分でも覚えて無かった。
通話が終わり自分で書いたメモを確認しながら病院の所在地をスマホで調べると、飛騨地方のようで隣県とは言え距離的にはかなり離れてて、下呂温泉の近くだった。
日中ゴルフした後に温泉宿へ移動中だったのかな。
温泉で一泊付きのゴルフ接待か。
なんというか・・・
いや、今はとにかく急いで病院へ向かわないと。
けど、アルファロメオはリカコさんが乗って行ったし、俺には足が無い。
鉄道などの公共交通機関では乗り換えが多くて時間が掛かり過ぎるし、急いでレンタカーも手配しなくては。
直ぐに一番近いレンタカーのショップを調べてネット予約を済ませ、服を着替えようとして、リリィを連れて行けないことに気付いた。
ハルカさんに預かってもらうしかないか。
ハルカさんに電話して、リカコさんが事故にあって岐阜に向かうことになり、リリィを預かって欲しいことをお願いすると、2つ返事で引き受けてくれたので、準備を終えるとレンタカーショップへ向かいレンタカーを借りて、一旦帰宅してからペット用のキャリーバッグにリリィを入れて、レンタカーに乗ってハルカさんの自宅に向かった。
ハルカさんにリリィを預け、「どんな状況か分からないし、しばらく出勤出来ないかもしれない」と謝ると、「そんなこと気にしないでいいから!奥さんの傍に居てあげて!フータローくんも事故らないように安全運転で行くんだよ!」と言って、俺が出発するのを見送ってくれた。
病院に到着する頃には既に夜になってて、緊急外来へ駆け込み、受付で「今日緊急搬送された町田リカコの家族です。ドチラに行けば良いですか?」と訊ねると「ご主人さまですか?」と聞かれ、「はい、そうです」と答えると、「少しお待ちください」とその場の待合スペースで待たされることになった。
待ってる間に、「リカコさんの会社にも連絡しなくては!」と気付き、流石に土曜日の夜だと会社には誰も居ないだろうと思い、スマホに登録してあった藤田さん(現在は部長だそうだ)に連絡を入れてリカコさんが出先で自動車事故に遭った事を報告した。
『社長は命に別状はないんですか!?ご主人はお怪我は大丈夫なんですか!?』
『まだ詳しいことは分りませんけど、意識はあるって言ってました。それと私は車に乗ってませんよ。接待で岐阜まで来てたみたいです』
『え?社長からは今日接待があるとは聞いてませんが・・・。兎に角、私も直ぐに向かいますね』
『病院は岐阜県の〇〇〇病院です。何かありましたらまた連絡しますね』
藤田さんへの連絡を終えると、ああそうだ。沼津の義両親にも連絡してなかったと気付いて同じ様に連絡すると、義両親もこれからコチラに来てくれることになった。
連絡を終えると少し気が抜けた。
慌てて動揺しながらココまで飛ばして来て、連絡とかも自分がしてたのに、どこか現実味が無い様な、不思議な感覚があった。
少なくとも、最初に救急隊員から電話連絡を貰った時よりは、冷静にはなっていた。
受付で訊ねてから30分近く経って、ようやく「町田リカコさんのご家族の方、こちらへどうぞ」と呼ばれ、緊急外来用の治療室の中に案内されたが、そこにはリカコさんは居らず、現在手術中だからと看護師さんが手術室まで案内してくれるらしく、移動しながら現在の状況を簡単に説明してくれることになった。
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