#34 サプライズの結果は



 幸か不幸か夫婦というのは、一度険悪になって口を聞かないまま寝ても、翌朝も必ず顔を会わせ、自然と「おはよう」と挨拶してしまうし、挨拶された方も「おはよう」と返事をしてしまう。


 そんな挨拶を交わしたこの朝、出勤するリカコさんをいつもの様に玄関まで見送りに行き、俺の方からハグしてキスした。


 唇を離すと、リカコさんはバツの悪そうな表情で俺の体から離れ、目を合わせずに「行ってくるわね」と言って、玄関から出て行った。


 そんなリカコさんを見てて、少し気持ちが楽になった。

 リカコさんも俺に嫌味を言ってしまったことを後悔してくれてたんだろう。

 俺がキスしても嫌がらなかったし、表情だって昨日の様なキツイものでは無かった。


 プロポーズしてくれた時からずっとリカコさんが優しくて、順調に結婚生活が続く中でリカコさんに「愛してる」と言われて打算の夫婦関係から愛のある夫婦になれて、結婚生活が無事に2年目になって安心しきっていた。

 でも、今まで順調過ぎて優しい態度のリカコさんを当たり前のことの様に思ってたけど、毎日顔を会わせてれば機嫌が悪くなることや喧嘩することだってあって当たり前だと思うし、そうなっても夫婦には変わりないのだから、仲直りしていつもの夫婦仲に戻すことだって出来るハズだ。


 だって、俺とリカコさんは家族なんだし、俺の事を『最高のパートナー』だと言ってくれてたんだから、仲直りするチャンスはいくらでもある。


 そして、その仲直りのチャンスは俺が上手くやらないとダメだろうな。

 リカコさんの性格や先ほどの様子を見る限り、悪いとは思ってるだろうけど、自分から仲直りをするのは躊躇してると思う。

 なら、俺の方から「気にしてませんよ。俺たち夫婦なんだから、今まで通り仲良くしましょ」と歩み寄るのがベターだろう。


 昨日ずっと悩んでいた『どうやって仲直りすれば分からない不安』から解放され光明が見えた気持ちになり、この日は遅くなっても帰ってくるまで待って、一緒に夕食を食べて仲直りしようと意気込んでいたが、23時過ぎに帰って来たリカコさんは「疲れてるから」と言って俺が用意した食事は少し箸を付けただけで、重い空気を食卓に残して一人でお風呂に入ると先に寝てしまった。


 結局俺からも「仲直りしましょう」とは言えず、一度そうなってしまうと再び切っ掛けを作るのは更に難しくなってしまうもので、その日以降も話すチャンスはあったが、そのチャンスを生かすことは出来ずにいた。



 そして、何より辛かったのは、こんな空気の中でも週末になるとセックスをしなくてはいけないこと。


 でも、今までどんなに要求されてもお望み通りに反応していた俺の体が、意気消沈してしまった。


「ほら、したかったんでしょ。さっさと済ませて」と言われて、興奮出来るはずが無かった。

 挙句、以前なら何回戦も続けたあと勃ちが悪くなったりすると、リカコさんが頑張って奉仕してくれて元気一杯にしてくれてたのに、この日は「勃たないのなら今夜は仕方ないわね」と言って、リカコさんは一度も下着を脱ぐことなく寝てしまった。


 もう訳が分からなくて、元気の無いイチモツぶら下げたまま、茫然とした。


 つい最近までラブラブだったはずなのに。

 少なくとも年末年始は、リカコさんはセックスを存分に楽しんでた様に思える。

 1月に俺が風邪をひいた頃からか?

 いや、治った後も以前と同じようにセックスしてたはずだし、少なくとも、普段の様子からは俺とのセックスに不満があるとか物足りなさを感じてるとは思えないんだけど。

 やっぱり俺が気付かない間に何か怒らせるようなことをしてしまったのだろうか。それとも『理想の結婚と違う』だなんて身の程を弁えずに考えてしまったから、バチが当たったのだろうか。


 で、不安に耐えられず、怒られるのを覚悟して何か俺がやらかしてしまったのか直接聞いてみたが、「別にフータに怒ってるわけじゃない。仕事のことでちょっとイライラしてるだけ」と言って、それ以上のことは聞くなという空気になってしまった。


 仕事が原因だと言ってても、その後も俺の前でイライラしてるのは続いてて、結局、仲を修復することは出来ずにいた。





 そんなギクシャクした空気のまま、4月のリカコさんの誕生日を迎えることになった。


 俺は、今度こそ仲直りのチャンスだと意気込み、この日は料理教室の仕事を早退して、お昼からご馳走を作り始め、リカコさんが好きなシャンパンも用意して、サプライズで誕生日を祝うディナーを準備した。



 しかし、こういうサプライズって上手くいかないんだよね。

 正直言って、こうなる予感はあった。

 でも、事前に「誕生日のお祝いするから早く帰って来てね」って言える空気じゃなかったんだよ。

 お祝いしようと思ったら、予告無しのサプライズしか方法が無かった。


 でも、案の定こういう日に限って23時過ぎても帰って来なくて、俺もこの日は仕事早退しちゃってるから翌日は休めなくて、早めに寝ないとダメな状況なのに0時までは待ったけど、やっぱり帰ってこなかった。


 日付が変わってしまったので、仕方なくディナーでのお祝いは諦めて、料理はリカコさんの分だけ取り分けてラップをかけて食卓に並べておき、『お誕生日おめでとう。いつも遅くまでご苦労さまです。あまり無理しないでお体を大事にして下さい』と書いたメッセージカードをラップの上に添えた。

 その後は、俺は食欲が無くなってしまったので、自分の分の料理は冷蔵庫にしまい、シャワー浴びて先に寝た。




 翌朝起きると、リカコさんは俺の隣で寝息を立てていた。

 昨夜はいつもよりも更に遅くまで仕事してたのだから、かなり疲れているだろうと思い、起こさない様にそっとベッドから起き出て、パジャマのまま朝食の準備をする為にキッチンに行くと、食卓の料理はラップがかかったまま手つかずで、メッセージカードも残されたままだった。


 深夜帰ってきたのだから食事を控えるのは解るけど、リカコさんはメッセージカードすら読んでないのか。

 そう考えてしまうと、この食卓の状況を朝っぱらからこのまま見せるのはとても嫌味なことのように思えて、これ以上リカコさんの機嫌を損ねたく無かった俺は、食卓に並んでいた料理とメッセージカードは全て処分した。


 料理を捨てて速やかに食器を洗い終えると、いつもの様に炊きあがったばかりの熱いご飯でオニギリを握って、リカコさんを起こして一緒に朝食を食べ始めた。


 精神的には滅茶苦茶凹んでたけど、最低限夫婦としてお祝いの言葉くらいは言うことにした。



「昨日は誕生日なのに遅くまでお疲れ様でした。29歳、おめでとう。本当は昨日言えれば良かったんですけど、翌朝になっちゃってすみません」


「え!? ええ・・・ありがと・・・」



 リカコさんの表情を見つめながら俺がお祝いの言葉を伝えると、リカコさんは一瞬驚いた表情で俺を見て、俺と視線が合うと気不味そうに視線を逸らして返事をすると、そのまま食事を続け、食べ終えると直ぐに席を立って出勤の準備を始めた。


 今の様子だと、リカコさんは自分の誕生日を忘れてたのだろうか?

 それくらい忙しかったってことなのかな。


 それとも、俺がリカコさんの誕生日を覚えてるなんて思っても無かった?

 そんなはずは無いんだけどな。去年もお祝いしてるし。


 いずれにせよ、サプライズの誕生日ディナーでの仲直り作戦は、大失敗に終わった。

 因みに、冷蔵庫にしまってた俺の分の料理は、弁当箱に詰めて料理教室に持参して、お昼ご飯に食べたが、味は悪くなかった。


 


 気合い入れて作ったから、リカコさんに食べて欲しかったんだけどな。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る