#31 主夫になって初めての病気



 年が明けて冬休みが終わると、リカコさんは更に忙しくなった。


 起業してから5年目の節目ということで、今年は色々と新規事業や企画を始める様で、冬休みの間も仕事部屋にしてる衣装部屋に篭って、調べものや勉強などしていた。


 結婚するよりずっと前のリカコさんが起業した頃から会社のことで愚痴を聞かされてたし、何か相談などあれば出来るだけ協力するようにしてきたけど、結婚して今の生活が定着したこの半年程はそういう話を聞かせてくれることも少なくなって、俺も門外漢なので自分から聞いたり首を突っ込むようなことは避けていた。


 リカコさんは俺に対して、あくまで家のこととセックスの相手を求めてる訳で、会社のことに関しては、夫婦としての会話の話題程度に話すだけで、部外者の俺の手助けを必要とはしていなかった。


 今思い返せば、だから俺はハルカさんの料理教室で自分の力をもう1度試して、リカコさんに見せたかったのかもしれない。

 まぁ、リカコさんは自分の会社のことで忙しくて、俺が料理教室の話を聞かせても、あまり興味無さそうではあるけども。



 と、穏やかだった年末から、再び忙しい日常が始まったのだが、1月の終わりに俺が風邪をひいてダウンしてしまった。


 前日から喉の痛みを感じてて、日中はマスクして仕事して、家でもマスクを外さずに家事を済ませて、夜に「風邪ひいてるっぽいんで、衣裳部屋で寝ますね」と断って、リカコさんとリリィに感染うつさないように別の部屋で寝たのだが、翌朝起きたら熱が38度を超えてて、リカコさんからは「今日は家事はいいから、仕事(料理教室)も休んで一日ゆっくり寝てなさい」と言われ、家事や仕事をするのを禁止された。


 朦朧とする頭のままスマホでハルカさんにも『風邪ひいたみたいで朝起きたら38度あって、感染すと不味いからお休みします。ごめんなさい』と連絡すると、『今一人で居るの?病院には行ったの?リリィちゃんはどうしてるの?』と料理教室のことよりも俺やリリィの心配をしてくれていた。


 正直に言うと、凄く嬉しかった。

 リカコさんも心配はしてくれてたけど、社長という立場ではいい年した夫(しかも主夫)の病気よりも仕事を優先せざるを得なくて、今朝は俺に休む様に言いつけると、俺に近付くことなくそそくさと出勤して行った。

 リリィも居るけど接触するのを避けるために、今日は寝室に閉じ込めていたので、衣装部屋には俺一人で寝ていた。


 結婚して初めての風邪でのダウンは、リカコさんやリリィ、そしてハルカさんに迷惑を掛けてしまっている申し訳無さと、寒気と喉の痛みと止まらない鼻水が心細さや孤独感に拍車をかけているようで、随分と弱気になっていた。

 なんだかんだと主夫としての賑やかな生活が続いていた中での突然のダウンは、思ってた以上に孤独で辛いものだった。


 だから、ハルカさんが仕事のことよりも俺を心配してくれてることに、形容しがたい安心感と喜びを感じた。


 ハルカさんも階段落ちた時、同じ気持ちだったのかな。

 俺はココまで心配してあげたわけじゃないけども。


 けど、料理教室の仕事があるハルカさんにコレ以上迷惑をかける訳にもいかないので、朦朧としながらも意識をしっかり引き締めて、『大丈夫です。今日一日休んで治します』と心配させないようにハッキリとした口調で答え、直ぐに通話を切ると力尽きて眠りについた。




 しばらく熟睡していた様で、スマホの着信音で目が覚めた。

 スマホを見ると、ディスプレイにはハルカさんからの着信表示で、時間は14時半過ぎだった。


 隣の部屋でリリィが騒いでいるのか、キャンキャンと甲高い声で吠えているのも聞こえる。

 けど、朝よりもしんどくなってて動く気力が湧かず通話に出るのもダルくて、スマホを握ったまま無視すると、一度着信音が切れるが直ぐにまた鳴り出した。


 仕方ないので通話アイコンをタップして、スピーカーにして横になったまま『もしもし』と応答すると、声がガラガラで喉の調子も朝より酷くなっていた。


『やっと出た!いま下に来てるの!開けられる?』


『あぁ、感染しちゃうから・・・』


『何言ってるの!病院行ってないんでしょ?直ぐに連れて行ってあげるから開けて!』


『あい・・・』


 気力を振り絞ってリビングまで行き、オートロックの解錠ボタンを押してから、のろのろと玄関に移動した。

 玄関の鍵を開けると同時に扉が開いて、マスクを装着したハルカさんが「大丈夫!?熱は何度なの!?」と大声で話しながら入って来て靴を脱ぎだした。


 ハルカさんは俺の返事を聞かずに上がると、壁に手を付いて突っ立っている俺を抱く様に背中を押して、「市販の解熱剤とスポーツドリンク買ってきたから、それ飲んでお熱計ったら病院に連れて行くね?」と言ってリビングまで移動して、俺をソファーに座らせるとコップに水を用意して、解熱剤の箱を開けて錠剤を2粒取り出すと、水と一緒に手渡してくれた。


「リリィちゃんはご飯食べたの?」


 寝室から相変わらずリリィの吠える声が聞こえるので、リリィのことも心配してくれてるようだ。


「・・・ご飯も散歩もまだです」


「分かった。直ぐに病院の予約して、先にリリィちゃんのお世話も済ませちゃうね」


 ハルカさんはそう言うとスマホで病院へ連絡を入れて、それが済むと寝室へ行ってリリィを連れ出して来たので、「すみません」と謝りながら部屋の鍵を渡し、リリィの散歩をお願いした。


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