#29 31歳バツイチ独身女の不幸過ぎる夜




 ハルカさんが料理教室の業務改善に全面的に協力的になってくれて、1つ1つ順調に改善を進めることが出来る様になった。


 また、その取り組みのお陰で二人とも時間の余裕が持てるようになって、朝からバタバタと忙しく動き回ることも無くなり、ほんの少しだけど出来た時間で家(教室)の中や表などの朝の掃除をするようにもした。


 少しづつだけど、会社として良い方向に向かい出した実感と、ハルカさんとの信頼関係もより強くなったのを感じていた。

 相変わらず意見がぶつかるとスネることもあるけど、『こういう人だ』ともう分っているので、こちらも「ハイハイ、またスネるんですね。スネても仕事は片付きませんよ」と冷たくあしらえる様になっていたし、ハルカさんも俺にそう言われると、ぶすくれながらもちゃんとしてくれる様になっていた。



 ハルカさんは、基本的に外面そとヅラは良いのだけど、俺とか身近な人が相手だと子供っぽい態度をよく見せる。

 恋人とか旦那さんとか居たら甘えるのが上手そうだし、容姿も歳の割りには若く見えて可愛いので、そういう相手なら効果的だと思うけど、経営者としてはどうかと思うし、唯一の部下である俺にはそういうのは通用しない。

 むしろ、俺がもっとしっかりしなくてはと思い、より一層厳しく引き締めるだけだ。


 因みに、料理に関しては尊敬してるし師弟だと思ってるので、料理のことでは小言や文句などは言わないし、教えられた通り忠実にやるように心掛けている。


 と、そんな料理教室ではスタッフとしてすっかり馴染んで見えるのか、最近では生徒さんたちから冗談半分で「フータローくん、ハルカ先生の保護者みたいね」とか「どっちが上司か分からないね」とからかわれたりしつつも、「良いコンビだね」と言って貰えることもあって、そう言って貰えるのは俺の働きが認めて貰えてる様に思えて、素直に嬉しかった。


 前に勤めてた会社では、中々そんな風に言ってくれる人は居なかったからね。

 しがないアルバイトだけど、そういう意味ではこの職場は気に入ってるし、遣り甲斐を感じていた。





 ◇





 料理教室のアルバイトを始めて半年程経過した。


 ハルカさんは、本当にちょくちょくウチに遊びに来るようになってて、一緒に食事をしたりお喋りに夢中になったりと、仕事以外でも家族ぐるみの様なお付き合いが続いていた。


 リカコさんは最初こそ戸惑っていたけど、マリンちゃんも一緒に連れて来るので、マリンちゃんとリリィが仲良さげな様子にほだされる様にハルカさんにも徐々に態度を軟化させて、流石にもう『暑苦しい』とは言わなくなっていた。




 そんな、ある日の夜。


 仕事を終えて帰宅して、家で食事を済ませて洗い物をしていると、ハルカさんからスマホに連絡が入った。


 こんな時間なのに明日の教室のことで何か急ぎの連絡かな?と思い通話にでると、「フーダロ~ぐ~ん、だずけでぇ~」と泣きながら助けを求めていた。


 状況が全く分からないので、いつもの仕事の時の様に「どうしました?落ち着いて説明してください」と冷静に問いただすと、「階段落ちて動けないのぉ」と。


 1つ1つゆっくりと確認するように状況を尋ねると、どうやら自宅の2階で一人でお酒飲んでて、1階にあるお風呂に入ろうと立ち上がったら自分が思ってたよりも酔ってたらしくてフラフラで、それでもお風呂に入ろうと階段を降りてたら、足滑らしてひっくり返る様に尻餅付いて、下まで転げ落ちたそうだ。

 それで痛みと酔いのせいか起き上がることが出来なかったけど、幸いスマホを持ってたので助けを求めようと、俺に電話してきたらしい。


 直ぐにリカコさんにも状況説明して、リカコさんにはリリィと留守番するよう頼み、アルファロメオを借りて急いでハルカさんの自宅へ向かった。



 到着して合鍵(仕事上必要なので1つ預かってた)を使って入ると、階段の直ぐ傍で、浜辺に打ち上げられたトドの様にハルカさんが転がってて、マリンちゃんが傍に寄り添う様にしてハルカさんの顔をペロペロ舐めていた。


 そして、俺が来たことで安心したのか、「フータロ~くん、ありがどぉ~」と子供みたいに声を出して泣き出した。


 足首や膝に腰などに手を当てながらドコが痛むのか確認すると、足首を捻った様で若干腫れてて、骨折はしてない様だけど、痛くて立ち上がれないと訴えていた。

 他にも階段の角でお尻をぶつけたらしいが、頭などはぶつけていないと言うので、まずはリビングに移動させて患部を冷やすことにした。


 しかし、この人、見た目以上に重かった。

 リカコさんにしてあげる要領でお姫様ダッコしようとしたら、俺の腰が悲鳴あげそうだった。

 仕方無いのでリビングから床マットを持ってきて、その上に転がして、床マットを引き摺る様にしてリビングに移動させたが、床マットからも悲鳴が聞こえるようだった。


 そんな運び方をされたのがショックだったのか、それとも痛みで辛いのか、ハルカさんはずっとエグエグ泣いてたけど、構うことなくテキパキと氷嚢の用意をして、床マットの上でそのままうつ伏せにさせて、足首とお尻を冷やしてあげた。



「骨折迄はしてない様ですけど、明日の教室はお休みにして、朝、病院に連れて行きますね」


「うん・・・」


「あと、今日はお風呂は我慢して下さい」


「うん・・・」


「あと、今夜はココで寝て下さい。この足じゃまた階段から転げ落ちますからね」


「でも着替えたいの」


「分かりました。着替えとかお布団持って来るから、寝室に入りますね」


「うん・・・」



 で、ハルカさんを残してマリンちゃんと一緒に2階に上がると、洗濯物は干したままだし、テーブルにはワインのボトルやグラスやおつまみと思われる食べかけの唐揚げ等が放置されたままで、相変わらずズボラな生活感が漂っていた。


 そんな部屋の様子を見たら何だか虚しくなって、ハァと溜め息をついてから寝室に繋がる扉を開けると、初めて入る寝室は意外にも片付いていた。


 干しっぱなしの洗濯物からパジャマと下着類を外して、ベッドに脱ぎ捨ててあったカーティガンも持って一旦リビングへ降りて渡すと、再び2階に上がった。

 下着に関しては触って良いものか悩んだけど、何か言われても「いつも奥さんのを洗濯してるんで、こんなの見ても何も思わないから、安心して下さい」と言えばいいと思い直して、持って行くことにした。

 因みに、ショーツもブラもリカコさんよりサイズは大きくて、特にブラは見たことが無い程のビッグサイズに思わず広げてしまい「すげぇ・・・」と声が漏れてしまった。


 再び2階から掛け布団とマクラを持って降りた時には着替え終えていたので、脱いだ服を引き取って1階の洗面所にある洗濯機に放り込んで、再び2階に上がって、テーブルの上の食べ残しを片付けて、干しっぱなしの洗濯物も全部降ろして畳み、タンスやクローゼットに収納してから、ついでに部屋の掃除もすることにした。


 テーブルのワインや食べ残し等を片付けて、脱ぎ散らかしたままの服やゴミなどを回収して、窓を開けて換気しながら掃除機をかけ始めると、俺の後を付いて来てたマリンちゃんがソファーに上がり、ソファーに置いてあったポーチがゴトリと音を立てて落ちてしまった。

 変な落したな?と思いながらポーチを拾おうとすると、ファスナーが開いてて中からピンクローターの一部が飛び出していた。

 ポーチを拾い上げて中を確認すると、他にも吸引ローターが1つ確認出来た。



 前にもこんなことあったな。

 アレは確か引っ越しする前のリカコさんの部屋だったか。



 お酒を飲んでたと思われるソファーに残されたオナニーアイテム。

 ハルカさんはお酒飲んでてお風呂に入ろうとして、階段から落ちたと言っていたので、つまりコレはその直前に使用してたと言うことか。

 初心なフリしてても既婚歴ある三十路過ぎた女性だし、性欲あるのは当たり前だよな。


 にしても、31歳のバツイチ独身女性が酔っぱらって階段転げ落ちて怪我した日に、助けに来た部下のアルバイト(既婚男性)にピンクローター見つかるとか、流石に酷い話だ。


 もうこれ以上は何も言うまい。可哀そうすぎる。

 あまりにも憐れで『これからはもう少し優しくしてあげよう』と思わずにはいられなかった。




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