#28 淋しい人




「ウチの旦那のこと、フータローくんって呼んでるんですか?」


「ええ、そうなんですよ!フータローくん真面目でしっかり者で人柄も良くてお話も面白いし、お料理の勉強も凄く頑張ってるし、生徒さんたちのことも上手にサポートしてくれるんで、私だけじゃなくて教室では皆さんからも可愛がられてて、フータローくんって呼ばれてるんですよ!」


「そ、そうなんですね」



 俺とハルカさんが、仕事の事で少し拗れそうになったけど、お互い反省して明日からも協力して頑張りましょうと和解している場面で、部外者のリカコさんが空気読まずに本題と全く関係ないことで口を挟むと、ハルカさんは先ほどまでの落ち込んだ態度で謝罪してたのがウソの様に嬉々として、俺のことをホメだした。


 多分、リカコさんとしては『人の旦那に、馴れ馴れしいんじゃないの?』と言いたかったんだろうけど、ハルカさんがリカコさんの上を行く空気の読まなさでハイテンションで俺の事をホメだしたから、リカコさんはちょっぴり引き気味になっていた。



 ハルカさんは今年31で俺やリカコさんより少し年上のバツイチで、離婚してからずっとカレシも作らず孤独で淋しい人生を歩んでる(本人談)そうで、見た目や普段の様子からはそういうのを全く感じさせないホンワカした雰囲気の人なんだけど、中身は結構あざとかったりマイペースでズボラだし、他の生徒さんたちがシモネタ振ると「そういうこと私に聞かないで下さい!」と拒否反応見せる初心なフリしたぶりっ子なタイプで、リカコさんとは見た目も性格も真逆で、どことなくリカコさんには苦手そうなタイプに思える。

 ドコがどう苦手とかは具体的に説明しにくいんだけど、仕事上の付き合いは良くてもプライベートでは仲良く出来ないタイプ?


 リカコさんは身内には親身で面倒見がいい親分肌だけど、見た目で近寄り難いイメージがあるし、他人には厳しくてキツイ人だと見られやすいと思う。

 それは女性で若くして会社経営者なので、舐められないようにしてる部分もあるから仕方ないのだけど、少なくとも今日のハルカさんへの態度は、身内ではなく他人としてのものだった。

 なのに、ハルカさんにはソレが通じなくてグイグイ喰い気味で来るから、リカコさんは気圧されてしまってるのかもしれない。



 俺はそういうタイプのが分かりやすいし、遠慮しないで付き合えるから、気楽なんだけどね。


 リカコさんとはラブラブな夫婦でも、やっぱりドコか気を遣ってしまうし、俺が一歩引いてリカコさんを立てる場面も多い。

 でもハルカさん相手だと、仕事のことで上司なのにダメ出ししたり、ついつい小言を言い過ぎになってしまうこともある。



 今回、それでハルカさんがスネて、そのことでその日の内に反省して、こうして態々謝りに来てくれてこんなことになってるんだけど、俺やリカコさんでは自分が悪くて反省することはあっても、その日の内にこうやって押しかけて謝罪するようなことは多分出来ないので、そういうところがハルカさんの人柄というか、ちょっと凄いところだと思う。



 で、ハルカさんはウチで夕飯を食べながら、なんだかんだと俺やリカコさんと楽しそうにお喋りして、元気になって帰って行った。


 食事しながら思ったのだけど、子供も居ないし離婚してからあの家でずっと一人身で、夜なんていつも一人で食事してただろうから、寂しかったのかもしれない。

 なので、思わず帰り際に「よかったら、またウチに食べに来てください」と言うと、ハルカさんは「やっぱりフータローくんは優しいね。こんな素敵な旦那様が居て、町田さん(リカコさん)が羨ましいです」と言って帰って行った。





 ハルカさんが帰った後のリカコさんの第一声は「疲れたわ・・・」だった。



 以前リカコさんから聞いた話では、リカコさんとハルカさんの出会いは、リカコさんの会社で懇意にしてる取引先の担当者から、「起業を考えてる友達が居て、その人の相談にのってあげて欲しい」と頼まれて、その取引先担当者の顔を立てる為に会ったのが最初だそうで、色々不安を抱えていたハルカさんの話を聞いて、リカコさんは自分が起業してからの苦労話を聞かせたそうだ。

 リカコさんとしては、それで義理を果たせたくらいのつもりだったらしいのだけど、ハルカさんとしては、リカコさんのお陰で前向きに考える様になって起業する決意も固まったので、リカコさんに対して恩義を感じる様に感謝していたらしい。


 そういう話を聞いていたので、友達と言うよりも、仕事上のお付き合いの関係なんだろうと認識していた。



「グイグイ来るのも、馬鹿みたいに大きな胸も、相変わらず暑苦しかったわね」


「まぁまぁそんな風に言わないで。俺の上司で雇い主なんだから」


「分かってるわよ。だから私も愛想よくしてたじゃない」


 いや、それほど愛想よくは見えなかったぞ。

 ハルカさんは気にして無さそうだったし、寧ろリカコさん相手でもガンガン話しかけてたから大丈夫だとは思うけど。

 しかし、女同士と言うのは中々厄介なものだな。クールなリカコさんには、やっぱりあのテンションは苦手なんだろうな。


 それにしても、『暑苦しい』という表現には可哀そうだが、俺もちょっぴり同感してしまった。

 そこがハルカさんの良いところでもあるんだけど。



「でも、あの様子だと離婚してからずっと独り身の様だし、フータが仕事手伝ってくれるようになって、はしゃいじゃう気持ちも分かるのよね」


「仕事してるときはあそこ迄テンション高くはないんですけどね。でも俺が居るとはしゃいじゃうものなんです?」


「だって、年下の男の子に「ハルカさん、ハルカさん」って慕われたら女としては嬉しいじゃない?しかも独身なんだもん。私だって昔からフータに慕われてたのは嬉しかったわよ?」


 リカコさんに対しては、学生時代から結婚するまで、俺が慕ってたと言うよりも、毎回リカコさんに『お酒に付き合って』と呼びつけられて、愚痴などに付き合わされてたという認識なんだが。


「そもそも俺、既婚者なんですけど、そんなもんなんすかね?」


「そうよ? ずっと一人で淋しい思いしてる女なんて、そんなもんよ」


「ふーん・・・」


 リカコさんも逆プロポーズしちゃうくらい、淋しかったんだよな。








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