#27 アルバイトによる業務改革




 料理教室のアシスタントのアルバイトを始めてから3カ月が経過した。


 1年近く生徒として通ってたので最初から勝手は分かってたし、この3カ月の間の俺の仕事はほぼ雑用ばかりなので、今では仕事にはすっかり慣れた。

 そして慣れてくると、仕事や会社に対しての欲が生まれて来た。

 俺はただのアルバイトだけど、やっぱり関わる以上は、生徒数をもっと増やしたいとか、会社としてもっと売上を上げたいとか考えてしまう。



 そして、前職では上手くいかなかった人間関係だが、ハルカさんとは生徒と先生の関係から雇用主とアルバイトに変わったけど、元々お互いフレンドリーだったし、以前から仕事以外の話も良くしててお互いの事情も理解してる為か、今のところは不安や問題は感じていない。

 寧ろ、仕事上ではハルカさんの苦手な部分が逆に俺の得意な分野だったりして、そこを上手くサポート出来る様になりたいと考えている。

 アシスタントとしての俺の目標と言えばいいかな。



 ハルカさんの性格的な特徴は、大らかで閃きや感覚でよく物を言う。

 料理に関しては天才肌で、これまでの料理の研究ノートを見ると、本人しか理解出来ない様な走り書きばかりだし、生徒に教える時は抽象的な言葉を良く使うから、会話だけでは判り難いことがある。

 それに関しては本人もその自覚があるからなのか、教室で教える時には必ず手描きのレシピを用意して、自分なりに分かり易いように教材の工夫をしてるようだ。

 また、お金の勘定や在庫管理なども苦手でかなり大雑把。本人は「数学苦手だったから」と言い訳してたけど、経営者としては不味いと思うレベル。

 そして、片付けるのも苦手で機械とかネットも苦手なタイプ。


 食材庫は言わずもがな、ミキサーの調子が悪かった時に「あれ?あれ?」とか言いながらポカポカ叩いていたのは印象的だ。

 他にも、何度か2階の生活スペースにお邪魔したことあるけど、洗濯物が部屋中に干したままだし、お化粧品とかもテーブルに出しっぱなしで、忙しい身だから仕方ないのもあるだろうけど、独身女性の物臭さな生活感が滲み出ていた。


 因みに1階の料理教室(リビングとダイニングキッチン)は、毎日教室が終わると生徒さんで手分けして食器や調理器具を洗い、掃除もすることになっているので、清潔感は保てた状態ではある。



 そして、ハルカさんと違い俺は、キッチリとしないと気が済まなくて、理詰めで物を言う。

 金勘定や在庫管理とか得意な方だし、整理整頓してないと気になって仕方ないレベルの几帳面だと思う。


 自宅では、リカコさんに一度だって「散らかってる」とか「片付けろ」と言わせたことは無い。

 料理に関しては、レシピ通りに計量して時間も測って作るタイプだ。

 まぁ、神経質だとか理屈っぽいって良く言われる。


 なので、ハルカさんの苦手な部分を俺が補うことで、この料理教室の経営はもっとスリム化して今よりも収益を出せる様に出来るんじゃないかと考えている。出納帳付けて無駄な出費とか整理するだけでもかなり違うんじゃないかな。


 でも、アルバイトの俺が良かれと思って勝手に突っ走ってやるのは不味いと分かってるので(前職はそれで失敗してるし)、既にハルカさんには俺の考えも聞いて貰ってて、ハルカさんも前向きに考え始めている様だ。


 ただ、「アルバイト分のお給料しか出せないのに、そこまでして貰うのは悪いよ」と気を遣ってくれてる様なので、「仕事の効率を良くするためにも、せめて食材や備品の棚卸しと在庫管理のやり方の変更だけはやらせて欲しい」とお願いして、そこは了解して貰うことが出来た。




 ということで、早速、事務所兼食材庫の片付けに着手した。


 通常の勤務時間内では無理なので、しばらくは平日1時間程度の残業と、週末は土曜日だけ休日出勤(リカコさんには許可貰ってる)して、夏場で汗垂れ流しながら片付けることにした。

 時間外労働に関して最初は、「俺が好きでやることだから残業代は要らない」と言ったけど、「お給料のことはキッチリしないと、この先もサビ残が当たり前になっちゃうからダメ」と言われ、そこは素直に従うことにした。


 棚卸しを全部一度にやるには物が多すぎるので、冷蔵庫・冷凍庫・その他の3つに分けて順番に棚卸しと収納の仕方の変更を進めた。


 最初はスマホで在庫管理用のアプリ入れて棚卸しをしようと考えたのだけど、ハルカさんがタブレットを持ってたので、それにアプリを入れて棚卸しを始めた。

 これなら今後も仕入や持ち出しの度に、その場その場で入力するのが簡単だし、入力忘れも無くせるだろう。

 物の出入りが毎日あるので、一度入力を忘れてしまうと後の確認修正作業が大変なので、入力忘れを防ぐことを考えると、パソコンよりも絶対にタブレットのが良いだろう。

 因みにこのアプリは、スマホやパソコンとも情報共有できるので、買い出しに出掛けた先で在庫量の確認しながら仕入量を決めることにも利用出来、買い過ぎや重複による過剰在庫も防げるようになる。



 これらを説明した上で二人で倉庫の片付けを進めた。

 最初は俺一人でやってたけど、ハルカさんも「折角タブレットで在庫管理できるなら自分もちゃんと覚えたい」と言って、二人で時間外労働を続け、2週間程で概ね食材・調理器具・食器の棚卸しが終わり、ハルカさんは買い出しに出掛ける際には必ずタブレットを持ち歩く様になったし、俺も教室が始まる前の食材の準備にかかる時間が半減した。



 食材庫の片付けとアプリを使った在庫管理へ切替が完了すると、大幅に効率化出来たことでハルカさんは俺の手腕を信用してくれた様で、「前に言ってた会計業務の改善もお願いしたい」と次の業務改善について要望してくれたので、これに関しては勤務時間内にパソコンを使って進めることにした。


 財務に関しては、在庫管理と会計が連動したアプリもあったけど、敢えて別々にした。

 ぶっちゃけ、金勘定に関しては、シンプルで分かり易い物じゃないとハルカさんが「難しいから面倒」と思ってしまいそうなので、素人向けの分かり易いソフトを選んで、タブレットとは分ける様にパソコンでの業務にした。


 で、会計業務の本題はココからで、お金の流れを明確にして、無駄遣いや使い過ぎな部分を洗い出して、出費の引き締めが一番の目的になる。

 コレは、ハルカさんが一人で経営してる時の一番の弱点だったとも言えて、これを着手するだけでもかなり出費が抑えられると考えていた。


 実際に、ハルカさんにパソコンを見せながら無駄や削れる部分を1つ1つ説明していくと、最初は「それは本当に必要なの」とか「予備があった方が安心だから」と言い訳するので、その言い訳も1つ1つ丁寧に潰していくと、最終的には「フータローくん、優しくない。私のが年上のお姉さんなのに意地悪」とスネた。



「年上とか言う前に経営者でしょ?会社の収益増やすこと考えませんと」


「正論なんて聞きたくない」



 ぶっちゃけ、『メンドクセー!!!』とバッサリ言ってやりたかったけど、あくまで俺はしがないアルバイトなので、渋々でも宥めるしか無かった。


 夫婦であるリカコさんがスネた時に宥めるのは得意になったが、ハルカさんは他人だし、上司であり雇用主だ。

 リカコさん宥める時みたいに『ハルカさん程イイ女なんて他にいないですよ』とかやったら完全にセクハラだしな。



「収益が増えれば旅行に行けますよ」とか「お給料増えれば美味しい物食べれますよ」とか思いつくことを色々並べてみたけど、「バツイチ女が一人で旅行しても寂しいだけ」とか「最近太ったの気にしてるのにもっと太れって言うの?」とかグチグチ屁理屈こねるので、この日は諦めて定時で上がった。




 だが、帰宅してから夕食の準備して、残りの家事も片付けて、リカコさんが帰宅したので一緒に食事を始めようとしたタイミングでインターホンがピンコーンと鳴って、ハルカさんがアポ無しで訪ねて来た。



 明日出勤するまで待てないほど俺に文句言いたいのか!?

 それともクビを言い渡しに来たのか!?

 と焦りつつも部屋に上がって貰い、食事がまだだと言うので、ハルカさんの分も急遽用意して、3人で食卓に座り、食事しながらリカコさんも一緒に話を聞くことにした。


 食事を始めると、ハルカさんは開口一番「ごめんなさい。フータローくんに甘えてました。会社の為を思ってしてくれてるのに、スネて大人気無かったです。明日からも会社のことをお願いします」と反省の弁を言い、頭を下げてきた。


「いえいえいえ!頭上げて下さい!俺の方こそ調子にのって出しゃばり過ぎました。これからはアルバイトの分をわきまえて仕事します」


 俺も頭を下げ謝罪すると、リカコさんには状況が呑み込めていなかったのか、それとも業務改革の事よりも別の事が気になったのか、「乾さん、ウチの旦那のこと、フータローくんって呼んでるんですか?」と、親譲りの空気を読まなさを発揮していた。






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