#25 暇が出来た主夫の働き口



 結婚生活も2年目に突入した。


 2年目だからといって特に意気込みや目標がある訳では無いけど、敢えて何か掲げるのなら『この生活の継続』

 十分贅沢させて貰ってると思うし、今の生活にもリカコさんに対しても全く不満が無いので、今後もこの生活を末永く続けたいとは思ってる。


 でも、そう思うようになった自分に対して、会社勤めしてた頃に比べて随分と地味で大人しくなって、良くも悪くも考え方が保守的になったと思う。


 独身時代はもっと活動的で、何かにつけて友達や同期の仲間と飲み歩いたりしてたのに、結婚してそれを止めても寂しいとは思って無いし、週末などもリリィやリカコさんに留守番させてまで一人で遊びに出掛けたいとも思わなくなった。


 それに、今の俺の趣味や楽しみと言えば料理と犬の世話とセックスくらいなもので、通勤や遊びに出かけることが無くなって外に出る機会が激減したせいか、お洒落にすら興味が無くなってて、料理教室やスーパーに行く時でも、散歩ついでのジョギングウェアとかジャージとかで行っちゃうくらいだし、俺自身にお金を使う必要性を全く感じなくなっていた。

 自分のことでお金使うくらいなら、リリィをトリマーに連れて行っておめかししたり、リカコさんの新しいセクシーランジェリーやナイトウェアを買い揃えて夜の楽しい性生活を過ごす方のが俺は嬉しいくらいだ。


 と、贅沢する気の無い俺としては、今の生活レベルで十分満足してるし、自分のことよりもリカコさんやリリィが毎日健康に過ごすことこそが、俺にとっての重要なことだと思っている。



 とは言え、主夫業も2年目で慣れてくると時間を持て余してしまうことも多くなり、時間を有意義に使おうと『そろそろ働きに出てみるか』とも考えたけど、リリィのことを思うと『ドコかに預けてまでして働くのもどうなのか』と思い、なら在宅で出来る仕事というのもあるけど、それが出来るほどの特技や特別なスキルや専門的な知識は無いので、結局、積極的に働き口を探すこともせずに、1年目と変わらない主夫のままの日々を過ごしていた。


 そんな日々の中で、リカコさんにも俺が暇してるように見えるのか、「何か新しく趣味でも始めたら?」と言われたこともあるけど、新しい趣味と言われて思いついたことといえば、スポーツと食べ歩きくらいだ。それも一人でするのでは無く『リカコさんも一緒なら』って思う程度。

 けど実際のところ、リカコさんは相変わらず多忙なので俺と一緒に趣味を楽しむ余裕は無さそうだし、俺も一人で楽しむ気もないので、今のところは空いた時間は、読書かネット見てるくらいしかしていなかった。




 そんな俺に、とある方からお声が掛かった。

 俺が通う料理教室の、ハルカ先生だ。



 ある日の教室で、調理が終わり試食タイムにお喋りしてる中で、「主夫って最初は慣れなくて毎日仕事を片付けるのに必死で休む間も無いくらいだったのに、慣れてくると時間が余って余ってヒマなんですよね。忙しくて仕事が全然片付かなかった頃は『ゆっくりしたい~』って思うのに、いざヒマになると、何もすることなくて退屈なんですよね」と話したら、他の先輩主婦の方たちは「そうなのよね~」と同意してくれたけど、ハルカ先生だけ何故か身を乗り出して「だったらウチでアルバイトしませんか!?」と言い出した。


 リリィのことがあるので断ろうとしたら、俺が言うよりも先に「リリィちゃんも一緒でOKなので、どうです?」と。

 なんでも、料理教室の経営兼講師というのは、ただ料理を教えるだけが仕事では無くて、毎週のメニューの計画を立てたり、料理のレシピを作成したり、事前に調理しながらポイントなどを纏めたり、材料の手配だって自分でするし、新規の会員の募集や希望者の対応もしないとだし、ハルカ先生はソレを一人で全部してるので、毎日が相当忙しいらしい。というか、会員数をもっと増やしたくても手一杯でこれ以上増やせないという状況なんだそうだ。


 それでアシスタントしてくれるようなスタッフが欲しいと考えてたらしく、俺がヒマしてる話を聞いて、俺の様な主夫だったら料理教室に通う程度は料理に理解と興味があるし力仕事も頼めるし犬好き同士で気心も知れてるし、と適任だと思ったようだ。



 話を聞いて、冷静に考えてみた。

 仕事の時間でもリリィを職場に連れてきて良いのなら、リリィは我が家と同じくらいにココに慣れてるし、ハルカ先生やマリンちゃんや他の生徒さんたちにも懐いているので、働きに出る場合に一番心配だったリリィの問題は無くなり安心できる。

 料理教室の業務に関しては、生徒としてじゃなくてアシスタントとして携われば、今までよりも更に料理の勉強になって、しかも月謝払わずに給料貰って勉強できるとなれば、むしろ好都合。

 給料に関しても、特にお金には困ってないので、お小遣い程度貰えれば十分だ。



 そこまで考えてみると、料理教室のアルバイトは、時間を持て余し始めた俺にとっては持ってこいかも知れない。

 それに、ハルカ先生にはこれまで色々とお世話になっているので、出来ることなら力になりたいという気持ちもある。

 後は、リカコさんが何て言うかだ。



 前向きに考えたいと伝えると、ハルカ先生は「是非!お願いします!」と相変わらず前のめりで、他の生徒さんたちからも「フータローくんならお料理の先生、ぴったり!」とか「もこみちみたいで楽しそうね!」など言われて、先生じゃなくてタダのアシスタントなのに早速評判良さげだった。



 その日の夜、夕食を食べながらリカコさんに相談すると、「夜遅くならないのなら、特に反対しないわよ」と言われた。

 プロポーズされた時も『結婚したあとこの先落ち着いたらまた就職しても良い』と言われたし、働くことは最初から反対はしてなかった。


 勤務時間に関しては、平日の10時から16時で基本的に残業はなしと言われてるので、リカコさんのお世話に直接支障を来すことは無いけど、家事の時間は減るのでその辺りは頑張らないとだが、ヒマしてたくらいだし大丈夫だろう。



 翌日、料理教室の日じゃなかったので電話でアシスタントとして雇って欲しいことを伝えると、『早速明日から来て欲しい』と言われ、正式に俺の仕事が決まった。


 会社を辞めてから1年半ほど経ってて、不安が無いわけでは無いけど、上司となるハルカ先生の人となりはそれなりに知ってるし、少なくとも上司や同僚との人間関係という面では心配することは無く、いざ正式に働くことが決まると、不安よりもやる気の方が大きかった。





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