#23 初めての愛の言葉
年の瀬が寄せてリカコさんも冬休みとなり、俺たち家族は自宅でのんびり過ごして居た。
リカコさんは、日中はリリィと一緒に散歩に出たり、家では仕事の為の勉強などをしている。
俺は普段と同じように家事をこなし、リカコさんやリリィの世話をしつつ、ネットやお料理本などを参考にお節料理の勉強したり実際に調理してはリカコさんと試食などして、夫婦で迎える始めてのお正月を前に、ちょっぴり気合を入れて準備を始めている。
リリィは、いつもと変わらず俺やリカコさんに構って欲しそうに後を付いて周り、纏わりついたり甘えたりしている。
大晦日でいつもと違う一日だからか、この1年間のことを思い返していた。
生活が激変した1年だった。
1年前は仕事も恋愛も順調で、会社での出世競争に邁進していた。
それが、3月には彼女にフラれ、6月には会社を辞めてリカコさんと結婚した。
それからは、慣れない主夫の仕事に悩みながらも自分なりに色々考え、最近では主夫の仕事に自信も付いて来た。
そしてもう1つの大きな変化。
セックスパートナーとしての役目が出来た。
普通の夫婦なら、『夫婦だからセックスをする』『愛してるからセックスをする』もしくは『子供が欲しいからセックスをする』
でもリカコさんは、『セックスする相手が欲しいから結婚したい』と、その結婚相手として俺を選んだ。
最初から普通じゃない俺達夫婦のセックスは、主にリカコさんの性欲を発散することが目的のものだった。
俺はそれを納得した上で結婚することを選んだので、そのことには不満は無かった。 寧ろ、リカコさんとのセックスが結婚を決意した決め手だったし。
そんな愛よりも性欲の為のセックスだったが、最近は以前との違いを感じる。
結婚のお披露目パーティーをした頃からだろうか、リカコさんが俺に甘える様にセックスを求めることが増え始めた。
特に、沼津の義両親が遊びに来た頃からそれが顕著になっている。
クリスマスイヴの時なんて、完全にメロメロの甘々モードで、まるで愛し合う恋人同士や夫婦の様なセックスだった。
新婚なんだから当たり前でしょ?何言ってるの?と思うだろうが、俺たちは打算と性欲で結婚した特殊な夫婦関係のはずだ。
リカコさんのことは、以前から先輩や友達としては好きだったし、会社経営者として尊敬もしてるし、結婚してからもセックスパートナーとして十分に満足してるし、家族としての愛情もあるし、この先子供も作って夫婦としてずっと仲良くしたいと思ってる。
けど、恋人としてとか妻としての恋心があるかと言うと、自信を持って断言するのは、躊躇してしまう。
リカコさんもそうだろうと思ってた。
寧ろ、俺以上に打算的でドライな関係を望んでの結婚だと思っていた。
しかし、そのリカコさんが最近は俺に対して、恋人の様に甘えたりする。 入籍前は勿論そんなことされたこと無いし、結婚当初も無かった。
でも、クリスマスイヴの夜なんて、完全に愛し合う夫婦のセックスだった。
夫婦で過ごす時間が増えたことで、愛情が芽生えたとか信頼が厚くなったとか色々理由は思いつくし、それは良いことなんだろうと思う。
でも、リカコさんからはどんなに甘えられても、結婚してから今まで『好き』だとか『愛してる』とは言われたことは無い。
そして俺も、リカコさんにそういう言葉を伝えたことは無い。
『好き』だとか『愛してる』という言葉は、俺たち夫婦の間には不要だと思ってた。甘い言葉を並べるよりも、行動と実績で示すべきだと。
リカコさんは、プロポーズした時に言ってた通り、自分が外で働き、不自由なく暮らせる様に俺を養うこと。
俺は、リカコさんが外で元気に働けるように生活面と性欲面でしっかりサポートすること。
お互い、行動と実績でこれを示すことが俺たち夫婦にとっては最も重要なことで、それを維持することが夫婦としてこの先も長く続けて行くのに必要なことだと考えていた。
夕方、そんなリカコさんの変化への若干の戸惑いと、夫婦としての意義を脳内で再確認しながら年越し蕎麦の準備をしていた。
食卓にリカコさんと向かい合って座り、テレビでバラエティ番組を見ながら蕎麦を食べて、リカコさんがお風呂に入っている間に食事の片付けを済ませて、入れ替わる様に俺もお風呂に入り、出た時にはリカコさんは寝室に行った後だったので、一人で翌朝元旦の朝食に食べるお雑煮の準備を終えてから、俺も寝室に向かった。
既に寝てるかもと思い、音を立てない様に静かに寝室の扉を開けると、暗い中ベッド脇のサイドランプだけ点いてて、暖房も効いてて部屋の中は温かかった。
パジャマ姿のリカコさんは、ベッドでマクラをクッション代わりにヘッドボードに背をもたれる様にしてスマホをいじってて、リリィは自分のベッドの中で寝息を立てていた。
「まだ起きてたんですか?」
「ええ、大晦日だからね、一緒に年越ししようと思って」
時計を見ると、23:30を過ぎたところだった。
「じゃあ、0時までは起きてますかね」
「うん。一緒にお布団入って待ってよ」
エアコンのリモコンで暖房を切ってからパジャマの上に着ていたパーカーを脱いで、リカコさんの左隣に体を滑り込ませ、同じ様にヘッドボードにもたれると、リカコさんはスマホを置いて、俺に体を寄せてきた。
掛け布団を胸の辺りまで引いくと、布団の中はリカコさんの温もりで温かかった。
大晦日で家に居ても忙しくしてた為か、それとも色々と考え事をしてたせいなのか、布団の中で温まっていると一日の疲れを感じ、無意識に「ふぅ」と溜息が出てきた。
俺の溜息に気を使ってくれたのか、リカコさんは俺の右手を掴み、掌を遊ぶ様にモミモミし始めた。
「手、凄く冷たいわね。遅くまで水仕事してたの?」
「ええ、明日のお雑煮の準備してたんで」
「いつも、遅くまでご苦労さま」
リカコさんはそう言うと、掌に指を1本づつ絡ませるようにして恋人繋ぎで繋ぎ、頭を俺の肩に乗せる様にしな垂れてきた。
「主夫だし、これが普通ですよ。リカコさんこそいつも忙しく働いてるのに、連休中も仕事の勉強ご苦労さまです」
「私は好きでしてることだから」ふふふ
『一緒に年越し』と言われた時、今夜もセックスするものだと思ったのだけど、今夜のリカコさんは欲情してるわけでは無さそうで、いつもよりも柔らかい口調と表情で、ただこうして静かに過ごしたいのだろうと思えた。
このまま静かに年越しするのも良いかなと思い、黙ったままリカコさんの掌をニギニギと握り返していると、リカコさんがゆっくりとした口調で話し始めた。
「結婚したくて、慌てて入籍してココで同居を始めたけど、まさかこんなに幸せを味わえるとは思ってなかったな」
「リカコさんは今、幸せなんですか?」
「勿論よ。フータは幸せじゃないの?」
「そうですね。 間違いなく、幸せですね」
「うふふ、よかった」
「ふふ」
体を寄せ合ったまま穏やかな気持ちで居ると、リカコさんが頭を上げて、至近距離から俺を見つめて来た。
暗い部屋の中でもサイドランプの明かりがリカコさんの表情を照らしている。
改めて思うけど、やっぱりリカコさんって美人だ。
今はスッピンだけど、顔の1つ1つのパーツがキリっとしてて、全てのバランスが整ってる。
こうして間近で見る度に、美形なのを再確認してる気がするな。
「フータ」
「どうしました?」
「愛してる。 結婚してくれて、ありがとうね。大好きよ」
「!?」
リカコさんに、初めて言われたことに驚いて、言葉が返せなかった。
結婚してから数えきれない程キスやセックスをしてきたけど、『好き』だとか『愛してる』と言って貰ったのは初めてだ。
「都合が良いからとか打算的な考えでフータと結婚したけど、今は違うの。フータのことがたまらなく好きなの。一緒に居る時間が幸せで、こんな気持ちになったの、フータが初めてなの」
「そうなんですか・・・」
「うん。 夫婦になれば家族としての愛情は芽生えるだろうと思って結婚したけど、まさかこんなにまでフータのこと好きになるとは思って無かったかな」
リカコさんに『大好き』だと言われて、自分が動揺するのを感じつつ、でもやっぱり、嬉しかった。
長い付き合いで、ずっと恋愛感情なんて無いまま結婚して、それでも割り切った結婚生活を後悔しないように出来る限りのことをしてきたけど、その結果、リカコさんが俺を『愛してる』と言ってくれたのは、嬉しいに決まってる。
「これからも、よろしくね? いつまでもこうして私の傍に居てね?」
「はい。俺からもよろしくお願いしますね」
見つめ合ったまま言葉を交わし、軽くキスをした。
時計は既に0時を過ぎており、この日はセックスせずに手を繋いだまま眠りについた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます