#21 感謝の気持ちを込めて


 結婚して初めてのクリスマスイヴは、リカコさんは普通に仕事がある為、夜に夫婦水入らずで過ごす約束をしてて、俺はお昼過ぎからご馳走を作る準備を始めていた。


 クリスマスディナーのメニューは、自家製のローストビーフをメインに、野菜たっぷりのクリームシチューと自家製ピザにシーザーサラダ。ローストビーフは料理教室で習ったメニューだ。

 自家製ローストビーフなんて、独身時代じゃ絶対に作れなかったし、料理教室に通わなければ作ろうとは考えもしなかっただろう。


 やはり、料理教室に通い始めた影響は大きく、料理のスキルが上がって今まで作ったことの無い料理にもチャレンジしてみようと思う様になっていた。

 そしてそれは、何を置いても『リカコさんに喜んで貰いたい』という思いがあるからだ。


 新婚生活も半年が過ぎて、なんだかんだ言っても楽しくて不満の無いこの生活は、俺を結婚相手に選んでくれたリカコさんが、俺が働きに出なくても十分に暮らしていけるほど働いて稼いでくれてるお陰で、リカコさんには本当に感謝している。

 だから、こういうクリスマスなどのイベントは、その感謝の気持ちを伝えるのには良い機会なので、俺もこうして張り切ってしまう。



 ということで今日は、作った料理をただ食べて貰うだけじゃなくて、クリスマスらしい演出も用意している。


 普段は何も敷いていない食卓にはモスグリーンのテーブルクロスを敷いて、部屋の照明を出来るだけ絞ってツリーやトナカイをかたどった蝋燭をグラスに浮かべて並べて、シャンパンもシャンパンクーラーに氷入れて冷やしてる状態でセッティングして、BGMは70年代ジャズのベストコレクションをチョイスした。


 そして服装だが、俺は普段は上下セットのスウェットとかラフな格好ばかりだけど、今日は黒いスリムなズボンと白いシャツにエプロンで、シャツの袖を腕捲りして髪型もキッチリ横分けにセットしている。イメージ的には、どこぞの小洒落たイタリアンレストランとかに居そうな格好ばかり気にしてるシェフだ。例えるなら、もこみちみたいな感じ?要は、格好付けてみた。

 あと、リリィにもトナカイとかの被り物をさせたかったけど嫌がりそうなので、グリーンと赤のリボンで首輪を飾り付けて、クリスマスらしいおめかしをした。



 今日のディナーは、かなり気合いが入っている。

 こう見えても俺は、元居た会社ではエリートコースの営業一課で期待されてたほどの出来る男だからな。 接待ディナーと思えば、容易いぜ。


 因みに、これまで付き合ってきた彼女ともクリスマスデートをしていたが、小洒落たレストランとかホテル予約してデートしてたので、自宅でこんな風にディナーの準備をしたことは無かった。

 主夫だからこそと言えるけど、こうやってお金よりも手間暇かけて準備するのは思いの外、楽しい。




 前々から「クリスマスらしいディナーを用意しますね」と伝えてあったからなのか、リカコさんはいつもよりも早い時間に帰宅した。


 仕事用の鞄を預かりコートを脱がせると、ダイニングに用意されているクリスマス仕様のディナーを見て、「凄いじゃない!流石フータね!完璧よ!」と目を輝かせて喜んでくれた。


「お腹空いてるでしょうから、早速食事にしましょうか。 着替えて来てくださいね」


 ファーストインパクトが上手くいった俺は、ちょっぴり得意げな口調で、着替えてくるように促した。


「うん!直ぐ着替えて来るわね!」


 リカコさんはそう言って、シュタタタタタと急いで寝室に着替えに行った。 急ぎ方がまるで子供みたいで、ちょっと笑える。


 10分程すると、リカコさんがキャバ嬢が着てそうな鮮やかなブルーのロングドレスで、寝室から出て来た。

 胸元は豊満な谷間が視線を釘付けにするほど自己主張してるし、スカートのスリットからは黒の網タイツに包まれた長くて綺麗な美脚が見る人の欲情を誘ってるわで、セクシーさに全振りしてる装いだった。

 更に、仕事の時には使わない様な真っ赤なグロスで唇は艶々のテカテカで、メイクも夜のセクシーバーションだ。


 それにしても、リカコさんにはこういうセクシーな装いが良く似合う。

 普段の仕事モードのスーツ姿にメイクでお堅い装いでも色気が滲み出る程の人だから、リミット解放してセクシー全振りにすると、なんというか、リカコ感ハンパ無いと言うか、一言で言うならば『ザ・リカコ』って感じ?



「どう?私も気合入れてみたわよ。ドレス着てるのは見せたこと無いわよね?」


「ええ、普段はもっとお堅いスーツですもんね。ドレスになるとエレガントで超セクシーっす。夜の蝶みたいで色気がハンパないですよ」


「因みに、下着は付けて無いから、いつでも始められるわよ。うふふ」


「いや、食事の前からそんな種明かしされても困るんですが」


「それもそうね。もう今から興奮してるのかも、私。 今夜はいっぱい楽しみましょ」


 リカコさんがそう言いながら左手を差し出してきたので、その手をとってテーブル席までエスコートして、イスを引いて座らせてからシャンパンの栓を抜いて、リカコさんと自分のグラスに注いで俺も座り、お互い見つめ合いながら、乾杯した。



 乾杯のあと、前もって切り分けておいたローストビーフをリカコさんの皿に取り分けていると、リカコさんは席を立って、ソファーに置いてあった仕事用の鞄からクリスマス仕様に梱包された包みを取り出して、席に戻って来た。


 しまった。

 リカコさんがプレゼント用意してくれてるなんて思って無かったから、俺は何も用意してないや。


「フータ、これ、クリスマスのプレゼントね」


「すみません。俺、プレゼント用意してなかったです」


「ナニ言ってるのよ。こんな素敵なディナーを用意してくれたじゃない。コレで十分よ」


「ホント、マジすみません」


「いいからいいから、ほら、開けてみてよ」


 ローストビーフを取り分ける作業を終えてからプレゼントを手に取って、ドキドキしながら包みを丁寧に開けてみると、思わず「はぁ!?」と声を上げてしまった。


 包みの中から出てきたのは、『TAG Heuer』と白い文字で印字された黒い箱だった。


「ウソでしょ!?マジっすか???」


「うふふ。フータがいつも頑張ってくれてるからね。感謝の気持ちよ」


 箱をパカっとあけると、チタン製なのか艶消しシルバーの男物の腕時計が入っていた。


「結婚する前にエンゲージリングとか用意しなかったでしょ?だからソレの代わりもあるの。流石にお給料の3か月分ってわけにはいかなかったけど、1カ月分くらいはしてるのよ? でもこんなのは今年だけだからね、来年からは期待はしないでね」


 俺が滅茶苦茶驚いことに満足したのか、リカコさんは嬉しそうな表情で説明してくれた。

 リカコさんのお給料1カ月分って、俺の会社勤め時代の2カ月分はあるぞ・・・。


「コレはマジでヤバイです、高すぎですよ。怖くて使えないですもん」


「そうね。ナニか特別な日とかに使うと良いわね」


「ええ、そうします。それまでは大事にしまっておきますね」


「うふふ。喜んでくれたみたいで良かったわ」


「ありがとうございます。滅茶苦茶嬉しいです」


 貧乏性の俺には、宝の持ち腐れになりそうな気もするが、このサプライズには本当に驚いたし、マジで嬉しかった。


 27歳女社長のウチの奥さん、超すげぇ。

 




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