#19 町田家のタブーと義両親



 リカコさんの実家へ婚約の挨拶に行ってから半年。


 あの頃も今もリカコさんは相変わらず多忙だが、結婚して俺と同居を開始してからは食生活の改善と規則正しい生活と性欲の発散とリリィによる癒しと散歩のお蔭か、リカコさんはこの半年で明らかに体調は安定し、病気になることもなく健康で、美貌は更に磨きがかかり、そして体形も変化している。


 そう、若干太ったのだ。

 とは言え、元々が長身なのに痩せ気味だったので、俺としては今がベストな体形だと思っている。

 しかし体重に関しては聞いても教えて貰えないし、間違っても「太りました?」などと聞けば怒られるか、もしくは体形を気にして「食事の量を減らす」と言い出しかねないので、リカコさんの前では体形や肥満に関しては禁句としている。


 例えば、リリィもウチに来てからすくすくと成長して、随分と丸く太った。

 しかし、リカコさんが居る前では、間違っても「リリィも太って丸々しててカワイイね」などと言えない。

 リカコさん自身も太ったと連想しかねないからだ。

 その結果、無理に痩せようと俺が用意した食事を残すようになったり、それこそ健康を損ねるような事態になったら、これまでの俺の苦労が全て水泡に帰す。


 だから、今の町田家では、『太った』『肥満』『体形』というワードや話題はタブーになっているわけだ。 主に俺だけに適用されているルールだが。


 因みに、洗濯物をしてて気づいたのだが、結婚当初よりブラのサイズが最近になってワンサイズアップしており、これも本人からの自己申告は無いし、俺もそのことには触れないようにしている。



 そんな、暗黙のタブーがある町田家に、沼津の義両親がやってきた。

 土曜日のお昼過ぎに、お義父さんの運転する車でお義母さんと二人でやって来た。義妹のハナコさんは用事があるそうで、今回は来ていない。


 事前に家じゅう隅々まで掃除し、家具も床も窓ガラスもピカピカに磨き上げ、今日の為に用意した来客用のお布団は日干しにしてふかふかで、初対面となるリリィもお風呂で綺麗にシャンプーして、食事でのおもてなしの準備も抜かりない。


 完璧に準備を整えて、玄関でリリィをダッコしたリカコさんと俺とで出迎えて、「遠いところようこそいらっしゃいました」と俺が挨拶すると、お義母さんの第一声が、「リカコ、アナタ、太ったかしら?」だった。


 一瞬にして凍り付く俺。

 顔を引きつらせて頬をピクピクさせるリカコさん。

 事態が呑み込めずに「ハッハッハッハッ」と興奮気味のリリィ。

 そして、「お?そういえば前より太ったな」と空気読まないお義父さん。


「そ、そそそんなこと無いわよ、ねぇ?フータ?私、太ってないわよね?」


「え、ええ、勿論。相変わらずパーフェクトセクシースタイルですよ」


「そうかしら?お肌も髪も随分と艶が良くなって、健康そうだと思ったんだけど、本当に太ってないの?」


「ま、まぁ、リカコさんの健康のお話は後にして、どうぞ上がって下さい。ずっと車だとお疲れでしょう」



 強引に『リカコさんは太った?』疑惑の話題を打ち切るようにして上がって貰い、俺はお二人の荷物を預かって、後に続く様にリビングに移動した。


 義両親にはソファーに座って貰い、荷物を和室に運び速やかにキッチンで温かいお茶を用意していると、リカコさんはダッコしていたリリィを降ろして不自然に離れた位置からご両親と会話を始めた。


 俺、一瞬でリカコさんの思考を読んでしまった。


 遠近法だな!?

 太ったことを誤魔化したくて、遠近法で誤魔化そうとしてるな!?

 しかし、リリィとの比較じゃその遠近法には無理があるぞ!?


 物凄くツッコミたい衝動に駆られるが、義両親の前だし、町田家のタブーに触れてしまいかねないので、リカコさんと目を合わせないようにお茶の用意を済ませて、義両親の前に2つ置いて、不自然な位置取りのままのリカコさんの前に1つ置いてから、俺は義両親の向かいに腰を降ろした。


 内心では様々な感情がグルグルと渦巻きながらも、貼り付けた笑顔で近況などの報告をしつつ、リカコさんの健康や体形に話題が移りそうになる度にリリィを義両親にけし掛けてなんとか話題を逸らし、ようやくお二人も落ち着いた様子になったので、リカコさんに「家の中、案内してあげてはどうです?」と振って、全員でゾロゾロと各部屋を周った。


 その際に、義両親に聞こえないように「リカコさん、全然太ってないから大丈夫ですよ。マジで完璧スタイルですから、お義母さんの言ってることは気にしちゃダメですよ」と耳打ちすると、「やっぱりそうよね?ママの思い過ごしよね?」とリカコさんはようやく安堵の表情を浮かべた。




 先日料理教室で、「今度、奥さんの実家から義両親が遊びに来るんですよ」と他の生徒さんたち(先輩主婦の方々)に話した時に、みなさん口を揃えて「うわ、そりゃ大変だね。義両親は空気読まないでアレコレ言ってくるし、旦那(ウチの場合はリカコさん)は頼りにならないしで、嫁(ウチの場合は俺)だけ神経すり減らして疲れるのよねぇ」と言っていたが、正しく今の俺の状況そのものじゃないか。

 先輩主婦の方々が言ってた事は真実だったな。


 俺のこと心配してくれたりして良い人なのは間違いないけど、お義父さんもお義母さんも空気読まないところあって、結構爆弾なんだよな。



 その後、夕食で松坂牛のすき焼き鍋を囲んで、お義父さんが手土産に持参してくれた芋焼酎をお湯割りで飲んでいると、今度は酔いが回ったお義父さんが赤ら顔で「結婚して毎日美味しいご飯食べてたら、幸せ太りするのは当たり前だな!これもフウタロウ君のお蔭だよ!」と機嫌良さげに言い放ち、俺は一気に酔いが醒めた。



 褒めてくれるのは有難いけど、そういう言い方は止めて欲しい。

 リカコさんに、俺のせいで太ったとバレるじゃないの。






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