#18 男の下らない性(さが)



 入籍したのが6月で、同居を始めたのが7月。

 そして今は12月に入ったばかりで、実はこれまでウチには誰も招いたことが無かった。


 俺は結婚してから、学生時代や会社勤め時代の友達とは完全に時間が合わなくなってたし、夜は必ずウチでリカコさんと一緒に食事するようにしてたので、外へ友達と飲みに出かけることも全く無くなっていたくらいで、友達連中とはたまにスマホで連絡するくらいで疎遠になっていた。


 リカコさんは元々自宅に友達を呼ぶことはほとんどなかったらしいし、俺と同じく結婚してからは夜はウチで食べるし、飲む時もウチで俺と二人で飲むので、仕事以外の付き合いは疎遠になってる様で、誰かをウチに招待することは無かった。


 それが、12月に入って直ぐにリカコさんの実家のお義父さんから、『今度の週末に二人の顔を見にソチラにお邪魔したいんだが』と直接俺に連絡が入った。

 リカコさんを通さずに直接だったので、最初はビックリしたけど、結婚前に挨拶に行った時にかなり俺の事を心配して貰ってたのもあって、『夫婦仲良くしてますよ。新婚らしく幸せに過ごせてますよ』と安心して貰うには良い機会だと思い、『是非来てください』と遊びに来てもらうことにした。


 で、その日リカコさんが帰宅してからそのことを伝えると、「私の方にもちょくちょく連絡あったけど、小言ばかりで五月蠅かったから『ほっといて頂戴』って断ってたのよ。私だと埒が明かないと思ってフータに連絡してきたのね」とブーブー文句を垂れていた。


「いやいやいや、リカコさんがそんな態度だから余計に心配になってるんじゃないですか?」


「もう子供じゃないんだから、ほっといて欲しいわね。特にパパは心配性だから困るのよ」


「そりゃお義父さんにしてみれば、娘を持つ親としてはいつまで経っても心配ですって。特にリカコさんみたいに若いのに会社経営してて毎日忙しい娘なら心配なのは当然ですよ」


「ナニよ。やけにパパの肩持つじゃないの。フータはパパの味方するんだ?」


「そりゃリカコさんの家族ですもん。この先ずっと夫婦続けていくんだから、義両親とだって上手く付き合っていきたいって思えばこそ、時にはお義父さんの肩だって持ちますよ。リカコさんだって、俺とご両親が仲悪くなるのは嫌でしょ?それに俺の実家とだって仲悪くするつもりは無いでしょ?」


「まぁ、そうね。確かにフータの言うことも一理あるわね」


「でしょ? 小言が五月蠅いのだって「親っていうのは小言言う生き物なんだ」と思って、ハイハイ言って軽く聞き流せばいいんですよ」


「分かったわ。でも、当日は私もお休みだから良いけど、準備までは手が回らないから任せちゃっていい?」


「了解っす。和室を使って貰うつもりですけど、来客用のお布団無いし、あと食器とかも足りないんで、俺の方で買い足しておきますね」


「だったら、今週は大阪に出張でウチから直接向かう日があるから、その日車置いていくから車で買い物に行くといいわよ」


「じゃあその日に車借りて色々買い揃えますね。あと食事もウチで食べて貰う様に準備しますね」


「うん、それで良いわ。きっとパパもママもフータの料理食べたら、もう文句言わないわね」


「ん?なんで文句言わなくなるんです?」


「だって、フータの作ってくれるお料理、ちゃんと栄養バランス考えてくれてるし凄く美味しいもん。私が料理するよりもフータが主夫してるほうが良いわねって納得するんじゃないかな?」


 今まで、俺の料理のことでこんな風に褒めて貰ったことが無かったので、不意打ちで驚きつつも、かなり嬉しかった。


「まさかリカコさんに料理の事で褒めて貰えるとは・・・」


「ナニよもう、そんなに驚かなくてもいいじゃない。フータが私の健康に気を使って食生活のことも考えてくれてるお蔭で、最近はお通じも良いし、『結婚してお肌が綺麗になりましたね』とか『前よりも顔色良くなりましたよ』って言われる様になったのよ?」


 確かに、結婚する前のリカコさんの食生活があまりにも不健康だったので、結婚当初からずっとリカコさんの健康を第一に考えて食事のメニューを考えてきたし、料理教室に通うのだってそういう理由もあった。


「フータにはホントに感謝してるんだから。いつもありがとうね」


 リカコさんはそう言うと、そっと優しく俺を抱きしめて、キスしてくれた。


 話の流れ的にもまさかこんな風に夫婦として感謝されるとは思って無かったので、『慣れない主夫の仕事に悩んだり四苦八苦することも多かったけど、会社辞めて頑張って来た甲斐があった』と目頭が熱くなった。



 この日の夜は俺の方がハッスルしてしまい、12月に入り冷え込む夜なのに、ベッドではお互い汗だくになって熱い夜を過ごした。




 ◇




 義両親に来てもらうのに掃除や買い物など張り切って準備をしていたが、食事に関してはメニューのことで悩んでて、料理教室の乾先生に相談することにした。


 事前に電話で事情を説明したら、『それは頑張らないとだね!一緒に考えましょうか』と言って貰えて、料理教室の時間とは別に一緒にメニューを考えてくれることになった。


 それで、料理教室が終わった後に俺だけ残って相談に乗って貰い、「沼津の方なら魚料理はどうしても向こうのが美味しいから避けて、折角コチラに来てもらうんだから、鶏肉(名古屋コーチン)や牛肉(松阪牛)のお料理をメインにしたら良いんじゃないかな」と考えてくれて、いくつか候補のリストを作って、更には今から車を出してくれると言うので、甘えることにして二人でスーパーへ行き、買い物にも付き合って貰うことになった。

 因みにリリィとマリンちゃんは留守番だ。


 スーパーでは乾先生に作って貰ったリストを片手に、二人で実際に食材を見てアレコレ相談しつつ店内を周ってたんだけど、「そういえば、リカコさんとはこんな風に夫婦でスーパーに買い物に来たこと無いな」と思い出し、乾先生と二人での買い物にちょっぴり意識してドキドキしてしまった。


 結局メニューは、夜は松阪牛のすき焼きにして、朝食はシンプルにご飯と赤だしのお味噌汁とお漬物や卵料理で、お昼はきしめんと旬のお野菜の天ぷらを作ることにした。


 買い物を終えて一度乾先生の自宅に戻ると、すき焼きに関してはレシピを用意してくれたので割下などの細かいポイントを聞きながらメモして、天ぷらは実際に作りながら指導して貰った。


 一通り教わって帰る時間になり、お礼を言って買った食材を持ってリリィと帰ろうと準備を始めると、「荷物多いから送って行きますよ」と言ってくれて、確かに『荷物が多くてコレ持って歩いて帰るの大変だな』と思ってたので、申し訳ないなと思いつつ送って貰うことにした。



 乾先生とはすっかり打ち解けていたので、車中ではプライベートな話題で楽しくお喋りしつつ自宅のマンション前まで送ってくれて、重ね重ねお礼を言って車を降りると、乾先生からも「離婚してから男性とこんな風に二人で過ごすこと無くて、久しぶりにとっても楽しかったです。また何かあったら遠慮なく相談してくださいね」と言って、ニコニコ笑顔で手を振りながら帰って行った。


 車を見送ってる時に自然と表情が緩んでいた様で、リリィを連れて部屋に戻ろうとエレベータに乗ると、エレベータの中にある鏡に写る自分の顔がダラしなくニヤけてて、我ながらキモかった。



 決して浮気願望なんぞ無いけど、モロ好みの女性と二人きりで過ごすひと時はやっぱり楽しいもので、こればかりは男の下らないさがで、仕方ないとも思う。





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