#14 主夫と会社勤めの違い
夫婦としての新生活をスタートして、リカコさんのペースに翻弄されながらもひと月ふた月と経った。
正直に言うと、主夫という仕事を「学生時代から一人暮らしで自炊してたし、何とかなるだろう」と安易に考えていたので、実際に始めてみるとその大変さに四苦八苦していたが、毎日時間に追われながらもなんとかこなしていると、あることに気付いて、それからは肩の力も抜けて、上手く回る様になってきていた。
最初、会社勤めの頃の感覚が残っていて、自分に与えられた業務を時間内に終わらせねば!任せられたからには完璧にやらなくては!と考えていた。
やることが一杯あるから、それを如何に残さずに効率的に片付けて行くことばかり考えていた上に、手を抜くことに強迫観念みたいなものもあって、朝起きるところから夜寝るまでの間四六時中気負ってガチガチで家事をしていたわけだ。
会社勤めなら、仕事とプライベートのオンオフがある。
勤務時間中は気を張ってバリバリ働けるけど、その反面仕事が終われば仕事を忘れてのんびりダラダラしたくなるもの。
そのオンオフがあるからこそ、忙しい仕事も続けられるのだろうけど、主夫業はそのオンオフの切り替えが会社勤めとはまるで違う。
俺はずっとオンのままやっていた。
言い換えれば、自分でオフにしないとずっとオンのままになっていた。
家が仕事場とも言える環境はずっと会社で寝泊まりしてるような物で、朝起きるとその日の家事のスケジュールやリカコさんの都合や健康のことばかり考えてて、のんびりダラダラすることをしてなかった。
それに『リカコさんが外で忙しく働いて沢山稼いでくれてるお陰で良い部屋に住むことが出来てて、俺は養って貰っている』という思いがあって、家のことやリカコさんのお世話で手を抜いてはダメだという強迫観念みたいなものもあった。
でもそのリカコさんだって、家に帰ればダラダラしてるし、自分がエッチしたい時はコチラの都合などお構いなしで要求してくるしで、きっちりオンとオフとで切り替えながら働いている訳で、俺だってオフの時間を作ってはいけないことは無いということに漸く気付き、意識改革をした。
例えば、毎日全部屋掃除機をかける必要は無いんだよね。2~3日に1回でも充分だ。他にも床拭きや窓拭きだって1週間に1度でも充分だ。俺はそれを「手抜きしてはダメだ」とクソ真面目に毎日全部やっていた。
過剰にやり過ぎなだけで、適切な頻度や回数で済ませるのは手抜きでは無いんだよね。
そこまで気付いて思ったのが、会社での仕事ってクオリティを求められる場面が多いけど、主婦(主夫)の仕事ってクオリティよりもスピードとかコストのが重要なんだろうな、と。
それで、そういう考え方に変わってくると自然と余裕が出来たので、その時間は息抜きすることにした。
のんびりお昼寝や読書したり、たまに贅沢して外でランチを一人で食べに行ったり、外へ出てジョギングなどの運動をしたりと、家事から離れる時間を作った。
ただ、俺にはママ友とか居ないし、学生時代の友人とかはみんな昼間は働いているので遊び相手にはなって貰えないしで、全部ぼっちなのが淋しいところなんだけども。
と、色々と新婚生活の悩みが尽きない中でも主夫の仕事に慣れてきた頃、兼ねてから予定していた結婚のお披露目パーティーをすることになった。
この手配もほぼ全て俺が一人でした。
俺が招待したのは、学生時代の友人や元居た会社の同期で仲が良かった朝倉や他何人か。
リカコさんに関してはリストを用意して貰い、それに基づいて俺の方で招待状を手配した。リストには友人関係も居たけど、ほとんどが仕事関係の様だった。
それでざっと50人程の見通しになったので、二人で飲むのによく利用してたバー『カサレリア』を一晩貸し切りで立食パーティーにすることにした。因みに事前にご祝儀はお断りして代わりに会費制にした。
久しぶりにカサレリアに行って、マスターとメニューなどの打ち合わせや会場のセッティングなどを相談したり、当日の司会進行や受付をリカコさんの会社のスタッフさんがやってくれる(業務扱いで手当て有り)と言うので、リカコさんの会社へ出向いて事前に打ち合わせしたり、当日着る衣装を二人で買いに行ったりと、主夫業の傍らパーティーの準備も進めた。
この時に初めてリカコさんの会社を訪れたのだが、賃貸とは聞いていたけどそこそこ大きな建屋で、中にはデスクが並ぶ事務所以外にも、打合せ用の小部屋や講習会等をするであろう教室みたいな会議室などもあって、「この会社をリカコさんが作って経営してるのか」と思うと、リカコさんの人並み外れた行動力とかバイタリティとかパワフルさ等を見せつけられてる様で、改めて感心させられた。
司会進行を担当してくれる方が藤田さんと言って俺やリカコさんと同世代の女性で、イメージ的にはテレビ局の女子アナみたいな感じ?容姿は綺麗だしマナー教室講師の本職だけあって身嗜みも話し方もキッチリしてて、ちょっと近寄り難い雰囲気があったけど、リカコさんとは砕けた感じで会話してて、そういうところはリカコさんと少し似てる人だった。
打合せが終わると藤田さんは俺に対しても態度が軟化して、会社でのリカコさんの仕事ぶりや評判を少し話してくれた。
藤田さんが言うには、会社でのリカコさんは社員たちからは慕われてて、ワンマン社長というわけでは無いらしい。
親分肌なところは会社でもそうみたいだが、人を乗せたり使うのが上手だそうで、スタッフみんな口を揃えて「この会社で働くことに遣り甲斐を感じている」と言っているそうだ。
流石に自分の会社の社長であるリカコさん本人を前にして、冗談でも悪口は言えないだろうし、俺は社交辞令だと思って受け止めたけど、リカコさん本人はそれを聞いて嬉しそうな顔をしていて、その表情を見てると、やっぱりリカコさんにとってこの会社やスタッフさんたちは、何よりも大切なんだろうと思えた。
でも、都合がいいからと打算で結婚した夫である俺よりも、会社のが大事なんだろうなとも思えて、モヤっとした嫉妬心を感じる。
ああ、コレって俗に言う「仕事と私とどっちが大事なの!」っていうヤツか。
俺の場合は、その答えをプロポーズされた日に既に聞かされているようなものだし、俺がそんなセリフをリカコさんに向けて訴えることは無いけど、そういうセリフを旦那にぶつける奥さんの気持ちがちょっぴり解っちゃったな。
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