#07 退職騒動



 週が明けて月曜日。


 営業一課にはもう席は無いハズなので、転属先の販売促進部に直行して、新しく直属の上司になる課長に挨拶をしてから退職届もその場で出して、残った有給休暇を消化したいことも話した。

 そしたら案の定、滅茶苦茶驚かれて理由を聞かれたので、リカコさんに言われた通りに「婚約者が経営してる会社に移ることにしました」と説明すると、更に驚かれた。


 タダでさえ事実無根の悪評のお蔭で腫物扱いだったのが、異動初日に退職届をかましちゃったお蔭で、更にいつ爆発するか分からない不発弾並みの危険物扱いになってしまい、誰一人俺には話しかけて来ることも無く、俺もすることなくて暇になってしまったので、総務部に行って退職の手続きと有給休暇消化の相談をすることにした。


 総務部には同期で仲の良い友人である朝倉が居るので、忙しそうにしてたけど強引に「会社辞めるから相談に乗ってくれ」と声を掛けると、既に俺が退職届を出してることを聞いていたのか、「お!丁度いいところに来たじゃん!お前どうしちゃったんだよ!」と驚きながらも何故か嬉しそうな顔して話を聞いてくれることになった。


 あまり他人には聞かれたくなかったのでミーティングルームに移動して、新規プロジェクトであった出来事や悪評流されて異動になった話、そして結婚することも話した。


「まぁ、お前の気持ちもわかるけど、異動の話はほとぼり冷めるまでの暫定処置で、いずれ営業に戻すつもりだったんじゃないの?」


「そうかもしれんけど、でもそれなら、事実確認した上で事実無根であることを明確にしておくべきじゃね?臭い物にフタしてほとぼり冷めるの待つなんてどう考えても悪手だろ。自分の不手際隠して噂流してた連中を増長させるだけじゃん。絶対にロクなことにならん」


「そうなんだけどね。まぁ既に退職届出しちゃったし、今更言ってもしょうがないか」


「婚約者が言ってくれたんだよ。そんな会社で働き続けるのなんて時間の無駄だって。そう言われて、その通りだなって思ったんだよね」


「なるほどねぇ。カノジョの助言のせいだったのか。 しかし、驚いたよ。営業一課で期待されてたお前が、異動初日に退職届って朝から総務でもちょっとした騒ぎになってたぞ?」


「そうなの?みんな俺のこと腫物扱いで、俺のトコには誰も来てないけどな」


「販売促進部の板野課長が営業部に抗議しに行ったみたいだぞ。元々異動の話だって強引にねじ込んだらしいし、それがフタを開けて見たら初日に『辞めます』だからな。そんなやり取りがあったから余計に騒ぎになってるらしい」


「でも営業部の連中にしてみたら、アイツ逃げてやんの!って笑ってるんじゃない?」


「いや、そうでも無いらしいぞ。 お前、引継ぎとか拒否したんだろ?取引先からの問い合わせとか代わりのヤツがまともに対応出来なくて、『東丸くんに戻してくれ!』って上にクレーム入ってるらしい」


「たった一日でそんなクレームになるなんてどんな酷い対応したんだろ。マジでバカだな。っていうか、引継ぎは拒否したんじゃなくて、『もう来なくていい』って言われたから行かなかっただけなんだけどな」


「やっぱりそんなことだろうと思ったよ。営業部ってバカなの?」


「そりゃバカでしょ。自分だけ良ければいいっていう連中ばっかだよ。じゃなきゃ俺だってこんなに早く辞める決断しなかったね」


「そんで、婚約者がいるなんて初めて聞いたんだけど、お前結婚するの?あの子と別れてまだそんなに経ってないんじゃない?」


「ああ、元カノと別れて3カ月かな。結婚することにしたのは、学生時代の先輩なんだけど、異動の辞令あった日にその話したら猛烈に結婚迫られてさ」


「へぇ、逆プロポーズかよ。会社経営者と結婚だなんて、逆玉じゃん」



 面談という名の雑談を続けているとお昼休憩になったので、そのまま二人で食堂に行って昼飯を食べることにした。


 俺の退職届の話が既に噂で広まってたのか、食堂ではジロジロと視線を向けられていたけど、先週まではそういう視線が気になって仕方なかったのが、退職決めた途端そういうのは全く気にならなくなっていた。


 そして、その視線の中には元カノも居たけど、一切視線を合わせることなくガン無視してたら、一緒にいた朝倉が「あの子、お前のことが相当気になってるみたいだぞ?実はまだ気があるんじゃね?」とニヤニヤと指摘してきた。


「別にどうでもいいや。今のカノジョのが超美人だしスタイル抜群だしエッチも上手だしお金も持ってるしな。俺の方は全く未練ないよ」


「へぇ~、言うねぇ。別れた時は死にそうな顔してたのに」


「それだけ今が幸せってことだよ」


「そこまで言い切れるってことは、本当に吹っ切れちゃったんだな」


「そーゆーこと」


 三割くらいは強がりだけど。



 お昼休憩の後も、朝倉に退職や失業後に必要な事務的な手続きのことなんかを色々と教えてもらい、有給休暇消化の話も受理して貰えたので、それらが終わると他の仲の良かった同期が居る部署へ挨拶周りをして、定時にはさっさと退社した。



 会社を出てからリカコさんに、『退職届出してきました。明日から有給休暇の消化です』と報告すると、直ぐに電話がかかって来て、『お疲れ様。今夜は慰労会してあげるから一緒に食事しましょ』と言ってくれたので、待ち合わせて食事をすることにした。


 食事中、リカコさんからは、新居探してる話を早速知り合いの不動産屋に相談したことや、今週都合が良い日に条件の合う物件を見せてもらう約束までしてることを教えてくれて、その日俺も一緒にいく約束をした。



 会社辞めるのって、決断するまではグチグチもやもや悩みまくってたけど、いざ決断して退職届出すと、凄い解放感で気分爽快だった。







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