#05 経営者の顔



 リカコさんと結婚することを決めた俺は、結局会社も辞めることにした。


 なんだか、どうでも良くなっちゃったんだよね。

 下らない脚の引っ張り合いするライバルたちや、事実確認すらせずに噂に惑わされて部下の人事を決めちゃう上司とか、そんな連中を相手に頑張ることが、リカコさんが言う通り時間の無駄に思えた。


 それで翌朝、朝食を食べながらその話をリカコさんにすると、「だったら、退職届出すとき理由聞かれたら『婚約者が会社経営してる方なので、その会社に移ります』って言ってやれば?」と言われた。


「あれ?本当は主夫じゃなくてそれが狙いなんです?」


「違う違う。異動辞令直後に退職届出したら、異動が嫌でスネて逃げたって思われそうでしょ?でもそう説明すれば、逃げる訳じゃなくて見切りを付けたんだって言い訳になるじゃない」


「なるほど」


「あと、フータにはウチの会社に入ってもらおうなんて思ってないからね。 仕事でも夫婦で毎日顔合わせてたら息詰まっちゃうわよ。そんな結婚生活、絶対上手くいかないわよ?」


「まぁ、リカコさんと俺だとそうでしょうね。 とりあえず、マジで週明け直ぐに退職届は出しますね。どうせ引継ぎとかまともにする気無いし、有給休暇が丸々残ってるからそれも消化して、失業保険もフルで使えば、しばらくはゆっくりしててもリカコさんに迷惑掛けなくて済むと思います」


「うん、そうしなよ」


「それで、俺が婿養子ってことになるんですかね」


「会社のこととか考えると、その方が良いわね。フータさえ良ければそうして欲しいのだけど」


「了解っす。俺はそれでOKです。後は、ご家族に挨拶とかもしないとだし、式もどうするか決めないとですよね」


「そうね、先にお互いの家族への挨拶は済ませちゃいましょ。フータは今日と明日(土曜日と日曜日)はお休みなんだっけ?」


 リカコさんは食事の手を止めて、スマホを操作し始めた。スケジュール帳のアプリでも開いているのだろう。


「ええ、プロジェクトも外れたし営業職でもなくなっちゃったんで、週末は完全休業ですね」


「なら明日わたしの実家に行こっか。午前中は顔出さないといけない講習会があるから、お昼過ぎに迎えに来るわね」


「明日っすか!?急すぎないです?大丈夫なんですか?」


「へーきへーき。車で2時間半くらいね。実家に着いたら紹介するから、挨拶すませたらみんな連れて外食しましょ。和食がいいかしらね」


「はぁ、分かりました。じゃあ、俺も何か手土産用意しときます」


「うん、そうして頂戴。フータのご実家のこともお願いね。来週がいいかしら。 入籍はその後で良い日選んで役所に行きましょ。それまでに婚姻届貰ってきてくれる? あと式は無しで代わりに学生時代の仲間とか仕事のお付き合いとか集めてパーティーにしましょ。カサレリア貸切ってやったらどうかしら?」


「ええ、まぁ、俺はそれで良いですけど」


「おっけ。 あとは新居かぁ。私の部屋もココも二人で住むには狭いし、お部屋探しもしなくちゃね。知り合いの不動産屋に当たってみるわね」


「はぁ」



 流石は、会社経営者と言うべきか。

 結婚って色々と面倒なことが多いと思うけど、リカコさんと話しているとサクサク話が進んで、そんなんでいいの?と思ってしまうほど当面の予定がほぼ決まってしまった。





 

 リカコさんが経営する会社は、マナー講習会などを企画したり請け負う会社で、最初は中小企業などを相手にビジネスマナーやハラスメント対策の講習会を開催するところから始めて、今は個人相手にテーブルマナーやパーティーなどのマナーに、他にもお見合いなどの礼儀作法等多岐にわたる講習会や個別相談なども手広くやってて、結構儲かってるらしい。

 リカコさん曰く「2~3年前はコロナ渦の影響で、オンラインの講習会企画すると毎回入れ喰い状態でウハウハだったのよ」だそうだ。 


 最初は一人で始めて今は10名程の社員が居て、リカコさん本人やスタッフが講師をするのがほとんどらしいけど、テレビや雑誌に出ている様な著名人もゲスト講師に呼んだりもしてるそうで、会社規模としては大きくはないけど、それでも27の若さで健全な経営を続けているのだから、凄いと思う。とても自分じゃそんな真似できないな。


 なので、同世代のOLとは比較にならないほど多忙だし、そのせいで最近は1~2カ月に1度くらいしか一緒に飲むことも無かった。

 だから、それほど忙しいリカコさんにとって、結婚相手に家事を担って欲しいと求めるのは必然だと思う。




「それじゃあ、私は仕事があるから今日は帰るわね。また何か相談したいことあったらメッセージ頂戴」


「了解っす」


 食後に俺が用意したコーヒーを飲み終えると、リカコさんが席を立ったので、俺も見送る為に玄関まであとを追った。


 ハイヒールを履き終えたリカコさんは俺の方へ振り返ると両手を広げたのでハグをすると、「私がフータのこと、いっぱい幸せにしてあげるからね」と囁いてキスしてくれたので、それに応えるように舌を絡ませた。



 リカコさんが出て行った後、一人で食器の洗い物をしていると、昨夜のリカコさんとのセックスを思い浮かべた。


 それにしても、あんなエロいリカコさん初めて見たな。

 長い付き合いだけど、シモネタ自体あんまり言う人じゃなかったし、あんなに明け透けにセックスの拘りを語るのは意外だったな。それ以上にセックスそのものも凄かったけど。



 幸せかぁ。

 結婚したら、本当に幸せになれるのかなぁ。

 でも、会社のことでグチグチ悩んでたのが一気に吹っ切れちゃったし、それはやっぱりリカコさんのお蔭なんだよな。

 リカコさんに付いて行けば、今までとは違う人生に進めそうな予感はあるな。うん。









 

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