#03 打算まみれの愛の告白



 カサレリアを出てからリカコさんが呼び止めたタクシーに乗り込むと、隣に座るリカコさんとは会話は無く、大人しく目を閉じて俺の腕に抱き着く様にしな垂れていたので、自宅へ向かう途中ずっと考え事をしていた。


 

 リカコさんはハッキリ言って、いい女だ。

 容姿だけで言えば、かなり極上と言える。


 キリリとした眼元はまつ毛も長く、鼻筋が通って唇は薄い。

 髪は学生時代は長かったけど起業する際にばっさりカットして、今では黒髪のショートヘアのイメージが定着している。

 身長は170あり女性としては長身だけど、胸もお尻もしっかりと肉は付いてるのに脚が長いので、日本人ばなれした抜群のスタイルの持ち主で、パンツスタイルでもタイトなスーツでも良く似合うバリバリのキャリアウーマン風だ。

 黙ってればクールビューティという言葉が似合う美人で、10代の頃から相当モテた話は本人から何度も聞いていた。

 しかし、いくら見た目が良い女でも付き合いが長くて色々見て来た俺としては、やはり恋愛対象として見るのには抵抗があった。




 タクシーに乗って20分程で、俺が住む賃貸マンションに到着した。


 相変わらず俺の腕に抱き着いたままのリカコさんだったが、俺がカギを開けて玄関扉を開いて中に入ると、豹変した。



 漸く抱き着いていた腕を解放してくれたと思った瞬間、俺の体を強引に振り向かせると閉じた玄関扉に押し付け、正面から両手を俺の首に回して抱き着いて、有無も言わさずキスをしてきた。


「ちょっと待って!」と叫ぼうとするも、目を見開いたままのリカコさんは舌を伸ばして俺の口内を貪り、俺もアルコールが入っていた為か、それとも女性の唇の感触が久しぶりだった為か、直ぐに抵抗を諦め舌を伸ばして応戦し、両手をリカコさんの背中に回して背中やお尻をまさぐり始めた。





 最後にキスをしたのは4カ月程前、付き合っていたカノジョとだ。

 同じ会社の同期で入社して間もなく交際を始めたが、3カ月前にカノジョの方から別れを告げられ、それっきりになってしまった。


 真面目な性格で物腰が柔らかく、おっとりとした口調のせいなのか、どこか母性を感じさせるような所謂癒し系の女性だった。

 入社して直ぐに俺の方から惚れて猛烈にアプローチを続け、恋人になってからもマメにデートに誘ったり、イベントごとには最大限カノジョを喜ばせようと苦心し、約3年の交際で愛情と絆を深め合って来たつもりだった。


 でも実際にはそう思ってたのは俺だけで、アッサリ他の男に奪われた。

 しかもその相手も同じ会社で、3つ上の先輩だった。


 カノジョから別れたい理由を「他に好きな人が出来たの」と言われた時、膝から崩れるほど愕然としたけど、後でその相手が同じ会社の先輩だと知り、怒りに打ち震え、元カノも相手の先輩も『絶対に見返してやる!』と心に誓った。


 今思えば、そんな怒りや焦りがあったから、功を焦って出しゃばった真似をしてしまい、足元をすくわれたのだろう。

 





 お互い目を見開いたまま5分ほど唇を貪り続けていると、ようやくリカコさんの方から唇を離した。


「フータと初めてキスしたけど、アナタのキス、情熱的で好きよ」


 そう言って不敵な笑みを浮かべるリカコさんに、今度は俺の方からキスをした。

 俺の方も完全にスイッチが入ってしまい、リカコさんの体を貪り尽くしたい衝動が抑えられなくなっていた。

 今度はキスをしながら右手でリカコさんの豊満な胸を乱暴気味に揉みしだくと、リカコさんは唇を離して「焦ったらダーメ」と言って俺の手を払い、チュっと音を立てる様に1度だけキスをしてから体を離してハイヒールを脱ぐと、一人でスタスタと部屋へ上がってしまった。



 確かに今の俺は色々と焦っていたのだろう。

 会社のこともあったし、久しぶりにキスしたりリカコさんの色香に当てられ、我を忘れそうになっていた。


 俺も部屋に上がると、リカコさんはスーツの上着を脱いでハンガーに掛けてから、ベッドに腰を降ろして「ふぅ~」と息を吐きながら両手を伸ばしてリラックスし始めていた。


 俺は冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを2つ取り出して、1本リカコさんに渡しながら「シャワー先に浴びます?」と尋ねると、受け取った水を一口飲んでから「シャワーなんて後でいいじゃない。それより少し話しましょ」と言って、俺にも座るように促して来た。


 リカコさんの左隣に腰を降ろして水をゴクゴクと飲んでいると、リカコさんは話し始めた。



「本当は今日ね、フータに話があったの」


 ああ、そういえば、急だったのにかなり強引に会う約束させられたんだっけ。よっぽどの話があったはずなのに、俺が仕事の話をしたせいで、逆プロポーズとか退職とか変な方向に話がいっちゃってたんだ。

 

「それで、話ってなんです?」


「告白しようと思ってたの」


「へ?なんの告白です?」


「そりゃ勿論、私の婚約者になってって」


「リカコさんが俺に?」


「うん。 30になる前に結婚したいって思ってるのは本当なの。

 でも、相手は慎重に選ばないといけないじゃない? イチから交際相手探して、いざ交際開始したら色々ダメでしたって言って、またイチから相手探して、なんてしてる余裕ないし。30目前だと、どんどん条件厳しくなるしって悩んでたんだけど、閃いちゃったのよね。『フータで良くない?』って。

 フータなら良いところも悪いところも全部知ってるから、夫婦になってもこの先ずっと上手くやっていけそうだし、私の言うことなら文句言いながらも何でも聞いてくれるし、丁度今フータもフリーだから『このチャンス逃したらダメだよね!』って」



 これを、愛の告白と受け取って良いのだろうか。

 いや、これは、愛の告白などではない。

 アラサー女の打算まみれの告白だ。

 こんな酷い告白があって、良いのだろうか。


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