#02 何でも話せる異性の先輩



 町田リカコと知り合ったのは、7年程前。

 俺が大学1年の時で、リカコさんは1つ上の2年生だった。

 当時は俺が世話になっていた先輩のカノジョで、同じ大学の先輩でもある。


 高校を出たばかりで一人暮らししながらの大学生活を始めたばかりの一年目で、その先輩ともよく遊んでいたので自然とリカコさんとも一緒に飲んだり遊んだりする機会も多く、美人だし元々世話好きで姉御肌だったリカコさんには『憧れのお姉さん』的な目で当時は見ていた。


 ところが俺が3年でリカコさんが4年の年に、彼氏である先輩が二股してたことが発覚し、リカコさんと先輩が別れることになった。

 そうなるとリカコさんとも疎遠になるかと思いきや、リカコさんからは事あるごとに呼び出される頻度が増えて、逆に俺は先輩と疎遠になり、リカコさんとはそれまで以上に親密になった。


 しかし、親密になったと言っても恋愛感情を抱いたことは無く、どちらかというと『何でも話せる異性の先輩』という認識のまま今日まで来た。

 なので長い付き合いでもリカコさんとは色っぽいことをしたことないし、キスですらしたことない。

 精々、お互い酔っ払ってる時に腕組んで歩くくらいだ。


 とは言え、リカコさん相手だと欲情しないということは決して無いし、ぶっちゃけ学生時代は、綺麗でスタイルも良く大人っぽいリカコさんを数えきれないほどオカズにしてたのも事実だ。


 でもやっぱり、この人のことは『何でも話せる異性の先輩』としてしか見れないな。


 何せ、キリリとした美形でスタイル良くてバリバリのキャリアウーマンの見た目通り、気は強いし何でも自分の意見を通そうとするし、3年前には24の若さで会社辞めて起業してしまう程の独立心の塊で、友達として付き合う分には面白い人だけど、家庭的な女性が好みの俺としては、恋人や結婚相手としてはノーセンキューと言わざるを得ない。

 実際に、二股して別れた先輩も浮気の理由を『リカコは良い女だけど、疲れる。 俺は癒しが欲しかった』と吐露し、リカコさんからグーで殴られていた。



 今日だって、当日のお昼に電話がかかってきて急な呼び出しだった。

 急なのはいつものことなのだけど、仕事のことで落ち込んでいた俺が「今日は飲む気分じゃないです」と断ると、ムキになり出して『部屋まで押しかける!』と騒ぎ始めたので、渋々いつも二人で飲むときに使っているバー『カサレリア』で会うことにした。




 普段なら20時過ぎまで残業してたけど、今日異動を通達されたばかりで絶賛労働意欲消失中の俺は定時で上がり、会社近くの牛丼屋に寄って軽く食事を済ませてから、地下鉄に乗ってそのままカサレリアに向かい、開店して間もないお店でリカコさんが来るのを待つことにした。


 カウンター席に座ってから『定時で上がったので先に飲んでます』とメッセージを送ると、直ぐに『20時に行く』と返信があったので、カウンター越しにマスターにカールスバーグを注文して、グラスに注がずボトルのまま飲み始めた。


 しかし、一人で飲んでいるとここ最近の職場でのことを思い出してしまい、どんどん気持ちが荒む。

 リカコさんは何か話が合って呼び出したのだろうけど、俺にはリカコさんの話を聞けるような精神的な余裕は無く、飲めば飲む程やり切れない気持ちになり、約束の時間より30分遅れてリカコさんがお店に姿を現す頃にはカールスバーグは5本目で、会社でのうっぷんをぶつける様に不貞腐れながらリカコさんへグチグチ文句を垂れた。


 リカコさんの遅刻は毎回のことで普段なら一々怒ったりしないし、俺だってバリバリ忙しかった時期は約束の時間に遅れたのは一度や二度ではない。

 だからなのか、今日に限って文句タラタラの俺にリカコさんは『何かあったの?』と優しい声音と表情で訊ね、荒んでいた俺もついついここ最近の会社での出来事や左遷同様の異動の話をしてしまった。


 その結果、何故か逆プロポーズをされた。

 しかも、結婚を前提としたお付き合いでの告白とかでは無く、結婚してセックスパートナーになってくれと。

 更には、会社も辞めて主夫になってくれと。


 とりあえず結婚の話はさておき、仕事のことだ。

 リカコさんと話をするまで、俺には『会社を辞める』という発想は無かった。

 会社辞めたら、それこそ奴らの思う壺じゃないか。

 負け犬が逃げ出したと笑われるだけだ。


 でも、リカコさんに『そんな会社で働き続けるのは時間の無駄』と一刀両断されると、その通りかもしれないと思い始めた。

 別に出世して偉くなりたいと思って頑張ってきたわけじゃない。


 ただ、自分のことを認められたかった。

 『よくやった!』と純粋に褒められたかった。

 エリートばかりの中で、互角以上の闘いが出来るんだと自信を持ちたかった。見返したいヤツとかも居たし。

 その結果が『出世』ならばと、出世競争に飛び込んで戦い続けて来た。


 でも、社外の人から見れば、時間の無駄と言える程、それは下らない事なのかもしれない。



 会社辞めて、転職かぁ。

 4年目で転職って、恰好付けてキャリアアップって言ったところで、失笑を買うだけだよな。まだまだケツの青い若造が「会社と合わない!」と生意気言って飛び出したとしか見えないんだよな。

 リカコさんみたいに起業して、たった3年で事業を軌道に乗せてしまう程なら誰もそんなこと言わないけど、今の俺にはそこまでのガッツは無いし、ただの負け犬にしか見えないよな。

 前職で大した職位も実績も無ければ、転職しても結局は1年目の新人としてのスタートからだろうし。



 でも、会社辞めずに新しい部署に移っても、それは同じことだろうな。

 むしろ、悪評が広まってる状況ならマイナスからのスタートか。


 う~ん。

 会社辞めるのも、アリなのかも。





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