仕事で挫折したら逆プロポーズされた俺の結婚生活

バネ屋

#01 突然の逆プロポーズ




「うーん・・・だったら、いっその事いまの会社辞めて、私と結婚しない?」


「はぁ?辞める?結婚!?」



 驚いて、そう提案してきた右隣に座る女性へ視線を向けると、少し不安をにじませつつもニコリと笑顔で俺を見つめ返していた。

 会社辞めるとか結婚とか、想定外にも程がある。


「どうかな?」


「会社辞めるって、リカコさんじゃなくて、俺がですよね?」


「勿論。今時そんなネームバリューだけの会社にしがみ付いてたって時間を浪費するだけよ?巻き返すだけでも並大抵なことじゃ難しいだろうし、今後も同じようなことが何度でも起きるわよ? そんな会社で働き続けるのなんて、時間の無駄よ」


「・・・」


「フータはここまで頑張ったわ。 入社3年目で営業一課配属で新規プロジェクトでも中心メンバーに選ばれてたんでしょ?そんな将来有望で優秀な若手を足の引っ張り合いで潰そうだなんて、会社の利益よりも自分のことしか考えてない様な連中しか居ないのよ。それを許している上司だって、私に言わせればただの無能だわ」


「そうかもしれませんけど・・・」


「だったらそんな会社早く見切りつけちゃいなよ」


「うーん・・・」





 今の会社に入社して4年目。

 これまで順調だった。

 順調過ぎた。


 リカコさんは俺を”将来有望で優秀”と評価してくれたけど、自分ではそうは思っていない。

 世間一般では一流企業と言われる今の会社では、周りの同期や先輩方のがよっぽど頭良くて要領もコミュ力も高くて優秀な人材ばかりだ。

 そんな中でも俺は『負けてたまるか!』と気力と根性で出世競争を闘い、ここまで来た。


 結果、運も味方に付けることが出来たのか、エリートコースと言える営業一課に昨年配属され、着実に実績を積み重ねることに専念してきた。


 しかし、順調だった仕事で突如躓いた。


 最初は、些細なことだった。

 ひと月ほど前、新規プロジェクトのメンバーが協力メーカーとの情報共有を怠り、交渉をイチからやり直すか別のメーカーを探す必要を迫られると言うトラブルが発生した。

 時間的なロスはどうしようもないけど、まだまだ充分巻き返しが可能な話だった。


 そこで俺は、自分が起こしたトラブルでも無いのに出しゃばり、どうにかしようと動いたのだが、それが裏目に出た。


 速やかに代わりを探すべく別の複数メーカーと交渉して、その内の一社と新規プロジェクト協力への約束を取り付けたのだが、チームの中で一番若手の俺が早々に解決したことを妬んだと思われる他のメンバー数名により、『自分が贔屓にしているメーカーを取り込む為に当初予定していたメーカーとの交渉を妨害した』と噂を流され、最終的には『見返りの裏取引もしている』とまで尾ひれが付いた。

 当然そんなことはしてないが、悪意のある噂というのは恐ろしいもので、事実がどうかなど関係なく誰もかれもが嘲笑と憐みの眼差しを俺へ向け、業務上でも距離を置かれる様になってしまった。


 実際にメールや書類などを回して貰えない等の困ることもあったし、針のむしろの様な日々だったが、自分は何も悪いことはしていなかったので、粛々と自分の業務をこなしていた。


 しかし、そんな俺の態度を嘲笑うかのように、その噂は最悪の結果を招いた。

 噂を耳にした直属の上司はロクに事実確認することなく俺を新規プロジェクトから外し、そして本日、営業一課から販売促進部異動の辞令を言い渡してきた。

『来週から営業一課には来なくて良い』だってさ。





「それに、一緒に住めば家賃も光熱費も節約出来るし、家事をしてくれるなら生活費だってちゃんと私が養ってあげるわよ?」


「いやいやいや、そもそも俺達そういう関係じゃないっすよね?」


「でもフータ、今カノジョ居ないんでしょ? 私も今は仕事の方が忙しくてカレシ作ってる余裕なんて無いし、このまま気付けば30過ぎて独身なんてやっぱ嫌じゃない? カレシじゃなくて旦那っていうのは丁度いいと思うのよね」


「30過ぎてってリカコさんまだ27でしょ?そんなに結婚焦る年齢じゃないでしょ」


「あら、何も分かってないわね。女の20台後半から30台中盤は一番脂がのってる年代なのよ?老化が始まる直前の、もっとも色気と性欲が旺盛な時期なの。 線香花火が燃え尽きる直前に炎が一層輝く瞬間があるでしょ?それと同じなの。でも、そんな女として旬の時期を仕事だけで無駄に過ごすなんて悲しいじゃない」


 つまりこの人は、家事をしてくれるセックスパートナーとして、俺に『仕事を辞めて主夫になれ』と言ってるわけだ。



「大学出てからずっと頑張ってたんでしょ?ここらで少し休んだらどう? 結婚したあとこの先落ち着いたらまた就職しても良いし、私みたいに自分で商売始めても良いし」


「あの、つかぬ事を伺いますけど、リカコさんは俺の事を男として好意を持ってるってことなんですか? 今までそんな風には全然見えなかったんですけど」


「・・・そうね、勿論好きよ」


 なんだ、今の妙な間は。


 俺が不信感を抱いているのを察したのか、リカコさんは俺の膝に手を置くと、しな垂れる様に体を寄せて耳元で「なんだか酔っちゃったみたい、わたし。 フータのお部屋で休憩したいな」と囁いて来た。


 リカコさんは、酒豪だ。

 俺も強い方だけど、リカコさんには敵わない。

 そんなリカコさんは、カサレリアに来てまだビール1本目だ。


 心の中で「ウソつけ!」と叫びながらも、リカコさんの体から漂う女性特有の甘い香りと自らも言っていた27の女性としての芳醇な色香に俺の体は抗うことが出来ず、股間が硬くなるのと表情が緩んでしまうのを自覚した。



 こ、コレが、疲れマラというヤツか!?





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