第6話 Jという子
私はじくじくと膿んでいる傷口を繰り返し抉って、毎日痛みを身体に刻み込んだ。その傷に、やがて腐って内臓に達して自分を壊してくれやしないかと願をかけたほどだ。
夫とJとの関係を、「仲良し」の程度しか疑っていなかった迂闊な私は、チャット履歴のトップから戸惑うことになる。
それは海外銀行の口座番号だったのだ。
履歴から読み取ったのは、こんなことだった。
・Jは会社の同僚ではなかった。
・アジアの貧国から半年のビザで出稼ぎに来ている女だった。
・夫が知人に誘われて訪れた店で、働いていたJに目を付けられた。
・出稼ぎの理由を知り夫は援助を申し出た。
・Jは夫に送金用の銀行口座番号を渡した。
・何も返せないと言うJに、夫はずっと友だちでいてくれればと告げる。
・Jにクレジットカード情報を与え自由に使わせていた。
・週末はJが働く店にはしごして通い、一軒に何十万円と落とし続けた。
・平日夜は取引先とのディナーと称し、仕事前のJと会っていた。
・Jの本国の口座宛に毎月数十万円〜百万円の外国送金を始めた。
・Jにタウンハウスを購入してやり隣家を自分用に買うことを考えた。
・Jのために頭金と維持費、生活費を定額送金する三年プランを練った。
・リタイア後にそのタウンハウスへ移住しJと共にビストロを開く計画を建てた。
・店と女に費やした額は日本円換算で二千万円に達しようとしていた。
これが、あの膨大なテキストを追って私が得た事実だ。
作り話のように盛りだくさんで腰が抜けるほど愚かしい話であったが、何とも薄気味悪いと感じたのは、移住計画に私が組み込まれていたことだった。問い質した私に対して、彼女は頭も良く好人物なので二人は友人になれる、と宣わったのには怒りを通り越して呆れ果て、怖さを感じた。
夫は、妻と離婚するシナリオはないとJに何度も告げていた。きみのような素晴らしい子がこんな仕事をしてはいけない、援助するから仕事を辞めてくれと、ただただ「長い友情と信頼を」と懇願し続けた。そもそも出稼ぎのJは資金獲得だけが目的で、ターゲットの離婚など求めていないのに。
まんまと「友情」と「金」だけを約束させたJは夫と関係を深めないまま、国へ帰った。その後もドッジボールは続き、夫は、声を聞きたい、写真を送って、と未練がましく、せっせと金を送り続けた。
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