第4話 スカイブルー

 ドッジボールは、毎晩寝室のライトを消してからも続き、時には日付が変わる頃に緊急コールだと言って仕事部屋に戻ることさえあった。勤務先はそんなに問題の多い会社なのか。いくら同僚からの連絡と言っても度を超していないか。


 スカイブルーから届いた写真は明らかに女性だったので、これが例の転職ちゃんに違いないと当たりをつけて問えば、夫はあっさりと認めた。四月に転職してきた当初とても困っていて相談に乗っていたが、最近はプライベートなことも語り合うようになった、と言うのだ。

 同じ職場でこれだけ頻繁に連絡を取り合っていれば必ず人に知れる、外国人の身で不適切な関係が露見したら処分は必至、懲戒免職だってありうる、プライベートを聞けば聞くほど相手の依存度が高まってこっちがまずい立場になるんだよ、と感情を抑える努力をしながら話してみる。

 いま思えば、職業倫理上の問題だと真面目に諭した私の言説はまるでお笑い草だった。


 ブブブの頻度は上がる一方で、考えることが何もない私には耳障りな騒音になっていた。夫は、業務時間以降は転職ちゃんへの返信を止めると言い、以降、嘘のように静かな時間が訪れた。しかし実際には、私が気付かないよう着信振動を切り、万が一にも見られないようスマートロック機能を密かにオフにしていただけだった。


 国民の休日の朝。

 まだ外が暗いうちに珍しく自力で目覚めた夫は寝転んだまますぐにスマホを手に取り何やら打ち込む。すぐに返ってきてまた打ち込む。今日のラリーは夜明け前スタートか。

 それがスカイブルーのアイコンであることを横目で確認した私は目を瞑り、頭を冷やしながら、寝起きの割に途轍もない速さで文字を打ち込む指の動きをぼんやりと感じていた。


 その日は、インド男事件の時に助けてくれた夫婦と四人でランチを予定していた。街へ出るのは久しぶりだったが、明るく前向きな彼らとの会話にはいつも元気づけられる。動機は不明でも誘拐未遂事件じゃないか、家を無人にして漁る魂胆だったのか、夫の業務に関連する組織犯罪かもなどと、深刻さを消してわいわいと話しているうちに、自分の中の黒い雲が薄らいでいくように感じた。


 温かく強い友情に少し元気をもらった私は、帰宅後二人で飲み直しを始めたときにさらりと夫に話しかけた。転職ちゃんの事を聞かせてほしい、どういう付き合いなの、依存しているのはあなたの方じゃないの、と訊いてみたのだ。


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