第3話 ひきこもりゆえ
その事件以降、気持ちが沈み、人に会うのも話をするのも動くことさえ億劫で、私はいよいよ外出をしなくなった。
そうなると、日本住まいのようにワイドショーをただ流すこともできない外地においては、猫と夫以外とのコミュニケーション接点がなくなってくるのは悩ましいところだ。
動機も分からず正体も掴めずひどく怖ろしい思いをしたのだが、それは私の体験にすぎないからか夫の態度や生活は全く変わらず、このところ定例化し頻度をあげているベンダーとの飲み会や、各国から当地を訪れる友人知人との会合が減らない、午前様の帰宅も寧ろ増えていった。
不安な気持ちを訴え早い帰宅を頼んでみる。夫は心優しく人当たりの良い人物ではあるけれども他者の気持ちに寄り添うことが極端に苦手な人でもあり、「散歩したら」「ジムに行けば」と取り合ってくれないのだった。社会と断絶した私にとっては夫が唯一の窓となり、ただ忠犬のように彼の帰りを待ち続けて、帰宅するまでは過剰に不安感を持つようになっていった。
そんな日々の中で夫は、食事中、会話中、就寝前、とにかくチャットばかりするようになった。鬱々とするばかりの妻に呆れているのか、上の空も多く同じ話をしても反応が薄いので、左から右へ私の声はただ通り過ぎているかのようだ。
チャットの相手は地域サークルのグループだったり、学業成績優秀という触れ込みの新卒くんであったり、元ベンダーの転職ちゃんであったりした。この半年ほどは常にスマホを片手に、早朝深夜休日を問わず誰かが連絡してきては打ち返す、まるで多勢に無勢のドッジボールのようだった。
あまりに頻繁にブブブと鳴るのでうんざりとしつつ、ダイニングテーブルの隣に座る夫の手元を見ているうちに、高頻度で表示されるスカイブルーのアイコンが気になり始める。
当時の私は夫のプライベート時間を奪う「外部の人たち」全てが恨めしかったし、自分で意識する以上に彼との時間を欲していたのだろう。もし鬱々した気分に浸らず、外に出て友と会う努力をしていたら、こんな些細な事象に気を留めることはなかったろうと思うのだ。
そしてある休日のランチタイムに鳴った連続のブブブのあと、スカイブルーのアイコンから女の顔のアップ写真が送られてきたのが見えてしまったのだ。
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