エピローグ
「そうか……龍彦氏の作った機巧人形が、殺人を……」
そう言って弁一は顔に手を当てて項垂れる。その胸に去来しているのは、自分の発明が殺人を犯した事に対する罪悪感なのか、龍彦さんに裏切られた事に対する悔しさなのか、或いは両方なのか。親友の胸のうちを想像すると、事件を止められなかった事への後悔が改めて湧いてくる。
私とアリスが西園寺医院廃墟に戻ってきて、首だけになり顔の表皮が半分剥がれたアリスの姿を見るなり弁一は驚きで腰を抜かし、すぐにアリスの身体の修理にとりかかってくれた。
そして現在、アリスの身体はほぼ直り、例の棺桶のような箱に入って調整を行なっている間、弁一に事件の顛末を説明し終わったところである。
「霜二にも苦労かけたね」
「探偵の仕事に危険も苦労もつきものだ。それに犯人はエミリアを作り出した龍彦さんだ。お前を恨んじゃいないよ」
私の言葉に、弁一は力無く笑う。
「そう言ってもらえると、少しは救われるよ」
「なあ弁一。機巧人形が生物を傷つけられないプログラムの例外を設ける事。あれは龍彦さんの要望だったのか?」
「そうだね。龍彦氏は、いずれ西園寺医院は海外進出する事を考えていると言っていた。発展途上国に病院を建てた際、ネズミや大型動物の被害を考えれば例外的に駆除できるようにして欲しいと言われたんだ」
「多分、その時点でエミリア達の開発を視野に入れていたんだろうな。体重の件だって龍彦さんの要望だったとキャシーさんが言ってたし、龍彦さんははなから自分の死後、閑奈ちゃんを守るために機巧人形の制作を依頼したのかもしれない」
「そうなのかな。僕は純粋に看護用として機巧人形を頼んで、その過程で思いついただけだと思ってるよ」
「その可能性は否定しないが……」
自分を騙した相手を悪意的に捉えることができれば弁一の罪悪感をやわらげられると思ったが、弁一はこういう奴だった。
他人の悪意を感じられないわけではない。
けれどそれで誰かを憎む事も恨む事もできない男。すなわち、誰かに悪意を向けることができない。それが私の愛すべき親友である。それ故に、自罰的になりやすい危うさも備えている。
弁一の罪悪感を払拭する事もまた、事件解決に必要な事なのだろう。それには時間が必要なのかもしれない。
「なあ弁一。エミリアは頑なに――偏執的に閑奈ちゃんを守る事に拘っていたんだが、それは龍彦さんにプログラムされた行動で、絶対に反抗する事ができないものだったりするのか?」
話題転換のように疑問を投げかけると、腕組みをして首を傾げた。
「霜二。指令のプログラムを書き込むことはできないよ。機巧人形のプログラムは僕以外に書き換えることはほぼ不可能と言ってもいい」
「そういえばアリスも似たような事を言っていたな」
そうなると、あれは龍彦さんのプログラムによって強制されたものではなく、エミリアの意思という事なのだろうか。
「まあ、プログラムを書き換えたんじゃなくて、パペティアーによる指令だったんだろうね」
「パペティアー? なんだそれ」
私が聞き返すと、弁一は目を開いて驚きを顕にする。
「あれ、アリスはそれについて説明しなかったのかい?」
「ああ、聞いてないな」
そもそもアリスは必要にならない限り、特に説明しない。まあ知っていることを仔細漏らさず全部話せというのも土台無理な話なので、私が自分で必要性に気づくしか無いのだから仕方ないのだが。
「ロボット工学三原則じゃないけれど、機巧人形はパペティアー登録……要するに自分の主人を登録する事ができる。そして、パペティアーの命令は絶対に聞かなければいけない」
「ああ、だから
「……ああ。医療の現場は戦争だと言っただろう? 戦争には司令官が必要だ。勝手な自己判断をされる事なく、忠実に命令を実行してもらわないと全体を把握できない。だからこれは必要な機能だ――それが、龍彦氏の主張だった」
沈鬱そうに目を伏せる。
恐らく、龍彦さんは閑奈を守る命令を絶対に実行させるために、弁一にこの機能を要望したのだろう。
「正直、これだけは僕は最後まで反対したんだ。この機能は機巧人形達の……モモ達の意志を奪うと言っても過言じゃない。でも、医療の現場を見てきた龍彦氏の言いたいこともわかる。だから、この機能を搭載した」
「じゃあ、モモさんは……」
「ああ。パペティアー登録の機能はあるけれど、誰も登録されていない。彼女の意思は自由だ。ちなみに、アリスもだよ」
道理でアリスはちょいちょい私に反抗的なわけである。
「霜二、アリスのパペティアー登録を君にするかい?」
「いや、必要ない。探偵は身内も親友も、自分の助手も疑わなければいけない。それは探偵助手も同じだ。探偵助手は探偵を疑わないといけない。だから、探偵に従うだけじゃ探偵助手としてダメなんだ」
「なるほど。霜二らしいね」
どこか私の心の内を見透かすような弁一の視線にバツが悪くなり、ポケットから煙草を取り出して火を点ける。
「つまりエミリア達は龍彦さんをパペティアー登録して、その命令に従うしかなかったのか」
「だろうね。そして日本人形達はエミリアをパペティアー登録していたんだと思うよ。看護師長の機巧人形が看護師の機巧人形に指示できるようにするために、機巧人形を対象に登録することも可能だからね」
「ああ、そういう事か」
道理で日本人形達がエミリアの指示に従い、自爆などという行為を躊躇いなく行えたのだろう。
だが私は、自爆を命じられた日本人形達の事を思うと、どうしても問いかけざるをえない。
なあエミリアよ。
龍彦さんの命令に従わざるを得なかったお前が、自爆という残酷な命令を下すのは、どんな気持ちだったのだ、と。
煙草から立ち上る紫煙を見上げながら、エミリアの心情に思いを馳せる。
あるいはその命令自体も、閑奈を守るという命令によって下さざるを得なかったのだろうか。
もはやエミリアの意思は、存在しなかったのだろうか。
「なあ弁一」
「ん?」
「AIの意思ってなんなんだろうな」
私は海円さんから聞かされた、中国語の部屋の話を弁一に聞かせる。
「なるほど。哲学的パラドックスから悟りに迫るか。僕は仏教には疎いけれど、面白いお坊さんだね」
「まったくな。愉快な坊さんだった」
出会った時は生草坊主のような言動していると思いきや、パラドックスの話で機巧人形の思考を例え、その上でキャシーさんに説法をし、場の空気が不穏になると鶴の一声で諌める。そして私が犯人であると推理した時の鋭い眼光。なかなか味わい深く、奥の深い僧侶であった。
できる事ならば私はあの僧侶と、また会いたいと思っている。
「で、AIの思考というのは、そこに意志があるのか? それとも見せかけ上のものなののか?」
「うーん。AIの意志の有無について語るなら、そもそも意志とは何かという定義をしないといけない」
「定義? そんなの、こうやって俺達が自分で思考する事が意志じゃないのか?」
我思う故に我有り。この世を観測している自分の意識は確かに存在している。
「それでもいいけれど、じゃあ意志とイコールで繋がっている思考とは何かって話になる」
「それは……自分の考えを持つことだ」
「そう。それなららば意志とは考えだ。ところで霜二。君は思考――心の中で何かを考える時、言葉を使っているんじゃないかい?」
「それはそうだろう。俺に限らずみんなそうしていると思うぞ」
だから一人称形式の地の文が存在するのだろう。
「それじゃあ、もし言葉を知らない人間がいれば、その人は考えを持つ事ができないのかい?」
難しい問いかけである。
言葉を知らない人間といえば赤ん坊だろうか。赤ん坊が何を考えているのかわからない……いや、弁一の問いかけが正しいと仮定した場合、言葉を知らないから何も考えていないのだろうか。だが。
「俺は違うと思う」
「へえ。どうしてだい?」
「その場合だと、そもそも言葉を習得するという考え自体がない事になる。けれど赤ん坊はしっかりと言葉を習得できるだろう? 思考がある証拠だ」
「そうだね。僕も同じ考えだ。そもそも、言葉という概念自体が存在しない状況から、コミュニケーションをとろうという思考によって言葉が生まれたんだからね。思考自体に言葉は必要ない。林檎を見て美味しそうだなと思った時、心の中で「あの林檎は美味しそうである」なんてわざわざ呟くのは小説の地の文くらいだろう」
「結局のところ、何が言いたいんだ?」
「焦らないで欲しい。探偵の推理だって、筋道を立てて説明しないといけないだろう?」
何も言い返せなくて私は沈黙する。
「どうぞ、七崎さん」
「ああ、ありがとう」
丁度モモさんが珈琲を淹れてくれたので、私はありがたく受け取った。
私と弁一はしばし珈琲を飲んでその香りと味を堪能する。そして弁一が説明を再開する。
「それで、思考に言葉は必要ないという話だ。それなのに僕たちは思考する時に言葉を用いる。なぜかといえば単純だ。言葉にした方が考えを纏めやすい」
「まあ、そうだな。言葉にした方が筋道を立てて思考する事ができるし、複雑な思考もできる」
「その通り。僕たちは利便性から自分の中の思考を言葉という形でまとめている。そして言葉で纏められたものを意志という形だと自認している――さて、ここで機巧人形達だ。確かに彼女達はプログラム通りに行動している。モモはさっき僕に頼まれて珈琲を淹れた。お湯を温めて豆を挽き、珈琲を抽出してカップに注ぎ、僕たちの元に運ぶという、学習したプログラムによる一連の行動だ。けれど、もしかしたらそれらの行動はモモの中では『私は高野博士に頼まれて珈琲を淹れる。使い古したケトルのスイッチを入れてお湯を温め、豆を挽く。手動で豆を挽くのは手間だから電動ミルが欲しいけれど、博士は頑なに手動に拘る。最新鋭の機械を作っている癖にここだけ懐古主義なのは私には理解し難い。ポットの上にドリッパーを置いてフィルターをセットし、挽いたばかりの粉を投入する。挽いたばかりの珈琲の粉の香りが私は好きだった。ケトルのお湯が沸くまで挽きたての粉の香りを吸い込む短い時間。それが私の至福の時だ。ケトルがお湯が沸いた事を告げる。私はケトルを手に取り、ドリッパーに注ぐ。円を描きながら中心に向かうように。そして中心にきたら外側に向かうように。慎重に、丁寧に。お湯の注ぎ方が珈琲の味を決めると言っても過言ではない。立ち昇る湯気のせいで眼鏡が曇ってしまったので、私は眼鏡を外して胸ポケットにしまう。そもそも機巧人形である私には眼鏡は必要ないというのに、博士は頑なに私に眼鏡をかけるように言う。なんでも研究所の助手には眼鏡が必須との事らしい。まあ要するに博士の趣味だ。辟易する。二人分の珈琲を淹れ終わったので、カップに注いで博士と探偵さんの元へと持っていく「どうぞ、七崎さん」「ああ、ありがとう」探偵さんは会釈してカップを受け取る。初めて会った時は冴えない顔をした貧乏臭い探偵だと思ったけれど、話を聞く限りアリスと一緒にしっかりと事件を解決したらしい。人は見かけによらないものだ』みたいに言葉という形を与えて思考という行動をしているかもしれない」
「とりあえずお前の想像力には脱帽するよ」
誰が冴えない顔をした貧乏臭い探偵だ。
「博士、勝手に人の心の中を想像しないでください」
抗議するモモさんに私は質問を投げかける。
「なあモモさん。実際のところ弁一の言っている事は当たっているのか?」
「眼鏡のくだりだけ」
そう言って肩をすくめ、イタズラっぽく笑った。
「必要性だけを求めれば髪の毛すら必要なくなる。ビジュアルとは非必要性という事だよ。そして僕はビジュアル面に拘りたいから必要性は気にしない」
「なるほどな」
私はモモさんの大きな胸を見る。これも弁一の趣味なのだろう。
「話が逸れたが、要するに機巧人形はプログラム通りの行動をする際に言葉で自らの行動を纏めているかもしれないし、それは思考、果ては意志と呼べるものかもしれない。という事か」
「流石は探偵だね。話を纏めるのが上手い」
「お前は話を作るのが上手かったな」
珈琲を淹れたモモさんに対してあそこまで想像を働かせるのは脱帽である。
あるいは、こいつは日々そんな事を考えているのかもしれない。
アリスはどうなのだろうか。想像してみようかと思ったが、「ワタシは」まで考えてそこから先が続かなかった。どうやら私には弁一のような想像力は無いらしい。昔から作文は苦手だったのだ。
「けれど、それはお前の想像だろう? 本当に機巧人形達がそうやって思考しているかはわからないぞ」
「そりゃそうさ。けれど機巧人形に限らず他者に思考があるかどうかはわからない。それこそ――」
哲学的ゾンビさ。
そう言って弁一は珈琲を飲む。
「まあ、わからない事は無理に考える必要はないんじゃないかな」
「科学者ならその辺は追求するところじゃないのか?」
わからない事を追求する。それは科学者も探偵も同じでは無いのか。
「意思の有無の区別はつかないからね。区別がつかなければ証明は不可能だよ。そんなところまで考え出したらキリがない。探偵だって推理の結果導き出された犯人の裏に、実は真犯人がいたりとか考えたらキリがないだろう? 犯人を特定した手掛かりが実は全て真犯人によって用意されたものだったりとか、実は真犯人による想像もつかないトリックがあったりとか」
「確かにお前の言う通りだよ。まさか後期クイーン問題まで持ち出してくるとはなあ」
後期クイーン問題とは、今弁一が述べたような内容であり、探偵の推理の不完全性を指摘するものである。
あるいは海円さんのような僧侶達は、そこまで考え、疑い続けるのかもしれない。その先に悟りがあるのか、それともその追求姿勢こそが悟りなのか。
その結果こそが、唯識。疑う自分の意思しかない世界なのか。
「そうなると、パペティアーによって強制されるのはどんな気分なんだろうな」
弁一は酷く苦しそうな、或いは悔しそうな顔をする。
「言語化した自分の行動に対して、強制化された行動を割り込まれるわけだからね。別の言葉が添えられるという事なんじゃないかな。例えていうなら、一人称小説を他人によって勝手に書き換えられるか、あるいは一人称小説の中にもう一人の一人称が紛れ込むか」
「それは……」
想像するだに怖気が走る。
まるで、自分の中に別の人格がいるようなものではないか。しかも、そいつの命令は絶対なのだ。
「きっと気持ちのいいものじゃないな」
「そうだね。だから僕はこの機能が好きじゃない」
そう呟いて珈琲を飲み干すと、ちょうどパソコンから音が鳴った。
「お、完了したみたいだね」
弁一がデスクに向き直りキーボードを操作すると、あの日と同じように箱が開いた。
そして棺桶から蘇るゾンビの如く、箱の中からアリスが立ち上がる。
すっかり元通りになったアリスの姿に、私の中に歓喜の感情が湧き上がる。
目に眩しい金色の髪。金色の幾何学模様が刻まれた青い瞳。球体関節の手足と胴体。
「アリス、元に戻って良かったな」
「元に戻り過ぎデス。どうして前と同じ型の身体なんデスカ」
そして以前と同じ、ちんちくりんボディ。
「もっとセクシーな身体が欲しかったデス」
「急いで直したからね。すでに設計してあった君の身体を作り直した方が手っ取り早かったんだよ」
「むー」
「モモ。アリスに服を用意してあげて」
まるであの日の焼き増しのように、モモさんが用意した服をアリスが着る。以前と違うのはブラウスがショルダーカットなので、肩の球体関節が露出している事だろうか。
「さて、アリスも元通りになったし、事件解決を祝して一杯やるか」
本心を言えば、今回の事件は目を覆いたくなるような大惨事であり、それを防げなかったので事件の円満解決とは呼びたくないが、自らの発明が人に手をかけてしまった親友の気を紛らわせるために、酒の力を借りるのも悪くないだろう。
それに、酒を飲んでをエミリアを悼むのも悪くないだろう。
喉の乾きで目が覚めた。おそらくは酒の飲み過ぎだろう。
病室の窓は鉄板で塞がれているため、時間がわからない。スマホを手に取ると、夜中の三時だった。
病室を出て廊下を歩く。夜中の廃病院を徘徊していると思うと、ぞっとしないシチュエーションである。
水を求めて厨房に向かう途中で、ロビーの椅子に座るアリスを発見した。
一見すると椅子に鎮座するフランス人形のようだが、青い瞳をぐるぐると回転させており、めちゃくちゃ不気味である。
このまま何も見なかった事にして通り過ぎようと思ったが、「ソウジさん」と声をかけられたので、無視するわけにもいかなくなる。
「何してるんだ、アリス」
「ネットサーフィンをしてマシタ。カイエンさんの言っていた作品を調べていたんデス」
そういえば目をぐるぐる回すのは検索時の動作だった。弁一とは機巧人形のビジュアル面について小一時間語らなければいけないだろう。
「ソウジさん」
「ん?」
アリスはどこか悲しそうな瞳で、私を見つめてきた。
「今回の事件で、ワタシは探偵助手として役目を果たせマシタカ?」
「どういう事だ? 俺の見たかぎり、夜間の監視に現場検証、検視、毒物の解析、記録の撮影と八面六臂の大活躍だったじゃないか」
「けれど、それらの情報は推理にほとんど役に立ちませんデシタ」
言われてみればそうである。
今回の事件は特殊すぎた。人形が犯人であるが故に、全くと言っていいほど痕跡が残らなかったのだ。私も舌を巻くほどの機能を搭載しておきながらそのほとんどを役立てなかった事が、アリスの自信に傷をつけたらしい。
「ワタシは探偵助手として未熟なのでショウカ?」
泣きそうな目で問いかけてくるアリスの隣に私は腰を下ろす。
「今回の事件が特殊すぎるだけだ。普通の事件ならお前の機能はもっともっと活躍するはずだ。それに、探偵助手の仕事はデータを集める事だけじゃない」
「と、いいマスト?」
「現場のデータを集める事なら鑑識や警察十分だ。だけどアリス、お前は鑑識機巧人形でも警察機巧人形でもない。探偵助手機巧人形だ」
「……」
「今回の事件は機巧人形の知識の有無を別にしても、俺一人では解決できなかっただろう。例えば俺は子供の扱いが苦手だ。だからお前が閑奈ちゃんと仲良くなってくれたのは助かったし、俺の動画を閑奈ちゃんに観せたと聞いた時は余計な事をしたとか思ったが、そのおかげで閑奈ちゃんは俺にも多少なりとも心開いてくれるようになった。俺にできなかった事を補ってくれたんだ」
なあアリス、と隣に座る助手に語りかける。
「お前が探偵助手として未熟なら、俺だって探偵として未熟だ。事件解決ができそうになければ、心が折れかける事もある」
現に私は今回の事件で自信を失い、自虐的になっていたところを、海円さんに励まされてようやく立ち直ったのだ。
「だから、そんな時はお前がそばにいてくれると心強い。なぜなら、せめて探偵助手の前でくらいは、探偵はめげないようカッコつけなきゃいかんからな」
我ながら情けない述懐だが、実際のところ、いつも一人で事件に挑んでいた私にとって、今回、アリスがいつも隣にいてくれた事は、本当に心強かった事は確かである。
「確かにソウジさんはカッコつけたがり屋デスネ。機能性の悪そうなコートとナップザックも、紙煙草もボロボロの車も、くたびれた探偵の野趣を演出しているしているんデスカ?」
「黙れ小娘」
本当に金が無いのだ。
野趣ではなく粗野、或いは質素なのである。
アリスは私の言葉を噛んで含めるように、頷く。
「なるほど。よくわかりマシタ。つまり、ソウジさんにはワタシが必要という事なんデスネ」
「まあ、平たく言えばそういう事だ」
だから。
これからもよろしく頼む、相棒。
私は心の中でそう呟いた。
人形屋敷の殺人 探偵助手機巧人形アリス・パペット 九条英時 @jackola040
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