第64話 底辺配信者さんの隠密行動
「……て、宝物庫からさらに城の中へと忍び込むには、宝物庫の扉を開けないといけないわけですけれど……」
大切なものを保管する場合、人は大抵その保管場所を施錠して他人の手が触れないようにするものだ。
「宝物庫の鍵ってどうやったら開けられますかね……」
エモリスは目の前にそびえる鋼鉄の扉を前に腕を組む。
扉に施された装飾は王国の歴史を表したものらしく、美しいが厳めしい。
そして、押しても引いてもびくともしない。
『プラスチック爆弾スライムを貼り付けて爆破してみて』
『まだフラグ立ってないから開かないよ』
『宝物庫の中で鍵を探すんだ』
『ここはレベルが上がって、冒険の最後の方にもう一度立ち寄ると開いてる。また後で来る場所』
『今はシナリオの関係上、通行できないね』
リスナー達が適当なことを指示しだす。
エモリスは扉を注意深く見まわした。
それで気付くが、そもそも扉には鍵穴すら見当たらない。
「……これ、開かないんじゃ……?」
『王城の宝物庫の扉なら魔法の扉かもな』
『開錠の呪文を唱えると開く』
『えっ……なことしないと出られない宝物庫だよ』
『なにか仕掛けがあるのは確実』
「……ここまで来て、リサさんに会えずに終わるなんて……」
エモリスは肩を落とす。
『エモやんなら魔法(物理)でなんとかなるやろ』
『いまのところもういちどちかずいて』
『扉の横の壁ぶっ壊せば?』
『↑あっという間に衛兵が集まってくるぞ』
『あけかたわかったかも』
「魔法の扉だとしたら……合言葉とかが必要なんでしょうか?」
『これこだいいせきでみたことある』
『開けゴマとか唱えると開くよな』
『満月の夜にしか開かないとか決まった時期じゃないと開かないタイプの魔法の扉もある』
『エモリスちゃん、コメント見て』
『さっきのところもういちどちかずいてみせて』
『開け方知ってる有識者おるぞ』
『誤字ニキ』
エモリスもきずいた。
「え? 扉に近付いて……皆さんに見えるように映せばいいんですか?」
と、冒険者カードを宝物庫の扉に向けて近づける。
さらに配信画面をズームさせた。
『扉しか映ってない』
『ちかずきすぎ』
『今から配信見始めた人なんだかわからんくなるぞ』
『うえをうつして』
「ええっと、こうですか?」
エモリスはリスナーからのコメントに従い、上に向かって配信画面をずらした。
『わかった』
『↑何者なんだよ』
『さぞや名のある盗賊?』
『これはすいっちであけしめするたいぷのとびら』
「スイッチ、ですか? でも、スイッチなんて扉のどこにも見当たらない……」
『きっとおうぞくしかしらないかくしばしょにすいっちがある』
『魔法で遠隔操作できる扉?』
『これワザップじゃないの?』
『そんなの見ただけでわかるのかよ』
エモリスは勢い込んで尋ねる。
「じゃ、じゃあ、そのスイッチの場所は……!?」
『わからないさがして』
『そこまではわからんかー』
『スイッチの隠し場所がわからなければ結局開けらんないじゃん』
『詰んだ』
『よし帰ろう』
エモリスは大きく息を吸い込んだ。
そして、気合を入れるようにふんすっと拳を握る。
「……ありがとうございます! あとはスイッチさえ見つければいいんですよね? それならやれそうです……!」
『宝物庫の中を虱潰しに探すか』
『見つかったら起こして』
『いや、エモリスちゃん盗賊でもないのに隠しスイッチ見つけるの至難の業やろ』
『詰んだ』
『あーあ』
コメント欄の嘆きをよそに、エモリスは扉周辺の壁やら床やらを、ぎこちない手つきで手探りし始める。
盗賊の仕草を見様見真似で試みていた。
そして、当然、なんにもわからない。
「す、少なくとも、扉の近くにはないことがわかりました……と、思います……」
『頑張って』
『探し場所をひとつひとつ潰していこう』
『無理だって』
と、エモリスの足元をキララがのそのそ歩いていく。
それまでエモリスの背後でぐだぐだしていたのに、なにを思ったのかエモリスの前に出てきていた。
「? どうかしたの、キララ?」
キララはエモリスの問いに何の反応も示さない。
ただ、エモリスの目の前でゴロンと寝転がっただけだ。
そこは、エモリスが先ほど手探りしたはずの床の上。
と、カチリと小さな音がした。
そして、すぐに宝物庫の扉がすっと滑らかに開く。
「あ、開いた……」
『ないすぅ』
『ちょっとーしっかりして』
『あるやないか』
『偶然ネコちゃんがそこに寝っ転がらなかったら一生扉開けられんかったぞ』
キララは寝っ転がったまま、エモリスをつまらなそうに見あげてきた。
なにか言うことないんか? と言わんばかりのふてぶてしさ。
「あ、ありがとうね、キララ! これでリサさんを探しに行けるよ」
エモリスは気を取り直し、ネコに礼を言う。
◆
巡回する衛兵達や城勤めの官吏、使用人の目を盗んで城の中を進むエモリス。
城内は慌ただしかった。
「……急にいらっしゃるなんて……」
「……こちらは何の用意も……」
深刻な顔をして通り過ぎていく使用人達を、エモリスは廊下に飾られた高価そうな壺の影に隠れてやり過ごした。
「……なにか想定外のトラブルでも起きてるんでしょうか?」
エモリスは壺の影で首を捻る。
「……謁見の間に陛下も臨席して……」
「……未来の花嫁に会いに来たと言ってるが本当の目的は……」
書類の束を抱えた官吏が話しているのも聞こえてくる。
「……謁見の間に向かえ。皇子殿下になにかあったら……」
「……出汁に使われて姫様も災難なことで……」
真っ白い鎧を着こんだ騎士が衛兵達に指図している。
『謁見の間に高貴な客が来てるっぽいね』
『皇子ってことは帝国の皇子か』
『姫に会いに来たんだろうな』
「姫、つまりリサさんですね! 謁見の間にいるんでしょうか」
エモリスは気もそぞろに隠れ場所から首を伸ばす。謁見の間がどちらにあるのか確かめるように。
『やめろやめろ』
『人が集まってる。不審者は捕まるぞ』
と、キララがまたものそのそと歩き出した。
エモリスの先に立ち、振り返る。
にゃーん、と小さく一鳴き。
「……ついてこいって言ってるの?」
エモリスの言葉に、キララは尻尾を振る。
だが、キララはそれ以降、振り返りもしない。
「あ、ダメだよ、勝手に行っちゃ……待って」
エモリスは置いていかれないようにその後を追った。
そうして、廊下をしばらく右に左に曲がりながら、ついに城内の一室へと入り込む。
その間、不思議なほど人と出くわすことはなかった。まるで計ったかのようなタイミングで人影が絶えるのだ。
衣裳部屋らしいその小部屋は多くの服が吊るされ、薄暗い。
物陰も多く、人が潜むには丁度良い場所だ。
その小部屋の中で、キララは壁際に丸くなる。
「ちょっとキララ……こんなところで寝ちゃダメだって、ば……?」
エモリスはそこで気付いた。
薄暗い室内にどこからか光が差し込んでいる。
光の元を探してみれば、どうやらそれは壁に開いている穴から漏れ出しているようだ。
どうやら、のぞき穴のようになっているらしい。
「なんでこんなところに穴が……?」
エモリスが呟くのと、その穴の先から声が漏れてくるのはほとんど同時だった。
「……スライムなんか全部駆除したったらええねん……」
エモリスの顔色が一気に変わる。
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