第65話 底辺配信者さん、盗み聞く
スライム滅すべし。
そのような不穏な言葉を耳にし、エモリスの頭に血が上る。
そんなふてぇこと抜かすのはどの口だべらぼうめ、と言わんばかりの形相で声の主を探ろうとした。
キララの後について入り込んだこの小部屋ののぞき穴に目を近づける。
と、のぞき穴の先に若い男が見えた。
背が高く、鍛えられた体格の持ち主だ。
だが、一番目を惹くのはその眼光。
鋭く冷たい青い瞳だった。
その若者の薄い唇が皮肉を吐き出すために歪む。
「まったく姫さんの優しさは、わいら凡人には難しゅうてかなわんなあ」
「これは優しさとかじゃなくて……優しさではございません」
いいかけて途中、口調を改めたその声は、
「リサさんだ……」
エモリスは小声で呟いた。
『なんやなんや誰?誰?』
『王国の姫様だろ?』
『姫様と喋ってるのは誰よ?』
リスナー達も気持ち小声でコメントしてくる。
エモリスはのぞき穴の向こう側を見透かすように目を細めた。
しかし、のぞき穴の場所が悪いのか、見えるのは鋭く冷たい目をした若者のみ。
『おれらにもみせてよ』
『しかしなんでここ、のぞき穴なんかあるんだ?』
再び、若者が喋り出す。
「ていうかやな。そもそもなんでスライムだけやねん? スライムだろうとなんだろうとダンジョンなんて穴倉の中に住んでんのはモンスターやろ。全部駆除したったらええねん」
「我が国のあのダンジョンには希少なぷにょちゃ……スライムが自生しているのです」
リサの声が聞こえてくる。きりっとした口調だ。
「多種多様なスライムが独自に繁殖しています。私もこのことは最近たまたま知りました。……とある友人から教えてもらったのです」
「だからなに? スライムを保護するいうて、うちとこの申し出を断るとかわけわからんのやけど」
『王国の姫に文句つけてるこいつこそなに?』
『この友人ってエモリスちゃんのことだよな?』
『こんな声が聞こえるほど近くにいるのか』
『歴史ある王国の城ともなると隠し部屋や意図不明な通路が作られてることが多いんだよ』
「ダンジョン内にいるぷにょちゃんは人間にも有用な能力を持っているのです。ヴィジョナ―ぷにょちゃんは人の未来を指し示してくれますし、ギャルぷにょちゃんは人類に有益なミルクを絞り出してくれます」
「ぷにょちゃん?」
「失礼、スライムです」
『有益なミルク』
『姫様、影響されてる』
『そういう謎スペースって、いざって時の逃げ道や兵を伏せて騙し討ちするのに便利だからね』
『エモリスちゃん、そんな部屋の1つに迷い込んだんか』
コメント欄の内容に、へー、と思いつつ、エモリスは聞き耳を立てる。
リサが喋り続けていた。
「……そんなスライムを今後のためにも保護する。それにはダンジョン内の環境を維持する必要があります。今のダンジョン内は多種多様なスライム達が存在できる生態系が成り立っていますから、それを損なうのは慎まねばなりません」
『へー』
『たしかに』
『姫様はダンジョン環境保護活動家なんか』
『その生態系の中には冒険者も含まれる(養分)』
エモリスはリサの言葉に大きく頷いていた。
「……ぷにょちゃん達のために……! そこまで考えてくれていたんですね……! さすがリサさん……そうです、わたし達がぷにょちゃん達を護らねば……!」
と、壁の向こうからきっぱりとしたリサの声が響く。
「ですから、皇子の仰るようなダンジョン内の整備計画はその環境を破壊し、スライム達のみならずダンジョン内の生態系全体に悪影響をもたらすでしょう。お申し出はありがたいのですが、帝国軍を用いたそのような計画はご遠慮願います」
「整備計画ちゃうわ。モンスター討伐や」
若者が言い返す。
と、リスナー達の中に察した者が出始めた。
『あ』
『もしかしてこいつ』
『皇子いうてたぞ』
「ええか? あんたんとこのダンジョンは今や金の生る木やねん。そこに巣を作っとるモンスター共なんぞ全部駆除して、人間様が使い易うせなあかん。異世界との交流をする前にダンジョン内でくたばってもうたら泣くに泣けんやろ? やから、ダンジョン内の化け物どもを全部ぶち殺して、道も真っ新に敷いてやらなあかん」
「そのためにスライム達を犠牲にしてもいい、と?」
「当たり前やろ、スライムなんざただのザコモンスターやぞ。そんなんよりダンジョン内を快適にすることの方がずっと大切や。このままやったら宝の持ち腐れになるで」
「……お引き取りください。我が国のダンジョンに帝国軍を招き入れることはありません」
「姫さん、勘違いしとるな? この国にあるダンジョンは、もうあんたらが自由にできるもんとちゃうねん。姫さん、あんたを嫁にするわし、アルケイド・ヴォルガーンのもんやねん」
『やっぱり!』
『いや、だれ?』
『アルケイド皇子……』
『姫と婚約したとかいう帝国の第2皇子じゃん』
「この人がリサさんの結婚相手……?」
エモリスはのぞき穴の先で不敵な笑みを浮かべる若者──ヴォルガーン帝国第2皇子アルケイドを見ながら呟いた。
と、そこへしわがれた低い声が加わる。
「殿下のダンジョンではございません。我が国のダンジョンでございます」
「ふん? なんや、キングスガードやったっけ? 爺さん? ええと、確かキングスガード筆頭のイゴール?」
「セバスチアンと申す」
「せやんな? 知ってた知ってた。で、バっつぁん、よう考えてくれや」
「バっつぁん……?」
「姫さんがわしの嫁になれば、この国のもんはうちとこのもんも同じや。身内になるんやからな。帝国のもんはわしのもん。将来、わしのもんになるっちゅーことはもう今からわしのもんとおんなじやろ? わしかてダンジョンをこれからどないするか、いっしょけんめい考えてんねん。口出させてもらうで」
そう言いながら、アルケイド皇子はふと眉を顰め、エモリスの方へ鋭い視線を投げかけてきたように見えた。
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