第61話 底辺配信者さんの小さな親切

 イケメンスライムとアティアグの死闘の後。

 イケメンスライムの覚悟と男気に感極まったエモリスは、リスナー達に向けてぷにょちゃん配信の意義をまだ力説していた。


「……こういう、知られざるぷにょちゃん達の生き様を全世界のみなさんに知ってもらえれば……ぷにょちゃんに興味を持つ人が1人でも多くなれば、世界はもっと住みやすい場所になる。わたしはそう信じています……!」


『そうだったのか!』

『うおおおおお!』

『蒼き清浄なる世界を……!』

『いや別に世界は変わらんやろ』

『エモやん、そこ! そこ見て!』

『あ』

『なんかあるぞ』


 リスナー達のコメントに構わず、エモリスは可愛くアピール。


「みなさんがぷにょちゃんのこと好きになってくれれば、ぷにょちゃん好き好き仲間が増えてぷにょちゃん関連商品とか薄い本とかぷにょちゃんコミュニティとかが増えてわたしが住みやすくなるんです! だからよろしくお願いしまーす♪」


『スライムの薄い本ってバチくそエッチやんけ!』

『女の子アドチューバ―が言っていいことなの!?』

『スライムのこと真面目に研究した同人誌とかのことだろ知らんけど』

『スライム×ゴブリンとか』

『↑はああああ!?ゴブ×スラだろぉぉぉぉ!?』

『いや、そこ見ろって。はなしきけよ』

『エモリスちゃん、アティアグのところアイテムドロップしてる』


「? なんですか?」


 エモリスはようやく指示コメントに気付いて、ひっくり返っているアティアグの死骸に目を向ける。

 その気配で、アティアグに集っていた大ネズミ達がぱっと一目散に逃げだした。

 と、アティアグのぐずぐずに溶けた腹の辺りに、確かに何か光るものがある。


「これって……」


 エモリスは肉塊に手を突っ込んでそれを拾い上げた。

 それは星座の図柄が描かれた、


「……金貨、ですね」


『躊躇なくアティアグのグロ死体に触れるエモリスちゃんぱねーな』

『やっぱ冒険者はちがうね』

『あれ? それって』

『七星金貨! 七星金貨じゃないかワレ!』


 リスナーからの指摘に、エモリスは目を丸くする。


「え? これがあの子の言っていた七星金貨なんですか?」


 エモリスは地下下水道内で出会った白っぽい少女のことを思い出していた。

 神様のお告げでここに大切な金貨を投げ入れ、その金貨が仲間を連れて帰ってくるのを待っていると言っていた少女。

 エモリスはしげしげと金貨を見つめる。裏や表を確認。


「へぇ~、これが……。確かに、こんな金貨は見たことないですね。さすが世界に7枚しかない金貨……」


『わいも初めて見たわ』

『くわしいな。よくこれが七星金貨だなんてわかったもんだ』

『リスナーの中に金貨ガチ勢がいる』

『両替商かな』

『金貨の名前とか含まれてる金の割合とか何年何月からどこの国で使われてるとか超早口で語りそう』


「でも、どうしてアティアグのお腹の中に七星金貨が……?」


『下水の中に投げ入れられた金貨を偶然食べちゃったとか』

『なんでも食うらしいからな』

『それ持ってると金運がめっちゃ上がるらしいで!』

『これでお金には困らなくなるね』

『ください』


 エモリスは、よかった~、と一息ついて、


「これで、あの子もようやく大切な金貨と再会できますね。早く渡してあげないと」


『え』

『返すの?』

『もったいない』

『まあ、元はあの子のものだしな』


 と、それまでどこにいたのか。

 のそり、とエモリスの後ろから姿を現したデブ……いや、丸い猫がいる。

 キララだ。

 その口にはネズミが咥えられている。

 そして、さあこれでも食え、とばかりにエモリスの前にそれを横たえた。


「え、キララ? どうしたんですか? くれるの?」


『もらっても困るやつ』

『褒めてあげて』

『ん?』

『あれ? それってもしかして』


 コメントに言われるまでもない。

 エモリスも気付いた。


「あれ? このネズミのお腹にも金貨が……同じだ」


 そう言って、裂かれたネズミの腹から光るものを拾い上げる。

 それは星座の描かれた金貨──七星金貨だ。


『えええ?』

『なんでもう1枚、しかもネズミの腹の中から?』

『地下下水道に投げ込まれたやつを偶然食べちゃったのか?』

『どっちかがあのゴーストの投げ入れた七星金貨ってことだな』

『いや、どっちも違う可能性だってある』

『ラッキーじゃん! 少なくとも1枚は手に入る!』

『ください』


 エモリスは屈みこんで、キララに手を伸ばした。


「ありがとう、キララ! よく見つけてくれたね! えらいえらい」


 と、キララを撫でようとする。が、キララは、ふん、とばかりにそっぽを向き決して撫でさせようとしない。

 エモリスの手は空を切り、手持無沙汰。


「あはは、照れちゃって」


 エモリスは肩を竦めると、立ち上がった。


「……じゃあ、あの子のところに戻るとしますか」


  ◆


「ああ……! やっぱり戻ってきてくれた……! 私の愛しいお金が……!」


 地下下水道内に佇む白っぽい服装の少女は声を震わす。

 エモリスから、これあなたの? と七星金貨を見せられた途端に生気も戻ったようだ。

 金貨を受け取り、胸の前でぎゅっと握りしめた。

 エモリスもほっとする。


「よかった! やっぱりあなたの七星金貨だったんですね」

「はい……! 見間違えるはずもありません。私とこの子は長い間ずっと一緒だったんですから。一目見ればすぐわかります……! つれてきてくれて本当にありがとうございました」

「いえいえ。本当に、こっちのネズミのお腹から出てきた七星金貨と今渡した七星金貨と、どちらがあなたのものか、すぐにわかってよかった」

「……ん?」

「はい?」


 エモリスが取り出したもう1枚の七星金貨を前に白っぽい少女が首を傾げ、エモリスも真似をして首を傾げてみせた。


『わかってへんやないか』

『そもそも本当に七星金貨投げ入れたのかこのゴースト?』

『七星金貨がこのゴーストの物だっていう証拠はあるの?名前が書いてあるわけでもあるまいし』


 白っぽい少女は首を振った。


「私が愛するお金を判別できないわけないでしょう。簡単です。ジューシーな方の七星金貨が私とずっと過ごしてきた七星金貨です。……そちらはスパイシーな七星金貨なので違います」

「わあ、すごい! さすがですね!」


『わがんない』

『なにいってんだこいつ』

『金貨の見分け方ってそうなんだ』

『偽造金貨とかファンシーだからすぐわかるぞ』

『はえーやっぱプロやな』


 白っぽい少女はエモリスに向き直る。


「……それで、この子は今までどこを旅してどこにいたのですか?」

「ええと、よくはわかりませんけど、最近はアティアグのお腹の中にいたみたいですね」

「そう、だったのですか……」


『なんでも食べるアティアグでも金貨は消化できなかったみたいだな』

『金貨って消化に悪いんだ』

『食ったことねえからわからん』


 と、エモリスは手にしていたスパイシーな方の七星金貨を白っぽい少女に差し出す。


「……? これは……?」

「きっとこの子はジューシーな七星金貨と仲間になるためにここに来たんだと思います」

「え……」

「これで七星金貨も寂しくなくなるでしょう?」

「いただけるのですか……?」


『は?』

『いやなんでそうなる』

『あげる必要なくない?』

『もったいねー』

『あげるくらいならください』


 エモリスからもう1枚の七星金貨を受け取った白っぽい少女は、目を潤ませていた。


「遂に……! 待ち望んでいた、私の大切なお金が仲間を増やして帰ってきてくれたのですね……! ここでずっとホールドしておいてよかった……!」

「よかったですね!」

「……これでもう思い残すことはありません。……この御恩は……そうだ、ぜひ、あなたにお礼をさせてください」

「え? いえ、そんな、いいですよ」

「そう仰らず……絶対に後悔はさせませんから」


 白っぽい少女は妖しく微笑む。

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