第60話 底辺配信者さん、大自然の厳しさを知る

 ゴミ山のスライム達を前にして、すっかりやる気を失ったエモリス。

 覇気のない声で、


「……はい、そういうわけで本日もお疲れ様で~……」


『おい』

『マジでここでおわり?』

『諦めないで』

『おつぷにょ~』

『自由だな』

『イケメンぷにょちゃんたちの恋の行方をみたいんだけど』


 と、そこまで言いかけて、ぴくりと頭を上げる。


「……あれ? 空気の流れが変わった……?」


『ん?』

『なになに?』

『流れ変わったな』


 肌で風を感じ、鼻ですんすんと嗅ぐ。


「なにか……強烈な臭いが強くなってきたような……?」


『なんだ?』

『においはこっちに伝わらんからなあ』

『くっさいにおいの元が近くにあるってこと?』

『ごめんそれおれの屁』

『おれら今エモリスちゃんのところに向かってるんだけど気付かれちゃった?』

『↑風呂入れおめーら』


「いえ、これは人間の発するような臭いじゃなくて……」


 エモリスは眉間に皺を寄せた。


「……怪物の類の臭さですね……」


『臭いモンスターならトログロダイト』

『アティアグじゃない?』

『地下下水道の怪物といえば白いワニだろ』

『いや、その地下下水道にはアティアグがいるって話があった』

『アティアグって確か触手生えてたよな!? やっほぉぉぉおおおお!』

『アティアグは都市下水道の最も暗くて淀んだ場所にしばしば住み着いてる生きたゴミ処理機』

『デカい口と3本の足を持つ大型の魔獣で、噛まれると汚辱の病に冒されるよ』


 エモリスはコメント欄を確認し、頷く。


「なるほど。アティアグが近付いてきてる、と……あ! これはまずいですよ!」


 エモリスはなにかに思い当たって息を呑む。


「なんでも食べちゃうアティアグは、ぷにょちゃんにとってはエサを奪い合うライバルでもあり天敵……! ぷにょちゃん達を察知して、縄張りを荒らされたから襲いに来てますね、これ!」


『いや、エモリスちゃんを襲いに来たのでは?』

『あんだけわーわー解釈違いだなんだと騒いでたらなあ』

『そりゃ何事かと思ってやってきますわ』

『スライムとばっちりで草』


 そのスライム達はまだのんきにゴミを食い散らかしていた。

 エモリスはそのスライム達に向かって必死に訴えかける。


「ちょっといつまでいちゃついてるんですか! 早く逃げないとアティアグが来ちゃいますよ!」


 エモリスのスライム語はわかりづらかったようで、無反応。


『おれもスライム語は読み書きならできるんだけどスピーキングはダメだわ』

『大学で第2モンスター語に選択して勉強したんだけどなあ』

『舌の形をもっとスライム状にして発音してみて』


 リスナー達の無駄なコメントが流れている間に、


「あ、ほら! だから言ったのに!」


 エモリスの背後の通路から巨大なゴミの塊のような怪物がずるずると姿を現した。

 その大きさ故に、動くだけで空気が揺らぐ。

 それはむっとする臭気を纏っていた。

 怪物はゴミの塊を体中にまとわりつかせ、まるで防具を着込んでいるかのようだ。

 そのゴミの中から、にょっこりと潜望鏡のように飛び出ている濁った眼。

 それはエモリスを見、それからスライム達に視線を移した。

 巨大な口が、がっ、と開き、嫌らしい触手が鎌首をもたげる。

 アティアグは狙いをまずは食べやすそうなスライムに絞ったらしい。

 エモリスからは目線を外し、スライム達に向けて触手を向けている。


『ほう賢いな』

『このアティアグ、エモリスちゃんに襲いかからないのよくわかってんね』

『実力差を悟って目を逸らしたな?』

『うわ、みみっちい』

『いや、強者とは争わない本能的に長寿タイプ』


「あ! あ! ぷにょちゃん達が危ない、食べられちゃう! 助けなきゃ……!」


 エモリスはスライム達の身を案じてあたふたと身構える。

 そして、


「……え……?」


 目を疑った。

 イケメンスライムが体を大きく見せるためか仁王立ち。

 さらに、一瞬だけエモリスを振り返って睨みつけてきた(ように感じられた)ではないか。


「……これは……まさか、わたしに手を出すな……と?」


 エモリスはイケメンスライムの意図を察し(た気になっ)て呆気にとられる。


『え?』

『ん?』

『エモリスちゃんには何が聞こえているの?』

『スライムがそんなこという意味がわからないよ』


「……女の子1人、自分の手で守れないような情けない男じゃねえ……って!?」


『まーた都合よく妄想しておられるぞ』

『ですよね』

『この子はもうだめだ』


 そんなエモリス達の目の前で、イケメンスライムは跳んだ。


「ああ! そんな! ぷにょちゃんがアティアグに立ち向かうなんて!? 捕食される側なのに!?」


 アティアグに覆いかぶさるように襲い掛かったイケメンスライム。

 反撃されるとは思っていなかったアティアグは触手を出鱈目に振り回し、巨大な口でイケメンスライムを噛み千切ろうとする。

 激しい戦いが始まった。

 その姿を見て、エモリスは感極まる。


「! ……わかりました……! イケメンぷにょちゃんの男気……! 最後までわたしが見守りましょう……っ!」


『野生モンスター同士の食い合い』

『うわスライム強い』

『やるやん』

『ぷにょたんがんばえー』


「頑張れ……! 頑張れ……!」


 だが、アティアグの触手はイケメンスライムを幾度となく打ち、引き裂いていく。

 イケメンスライムはその体を少しずつ絡めとられ、ちぎられ、アティアグの口の中へと運ばれていった。


「ああ……! どんどん傷だらけに……! 見ていられない……」


 最早、イケメンスライムは核を残した僅かばかりのゼリーでしかない。

 身体の大半は削り取られ、食われてしまっている。


『現実は厳しい』

『結局スライムは食われるしかないのか』


「……も、もう我慢できません……! 全世界のぷにょちゃんはわたしが救う……!」


『まてまて』

『はよたすけて』

『野生同士の戦いに人が介入していいの?』

『かわいそう』

『イケメンスライムの男気、最後まで見守るんじゃなかったんか』


「ぬぐぐぐ……」


 リスナーのコメントに歯を食いしばるエモリス。


『いや、ていうか次はエモリスちゃんの番だろ?』

『どうせアティアグと戦うことになるんだから今やっちゃえ』

『モンスター同士のバトルを配信してるアドチューバ―は決して横から手出ししないけどね。やらせになっちゃう』


「……わたしは……わたしは、でも……!」


 と、アティアグが突然、地響きを立てて倒れた。

 狂乱したかのように触手を振り回し、咆哮を上げる。


「え? なに!?」


 アティアグは大きく身震いし、その醜い足を痙攣させた。

 そして、力を失う。

 くったりと触手も地に伸び、大きく開いた口は二度と閉じられない。

 そうして仰向けになったアティアグの身体。

 その腹はぐずぐずに溶け落ち、中身が露出していた。

 そこにあったのはは千切られたイケメンスライムの一部、ぶよぶよとした半透明の身体だった。


「これは……?」


『イケメンスライムの身体、食ったはいいが中和できなかったんだな』

『なんでも消化するアティアグの腹を溶かしちゃうくらいの強酸性を発揮しただと……!』

『自分を食わせて相討ち覚悟か』

『でもそんな強い酸をまとったら自分だってただじゃすまない』


 コメントにあったように、イケメンスライムの食べられなかった部位もぐずぐずと溶け始めていた。半透明のゼリー状の身体が、液化していく。


「……このぷにょちゃんは自分を犠牲にして、仲間を救おうと……」


 エモリスは視線を移す。

 その先には、ゴミ山に乗っかった小さなスライムがいた。


「……やっぱりこのぷにょちゃんはイケメンでした……そしてこの子が守ろうとしていたぷにょちゃんは無事生き延びた……これがぷにょちゃん達の生きざま……愛なんですよ……っ!」


 エモリスは力を込める。


「……今日は本当に素晴らしい配信ができました……。みなさんもぷにょちゃんの健気さや勇気をその目に焼き付けられたと思います……!」


『おおー』

『感動した』

『見ててよかったわ』

『かわいそう。だけどたすかってよかった』


「わたし、これからもこういうぷにょちゃん達の素晴らしい姿をみなさんにお届けできるよう、ぷにょちゃん配信を続けていこうと思います……!」


『エモリスちゃんも頑張って』

『応援する』

『大自然の厳しさと救いを見た』

『てのひらくるっくるやん』


 エモリスがリスナー達に向けて力説している、その背後で。

 地下下水道にすむ大ネズミ達の群れが、アティアグの死骸めがけて駆け寄っていた。

 どの大ネズミもこのエサにありつこうと必死だ。

 押し合いへし合いしながら駆けてくる。

 その途中にはゴミ山があり、そこに小さなスライムがいた。


 ぷちゅ。


 大自然は厳しい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る