第57話 底辺配信者さん、幻覚を見る

 お金を探し続けている少女と別れて、しばらく進んだエモリス。

 ふと、足を止める。

 そして、また鼻をひくつかせながら、


「……今度は匂いますね……」


『下水だしな』

『くさそう』

『露骨な匂わせ』

『なんかの伏線?』


 その言葉にリスナー達が反応した。

 エモリスは目を瞑り、感覚を研ぎ澄ます。


「……この匂い……この湿り気……」


 エモリスの目が、かっ、と開かれた。


「この近くがぷにょちゃんの好む最適環境なのは間違いありません! さあ、いよいよぷにょちゃんを皆さんに紹介できますよ! 嬉しいですか?」


『下水道の中なんてどこも同じじゃない?』

『どこも臭いしじめじめだよ』

『まーた適当なこと言ってる』


 エモリスは頬を膨らます。


「わたしの体内ぷにょちゃんセンサーを疑うんですか? ぷにょちゃんの存在を判断する根拠は匂いとかだけじゃないんですよ? たとえば、地下下水道内の明度……温度……角度……そういうのを全部総合的に勘案すると、ぷにょちゃんの巣がある確率は確定的に明らか……!」


『あ』

『画面戻して戻して』

『いまのとこいたぞ』

『スライムいた』


 コメント欄の指摘に、エモリスは慌てて周囲を見渡し、


「あ! あ! いましたっ! いましたよ、地下下水道に生息するぷにょちゃん……! 見てください! 王都のような人の溢れた都会でも、ぷにょちゃんは生きているんです! ……なんてたくましい……あ、すみません、ちょっと涙が……」


 ほろっときたエモリスにコメント欄が声をかける。


『うんうん』

『泣いちゃった』

『泣く要素ある?』

『俺達との感情の温度差よ』

『正直わからん。これ見せられて何に盛り上がればいいの?』


 下水道の薄汚れた床面をくすんだ色のスライムが1体ぬるぬると動いている。

 綺麗とは言い難い。

 それを前にして、エモリスは感激しているのだ。


「感動的じゃないですか? 健気に生きてて……わたしとしては、ここで生きていてくれてありがとう! っていう気持ちなんですけど。だって、ここにくればいつでもぷにょちゃんを観察できるんですよ!」


『観察って……』

『これって珍しいスライムなの?』

『ただのスライムだよな』

『べつにおもしろくないよこんなの』


 エモリスの声は弾む。


「いやー、これで王都に住むぷにょちゃん愛好家もピクニック気分でぷにょちゃん鑑賞ができますね! わたし達はこういうぷにょちゃんが生きていける環境をこれからも守っていかなければならないんです。自然を大切に!」


『自然とは』

『スライム鑑賞の楽しみ方がわからない』

『スライムが王都で生きていけるように、俺達もいっぱいゴミ捨てて汚くしてうんちいっぱいしないとな!』

『↑スライムはいつもゴミとかうんち食ってるという熱い風評被害』


 エモリスはリスナーからの反応があまりよくないことに対して、ちっちっ、と指を振る。


「わかっていませんね……確かに、ここにいるぷにょちゃんは見た目は何の変哲もない、ただのぷにょちゃんかもしれません。でも、そのぷにょちゃんにはそのぷにょちゃんだけのストーリーがあるものなんです……! そう、わたし達人間みんなにそれぞれ人生というストーリーがあるように!」


『人生とか言い出した』

『なにをいってるの?』

『スライムの人生……』

『スライムなんて分裂してゴミ喰って分裂して死ぬだけだろ。ストーリーなんてないよ』


 エモリスは、はぁ~っ、と大きく溜息。

 首を横に振る。


「……皆さんには見えないんですか? 今ここにいるぷにょちゃんにどんなストーリーがあるのか……わたしには手に取るようにわかりますよ? はやく皆さんもこのステージまで上ってこれるといいですね」


『上から目線!?』

『どういうことだよ』

『このスライムにどんな珍奇なストーリーがあるというの?』

『なんでスライムの人生がわかるんだ?専門家だから?』

『前フリか? しょーがねーな。おれは優しいから聞いてあげるけど、こいつにどんなストーリーがあるわけ?』


 リスナー達からの疑問に、エモリスはもったいぶって頷く。


「……わかりました。今回特別に、わたしのぷにょちゃん鑑定法を披露しましょう……。このぷにょちゃんがこれまでどんな人生を送ってきたかを見通す、神の視点をとくとご覧あれ……!」


 エモリスは目の前でぬるぬる動いているスライムを前に真剣な表情を浮かべる。


「……そうですね……見たところ、この子はブラウン系のぷにょちゃんですが……単体で行動しているということは一匹狼タイプですね」


『スライムって群れで行動するの?』

『種類によるだろ』


「……動きも機敏で無駄がない……反応もいい。これまで一匹で生き残ってきたということは相当の猛者……普通なら群れの中でリーダー的な立場にいるはずのこのぷにょちゃんが単独で……これは群れから追放されたぷにょちゃんで……実力はあるのにそれを隠して追放されたクールでワルなぷにょちゃんに違いありません! 追放系ぷにょちゃん、かっこいいですね!」


『追放系主人公かよ』

『転生したらスライムで無能で追放されたけど下水道でのんびりスローライフ』

『エモリスちゃんにはなにがみえてるんだ』

『単なる妄想と思い込みでは?』

『なんで実力を隠して追放される必要があるんだっていうの』


 と、エモリスの視界の端にまた別のスライムが入り込む。それも4体。


「あ! 見てください! こっちに小規模なぷにょちゃんの群れがいます! なるほど、この群れから追放されたんでしょうか……いえ、でもこれは……?」


 そのスライム達もくすんだ色をしていて、ゴミの山の上で蠢いていた。

 その内の1体は明らかに体が小さい。

 そして、他の3体から取り囲まれ、エサであるゴミ山から追い出されそうになっている。


「……こっちの小さいぷにょちゃんも追放系……? いや、違う……! このゴミ山を開拓していた農民ぷにょちゃんと、そこを横取りしようと集ってきたヤクザぷにょちゃんの群れ……! 農民ぷにょちゃんは今にも追い出されそうになっている……ひどい! こんなことをするなんて……!」


『このこはまじでなにをみているの』

『開拓……? 農民……?』

『ヤクザの地上げ?』

『スライム達の生存競争で、単に弱い個体がエサにありつけないだけのはなし』


 と、エモリス言うところの追放系スライムが、そのゴミ山目指して動き出す。


「え? ぷにょちゃん? なにをする気……? あ、あ! 見てください! 追放系ぷにょちゃんがヤクザぷにょちゃん達に殴りかかった……! 農民ぷにょちゃんを助ける気ですよ!」


『殴る……?』

『えさ食いに来ただけやろ』


「うわ、つよい……! ヤクザぷにょちゃんにハイキック……一発KO……! 更に1体にタックルでダウンを取ってマウントからの全力パンチ……! あ、危ない! 残りのヤクザぷにょちゃんがビール瓶片手に乱入してきた……!」


『えーと?』

『ほんとうになにがみえてるの?』

『ハイキックやタックルはともかくスライムがビール瓶使ったりはせんやろ』

『ここにもおかしなもん見えてる人おるな』


 エモリスはスライム達の争いに夢中だ。


「なんて華麗なステップ……! 蝶のように舞い蜂のように刺す……! 乱入ヤクザぷにょちゃん、テンプルにいいのを貰って卒倒、危ない倒れ方しましたよ今!」


『ここでゴング』

『レフリーストップ?』

『勝ったなガハハ』


「……こうしてゴミ山は守られたのでした。良かったですね、農民ぷにょちゃん……! この追放ぷにょちゃんはクールなワルでありながら弱い者いじめは見過ごせない、熱い魂のぷにょちゃんだったみたいです!」


『いや、このスライムが小さいスライムも追い出して餌場独占するやろ』

『スライムが自分以外のスライムを助ける意味がないもんな』


 だが、追放系スライムは小さなスライムを追い出すことなく、共にゴミ山に居続けた。

 穏やかに、争うことも無い。


「ほら! どうですか? 仲良しになってますよ。よかった~。このぷにょちゃんは弱い者いじめが嫌いで……ああ、だからこそ、自分の群れから飛び出してしまったのかもしれないですね……」


『マジかよ』

『このスライムにそんな背景が……』

『弱いものいじめが嫌いとか、そんな性格のスライムいるんだ』

『まてまて、んなわけあるか』


 エモリスはどこかうっとりとした口調で呟く。


「……この追放系ぷにょちゃん、これ絶対イケメンですね! 推せます……!」 


『スライムに偏向しているとここまでおかしな幻覚を見始めるのか……』


 コメントが1つ、ぽつりと流れた。

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