第56話 底辺配信者さん、きっとあの子は戻ってくるだろう

 その少女は汚れた地下下水道に似つかわしくない、真っ白い衣服を纏っていた。

 シーツを頭から被ったかのような、ぞろりとした丈の長さ。

 どこか修道服のように見える。

 青ざめた顔は生気がなく、心を痛めている様子が見てとれた。


「……ええと……お金、ですか?」


 エモリスはその亡霊めいた少女に問い返した。

 亡霊めいた、というか本物かもしれない。


「……はい……とても……大切なお金……」


 心細げな声が地下下水道の闇の中へと吸い込まれていく。

 コメント欄が察し出した。


『なるほど、この子は』

『金に執着して化けて出たか』

『金の亡者』

『財宝を守っている系のアンデッドかな?』

『これ、なにを言っても自分の金を狙ってきたと思い込んで襲ってくるタイプ』


 エモリスはリスナー達のコメントを見て、そっと囁く。


「……え、じゃあこれ、どう答えたらいいですか? 幽霊とかに怖い目に遭わされるの嫌なんですけど……!」


『金なんか知らんて言え』

『知らん振りしたら嘘を吐くなって襲われるぞ!』

『お前の探している金っていうのは、こんな顔かい!? て鼻に金貨詰め込んで脅かす』

『先制攻撃』


「……幽霊と戦うみたいなのはもっと嫌です……!」


『ちっ、しゃーねーな』

『全財産渡して命乞い』

『全力ダッシュで逃げて!』

『スタミナ切れで捕まるまでが1セット』

『金の話やめて野球の話しようぜ!』

『まあ事情を聴いて様子見。この子の無念を晴らすことができれば戦闘は回避できる』


「……わ、わかりました……」


 エモリスは唾を飲み込み、それから白っぽい少女に問いかけた。


「そのお金って……どういうお金っていうか、ええと、なんでこんな地下下水道で探しているのかっていうか……と、とにかく、もっといろいろ事情を教えてもらえますか?」

「……事情……そうですね……あの……実は私、そのお金のことが大好きなんです」

「なるほど」


 エモリスは何も理解しないまま生返事だけした。

 そして、ただ言われたことを繰り返す。


「えーと、お金のことが好き……とそんな複雑な事情があったんですね」


『おい』

『話し終わっちゃうだろ』

『もっと掘り下げて!』

『詳しく聞き出せ』


「は、はい、えー……そ、そのお金のどんなところが好きなんですか? 性格? 人柄?」


『そんな聞き方あるか』

『おれだってお金のこと好きだよ愛してる』

『愛はお金じゃ買えない』


 白っぽい少女は首を振った。


「そんな……目に見えない曖昧なもので、私はお金を愛したわけではありません……わたしの愛するお金は七星金貨ただ一枚です」

「七星金貨?」

「……この世にたった7枚しか存在しないもの……神話の時代に造られたという貴重な金貨です……」


『聞いたことある』

『7枚集めるとドラゴンがやってきて願いを叶えてくれるんだろ?しってるしってる』

『商業と金の神の神殿に何枚か秘蔵されてるっていう噂』

『幸運と金運をもたらすレアアイテムだぞ』

『え、それを探してるってこと? じゃあこの地下下水道にその一枚があったりする?』


「……へー、なんだかすごそうなお金ですね。もしかして、それを落としちゃったんですか?」


 エモリスの問いかけに、リスナー達の方が先に反応する。


『いや、落としたって……わざわざ地下下水道に入ってか?』

『トイレに落として流しちゃったのかもしれない』

『うんちのついた幸運のレアアイテム』

『それを拾うことは本当に幸運なのだろうか』


 一方、白っぽい少女は儚げに視線を遠くに向けた。きったない地下下水道の天井しか目に入らない。


「……落とした……そうですね……落としました……私のこの手で……自らの意思で……」

「ん? 自分の意思でその七星金貨を落としたって……捨てたってことですか?」

「……捨てたのではありません……! 私の大切な七星金貨を、捨てるわけがないではないですか……!」


 少女は頭を振り、大きなため息。

 そして、ぼそっと呟き。


「……私の信仰心が足りない……そういうことなのでしょうか……」


『んん? なんかよくはなしが見えないな』

『もっとこの子に語らせて』

『この子、金の神の信徒っぽいね』


 エモリスはコメントを参照する。


「……ふむふむ……もしかして、あなたはお金の神様を信じていたりします?」

「……はい……私と七星金貨を巡り合わせてくれたのは偉大なる金の神様ですから……」

「その、お金を信じている信者が大切なお金を自分で地下下水道に落とす、っていうのがちょっと変だなって……。どうしてそんなことを?」

「……すべては……神の御心なのです……」


 消え入りそうな声は途切れがちになりながらも続く。


「……私と……私の愛する七星金貨はこれまで一緒に生きてまいりました……それは慎ましくも幸せな暮らしで……四畳半の安アパート……差し込む夕日に豆腐屋のぱーぷーラッパ……今でもそんな光景が思い出されます……七星金貨も私によく懐いてくれていました……」

「なるほど」


『変なこと言いだした』

『なにいってんだこのこ』

『これめんどくさいやつじゃ?』

『エモリスちゃん、全然内容理解してないなこれ』


「……けれどあるとき……私は思ったのです……七星金貨に私以外の友達がいた方がいいのでは、と……人間と七星金貨では生きる時間が違います……私が朽ちた後も……七星金貨は長い時間を過ごすのです……」

「なるほど」


『うーん……?』

『人間とエルフかよ』

『死んだら金は持っていけないって言うしなあ』

『めをさませきんかはいきものじゃない』


「……ですから……私は金の神に祈りました……どうかこの子……七星金貨がこれから一人ぼっちにならぬよう……同じ七星金貨の友達を……仲間と引き合わせてください、と……」

「なるほど」


『いいはなしじゃん』

『お金が寂しくないようにもっとお金に来てもらおう……ってこと?』

『金持ちが金を集める理由がこれ』

『やさしい』


「……すると、私に啓示がくだりました……夢の中で神に告げられたのです……七星金貨をこの場に沈めよ……旅立たせ……さすれば七星金貨は仲間を連れて戻ってくる……そのようなお告げでした……」

「なるほど」


『え?夢?夢を信じて希少な金貨をどぶに捨てたの?』

『信じられんことするね』

『信仰心を試されるお告げっていうのはそういうもんやろ』

『エモリスちゃんさっきからなるほどしか言ってない』


「……わたしはその言葉に従い……七星金貨を地下下水道に投げ入れました……そして……あの子が帰ってくるのをずっと待っているのです……」

「なるほどなるほど」


『こんなイベントあったかなあ?』

『俺が地下下水道でネズミ退治のクエストやってた時、こんなゴーストいなかったぞ』

『最近実装されたんか』

『たいせつなことなのでにかいいった』


「……きっと……あの子は旅立って長いこと世界を巡り……もうこの近くまで戻ってきている……そのはずなのです……」

「……会えるといいですね」


『お前が落とした金貨はこの金の金貨かそれとも銀の金貨か?』

『↑どう答えりゃいいんだよ……』


 白っぽい少女は深く息を吐いた。


「……ですから……もし私の可愛い大切なお金を見かけたら……どうか私に教えてください……私はすっとここで待っています……」

「……わかりました! 任せてください!」


『わかっちゃった』

『話を聞いてあげたから戦闘回避かな』

『そんな安請け合いして……』

『金貨が好きとか金貨を友達扱いするようなおかしな奴のいうこと真面目に聞くことないのに』

『下手なことすると祟られるぞ』


 エモリスはリスナー達の反応を見て、呟いた。


「……あの子の金貨への想いを見てると他人事には思えなくて……手助けしてあげてもいいかなって思うんです」


『スライムが好きでスライムを友達扱いするおかしな奴もいるしな』

『好きなようにやるのが一番よ』

『ていうかエモリスちゃんの目的はここにいるスライムを探すことだろ?』


「そうでした! 下水道に住むぷにょちゃん達の生態……! それを一刻も早く知りたいと待ち望んでいるリスナーの皆さんに、見せてあげないと……!」


 そうしてエモリスは、その場でずっと待ち続ける少女に手を振り、地下下水道の奥へと向かう。

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