第55話 底辺配信者さん、尋ねられる


「えー、そういうわけで、早速中に入って行こうと思います!」

「いいか? よくわかっておらんだろうから言っておいてやるが、探索が終わって戻ってきたら必ず合図をするんじゃぞ。また扉を開けてやるからのう」

「はい、初心者です。お世話になります」


 年老いたギルド職員に許されて、エモリスは王都地下下水道へと足を踏み入れた。

 そこは暗く、じめじめとした場所だ。

 匂いも酷い。

 糞尿や腐敗物から発せられる匂いが交じり合って、まとわりついてくる。

 ほとんど流れのない水路に天井からの滴り落ちる汚水。

 ぴちょん、となにかが水面を波立たせた。

 かさかさとした僅かな音はネズミか虫の足音か。

 エモリスは堅い石畳だったり、ぶにょっとした何かを踏みつけながら、下水道内を進んでいく。

 エモリス、興奮しだす。


「……うわあ、これはなかなか……! なかなかのうんちですよ!」


 美少女の口から出たうんちという言葉にリスナー達もくいつき、大興奮。


『え』

『なんて?』

『おい』

『うんちでこうふんしないで』

『デカい声でうんちとか言うな』

『恥じらいとは』

『うんちでキャッキャする小学生?』


「違いますよ! うんち……ええっと、う〇ちがいっぱいあるっていうことは、そういうのをエサにしているぷにょちゃんが生息しやすい環境にあるっていうことなんです!」


 エモリスはコメント欄に言い返した。


「つまり、ぷにょちゃんを見つけられそうだから嬉しいだけです。う〇ちで喜んでるわけじゃありませんからね?」


『うんちうんち繰り返す人』

『俺の生み出したものが巡り巡って今エモリスちゃんを喜ばせているかもしれないわけか興奮してきたな』

『どっちにしろ躊躇いなくうんちって言っちゃうのがまずいんだよなあ』

『ていうかスライムってうんち食べるの?きったな』

『もうスライム触れない』


「えー、確かに、うんちを好んで食べるぷにょちゃんもいます。ただ、大抵のぷにょちゃんはなんでも体の中に取り込んで吸収、食べちゃいますけど、中には花びらや蜜だけを食べるぷにょちゃんもいるんですよ? そういうぷにょちゃんは清潔でいい匂いがするんです。ぷにょちゃん初心者にオススメのぷにょちゃんですね!」


 エモリスはスライムへのフォローのつもりか、そう言った。


「きっと、ぷにょちゃん達の間でもエサが違ったりするのは、棲み分けができているんだと思います。単純に、ぷにょちゃんをうんちや死骸ばかり食べる自然界の掃除屋・分解者としてひとくくりにするのは誤りなんです。ええと、結局なにが言いたいかっていうと、ぷにょちゃんはそんななんでもかんでも汚いわけじゃないってことで……だから、みなさんもどんどんぷにょちゃんを触って愛でて頬ずりしていいんですよ!」


『触ったら手溶けるじゃん』

『むり』


「ぐぬぬ……」


 リスナー達との間に大きな壁があることに、エモリスは歯噛みした。

 と、そこでエモリスは急に眉を曇らせる。

 鼻をひくつかせた。

 まるで異臭でも嗅ぎつけたかのように顔をしかめる。


「……う〇ちの匂いが……しない……?」


『なん……だと……?』

『うんちの霊圧が消えた?』

『いつまでうんち引っ張るんだよ』


「今、急に匂いを感じなくなりましたね……臭くなくなりました」


『あー、俺も俺も。今全然臭くないよな?』

『匂いに慣れただけじゃ?』

『鼻が壊れた』


「いいえ、そうじゃなくて……ここ一帯の匂いの元が消えたのかもしれません」


 エモリスの目が輝き出した。


「もしかしてぷにょちゃんがこの辺りのう〇ちを全部食べて浄化したのかも……! みなさん、ぷにょちゃんは近いかもしれませんよ!」


 エモリスはスライムとの出会いを予感して浮き立つ。

 地下下水道の闇を見透かし、どこかにスライムの痕跡がないか鵜の目鷹の目。

 その甲斐あってか、


「あ! あそこになにか……!」


 と、エモリスの見る方向には、


「白っぽい……服を着た女の子の……」


 薄ぼんやりと浮かび上がる白い人影。

 生気がなく、所在無げに立ち尽くしている少女だ。


「……オバケ……?」


 エモリスの声は最早消え入りそう。

 人気のないはずの地下下水道になにをするでもなく、ただこちらを見返してくる白っぽい少女。

 霊の類だとしたら……そう思うとエモリスは腰が抜けそうになる。

 心なしか、急に下水道内の温度も下がったようだ。

 まるで、震えて歯の根も合わなくなるかのように。


『でたあ!』

『ゴーストじゃね?』

『だからいったのに』

『あーあ』

『おわた』


 コメント欄にもエモリスの冥福を祈るような言葉ばかり並び始める。


「ひ、ひぇ……」


 エモリスが悲鳴を上げそうになったまさにその時、


「すみません……ちょっといいですか」


 霊のような少女から申し訳なさそうな声がかけられた。

 エモリスはきょろきょろと辺りを見回し、それから自分を指差して、

 

「え、わたし? ですか?」

「はい……」

「え、あの、はい……な、なにか……?」


 エモリスはへっぴり腰になりながら問い返す。


「あの……見ませんでしたか?」


 消え入りそうな声は聞き取りづらい。


「み、見るって、なにを……ですか?」


『お前が見たっていうのはこんな顔かい!?』

『下手なこと応えるな! 憑りつかれるぞ!』

『受け答えしてる時点で術中にはまってるんだよなあ』

『エモリスちゃんさようなら』


「……ね……」

「は、はい? なんです?」


 白っぽい少女の人影は恥ずかしそうに俯いて、それから声を振り絞った。


「……お金、です……! わたくしのお金……見ませんでしたか?」


 そうして、白っぽい少女は縋るようにエモリスを見つめだす。

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