第50話 底辺配信者さん、雑談配信する

「みなさん、こんぷにょ~!」


 画面に向かって手を振るエモリス。

 その後ろには欠伸をしてベッド上をごろごろ転がるキララがいる。


「今日も始まりました、みなさんにかわいいをお届けする癒しの配信、ぷにょちゃんねるでーす」


 のほほんとした口調。

 前回の配信で、世界の敵と称される魔王軍への協力を表明した人物とは思えない。

 目もキラキラしている。


『こんぷにょ~』

『待ってた』

『あれ?闇落ちしたんじゃないの?』

『なんて澄んだ瞳だ』


 コメント欄も流れ始めた。

 それを見ながら、エモリスは首を傾げる。


「はい? わたし、闇落ちなんかしてませんよ? ていうか、前回の配信で闇落ちする要素ありました……?」


『魔王軍の仲間になったでしょ?』

『魔王軍になったら、エルフとか実質野菜だからゼロカロリーで体にいいとか言って頭からボリボリ齧るって聞いた』

『人類の敵っていうか反社っていうか』

『やべー奴じゃん』


「そんな……わたし、エルフを齧れるほど口大きくないですけど……。こう見えて少食ですし」


『それ、かわいいアピール?』

『口大きかったら齧るんか』

『あれ?ていうかどこから配信してるんだ?』

『そこ、ダンジョンじゃなくない?』


「あ、お気づきですか?」


 エモリスは冒険者カードをずらして、自分の背後を映し出す。

 明るい色合いの一室。

 小奇麗なベッドには柔らかそうなクッションがいくつも乗っかり、その中に埋もれて寝るキララがいた。

 かわいい柄のカーテンがひかれ、窓は見えない。

 一瞬映り込んだ床には脱ぎ散らかされた服。


「今日はここ、わたしの部屋から雑談配信しようと思ってます。というのも、とっても語りたいことがあるので!」


『なんだなんだ』

『自宅?』

『特定しました』

『へや汚くね?』

『おいいま床にパ……』


「あ、あの! 怖いこと言ったりチクチク言葉使ったりするのやめてください! わたしの部屋、き、キレイにしてるでしょう? ま、まったく、なにを言ってるんですか」


 そう言いながら、エモリスは決して床を映さないよう細心の注意を払っている。


『雑談配信かー』

『じゃあスライム図鑑はお休み?』

『あーあスライム見るの楽しみにしてたのに超がっかり』

『失望しましたチャンネル登録解除します』


「あ! す、すみません、ちょっと今日はダンジョンに立ち入ることが難しいみたいで、中に入れなかったんです。今日も紹介したいぷにょちゃんがいたんですけど、ダンジョンに入れないと無理なので……」


 エモリスは慌てて言い繕う。


「な、なので、今回は急遽雑談配信ということにさせてもらいました! ごめんなさい、よろしくお願いします!」


『ええよ』

『好きなもの配信したらいいとおもう』

『ダンジョン封鎖されてるってマジだったのか』

『ダンジョンの管理を巡って王国と冒険者ギルドが話し合ってるみたいだな』

『そりゃゲート制御の噂聞いたらなあ。独占したくもなるだろうさ』


「ええと、というわけで今日はぷにょちゃん図鑑はお休みです。それと、リスナーの皆さんからのアドチューブ・マシュマロも受け付けますね。匿名のダイレクトメッセージで質問とかあったらお答えしようかなって」


『おけ』

『たまにはこういうのもいいんじゃない』

『正直スライムみせられるより……』

『それいじょういけない』

『なに話すの?』

『話聞こか』


 エモリスはまっすぐな瞳を冒険者カードに向けた。


「今日の話題は、前回の配信でメリッサさんが言っていた、ぷにょちゃんでいっぱいの異世界についてです!」


 鼻息も荒い。


「想像してみてください! ……世界が全部ぷにょちゃんでできているんですよ? 大地も海も空も星々も、全て! 全てぷにょちゃんなんです! これってすごいことだと思いませんか!?」


『お、おう』

『よくわからん』

『えっちなことになりそうなせかいだというのわしってる』


「メリッサさんの話だと、そこには多種多様なぷにょちゃんが無数に蠢いているそうなんですよ! まだわたしの知らないぷにょちゃんが、新種が、それこそ数えきれないほど、わたしが会いに行くのを待っててくれてる……もう、もうそう考えると愛しさで胸が苦しくてたまらないんです!」


『待ってはいないのでは』

『俺達との温度差よ』


「その世界でぷにょちゃん達がどんな生態系を形作っているのか……星々のように瞬くスターぷにょちゃんや太陽のように輝き熱線を放つサンぷにょちゃん……進化して高度に社会科文明化されたぷにょちゃん達もいるかもしれません……! そこではありとあらゆるぷにょちゃんが存在できるんですから! ああ、早く! 早くこの目で見てみたい!」


 エモリスが期待に胸震わせる一方、リスナー達も己の理想とするスライム像を語るなどし始める。


『俺は服を透けさせるスライムがいるといいと思う』

『女の子を巨乳にしてくれるスライムとか好きだね』

『わたしはむしろ逆。ちっさいほうがいい』

『時間停止スライムかなー』

『催眠スライム一択』

『エッチな気持ちにさせる媚薬スライムがいると便利です』


「……そんな世界に繋がるゲートがあると聞いたら、誰だってそこを目指す以外の選択肢はないですよね?」


 エモリスの言葉は力強い。

 その瞳は曇りなくまっすぐで輝いていた。


『なんて穢れのない、純粋な瞳だ……』

『己の欲望に忠実で純粋な瞳』

『すきになりましたどうしてくれますか』


 リスナー達はエモリスの眼差しに心打たれ、真摯なコメントを呟く。

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