第49話 底辺配信者さん、悪の道へと完堕ちする

「……ふん、迷宮内の各ゲートを制御する方法を知ったところで、お前のスライム配信を見ているような連中など所詮は有象無象」


 手を震わせながら、メリッサは言った。


「こんな時間に大切な人生をアドチューバ―を見ることに浪費しているような奴等だ。友人も仕事もない、暇な無職だろう。聞かれていても問題にはならないね」


『は?』

『おい』

『なんだぁてめえ』

『なんでそんなひどいこというの』

『やめて』

『効くぅ~』

『楽しくコメントしてるだけのおれらリスナーへのリスハラやめろ』

『はあ?今日は夜勤なんだが?ちゃんと仕事してるんだが?』

『俺大貴族なんだけど?リッテンシュバイク侯爵家に連なる者なんだけど?悪いやつとは大体友達なんだけど?』

『うへへすいません無職でーす』


 コメント欄が顔真っ赤になり始める。

 一方、メリッサは頬を引きつらせながら、余裕の笑みを浮かべてみせた。


「そんな連中がどう騒ごうが中央制御室に辿り着けるものじゃないからな。慌てることはない」

「え? 先を越される前に急がなきゃ……って話じゃ?」

「慌てることはない!」


 エモリスの問いかけに、メリッサは食い気味に繰り返した。


『無職にダンジョン攻略できるわけないとかそれ職業差別やろ』

『炎上!炎上!』

『やっぱ魔王軍嫌いだわ滅びろ』

『図星突かれた連中が発狂してて草』

『リスナー、ディスってきた』

『やってやんよこちとらS級冒険者やぞ先にダンジョン制覇したるわ』

『じゃあ俺異世界転生してきた大賢者ね』

『おれ悪役令嬢だけどそこのダンジョン前世のゲームでクリアしたことあるから楽勝っすですわ~』


 メリッサは腕組みしながら言う。


「……中央制御室までの途上にいるゴーレム達を突破できるのは、私の知っている限りエモリス、お前ぐらいだ。だから、お前さえ味方につければこのダンジョンの制御は我ら魔王軍の手に落ちる。だから慌てる必要はないんだ」

「……それはどうだろうな」


 重く厳めしい声が響く。


「王国には私がいる。そして、他のキングスガード達もいる。一騎当千の猛者達が。貴様等魔王軍などにこの迷宮を支配させはしない」


 セバスチアンはそう言い放った。


『キングスガードがダンジョン攻略するってこと!?』

『迷宮の力を王国以外のものに渡す気はないってことか』

『冒険者とかギルドはどうなるんだ、これ?』


 メリッサの目が鋭く光る。


「ほう。魔王軍とやりあうつもりか? ……その思い上がり、後悔することになるぞ。そうだろ、エモリス? 手加減しなくていいぞ」

「……え!? わたし!?」


 話を振られるとは思っていなかったエモリス。

 一瞬、遅れる。


「いえ、わたし、やりませんけど!?」

「こうなったからにはこのダンジョンに王国が関与しないわけにはいかん。だが、そのために貴様等を倒す必要はない。先に中央制御室とやらに辿り着ければそれでよい」


 セバスチアンはじろりと目線を走らすと、踵を返した。


「いずれまた会うこともあろう。私は先に行かせてもらう」

「……! 待て! 抜け駆けする気か!」


 メリッサの制止も意に介さず、セバスチアンは歩み去った。


「……行っちゃいましたね」


 エモリスはメリッサの様子を窺いながら呟く。

 メリッサは明らかに憮然としていた。

 エモ―キンをダンジョンの主にするのに、思わぬライバルが現れて実に不本意そうだ。

 エモリスはその姿から目を逸らすように、コメント欄を確認する。


『あの爺さん、これから1人で攻略するのか?』

『いや、他のキングスガード集めてからの再挑戦だろ普通』

『王国の武将や宮廷魔導士が揃ってダンジョン攻略かよ』

『まあ今となっては姫様がアドチューバ―と組んでたなんてもうどうでもいい話よな。それどころじゃねえ』


「え!? まさか……」


 エモリスはリスナー達からのコメントの1つにはっとさせられる。


「メリッサさん!?」

「なに?」

「もしかして……わたしとリサさんとのことを有耶無耶にするために、わざと失言をしてくれたんですか……?」

「そんなわけあるか! 中央制御室のことを口にしたのは、単に、その……口が滑っただけだ」


 メリッサは下唇を噛む。

 そんなメリッサにエモリスは生暖かい視線。


「優しい……」

「は?」

「……わかってますよ。本当はわたしのためにセバスチアンさんの気を逸らしてくれたんですよね? わざと……だったんですよね?」

「違うが?」

「そんなポンコツの振りしなくていいんですってば!」

「違う! 私は本当にポンコ……」


 メリッサは言い淀み、歯を食いしばる。


「……もうこの話はやめろ」

「はい! わたしのことが好きだからそんなことしたなんて気恥ずかしくなっちゃいますもんね」

「……」


 メリッサは黙り、天を仰いだ。

 それから、開き直った。

 エモリスに向き直る。


「……お前が、その、さっき私の言ったことにちょっとでも恩を感じているのだったら、魔王軍に協力する件、了承しろ」

「え?」

「わざとだろうとそうでなかろうと、私が有耶無耶にしてやったんだ! お前には私に対する借りがある。そうだろう、エモリス?」

「でもそれは……」


 エモリスは渋る。


「わたし、本当にそういうの興味ないんですよ。エモ―キンのこと、応援はしたいけど実際に手助けまでするのはちょっと違うかなって」

「……結局、お前はスライム達の姿を配信したいだけなのだろう、エモリス?」

「う……。だ、大体、わたしがそんなゴーレムの大群をどうにかできるなんて買いかぶり過ぎです!」

「どの口がそんなことを。まったくスライムバカとしかいいようが……ん? だが、そうだな」


 不意に、メリッサはなにを思いついたのか笑みを浮かべた。


「……そうだ、一ついいことを教えてやるか」

「なんですか? ぷにょちゃんですか?」

「このダンジョンには別次元に繋がるゲートが複数存在するって言っただろう? 狂気の領域、死と暗黒と呪いの世界、原初の自然界、九層地獄……他にも非魔法技術の高度に発達した世界や鋼鉄のゴーレムで満ちた機械の世界に繋がるゲートだってある、らしい」

「聞いたことも無いような異世界があるんですね」

「その中に、粘液と触手に支配された領域に通じるゲートがあるんだ」

「粘液?」


『詳しく』

『なにやらエッチな匂いがしてきたぜ……!』

『ほう、話を聞こうじゃないか』

『いいぞ話せ許可する』


 なんにでもエッチなことを見つけ出しては騒ぎ出す、そんなリスナー達がキャッキャし始めた。

 メリッサはなにか含むところがあるように笑う。


「ふふん、ああ、粘液に満ちた世界。……つまり、スライムだ」

「! ぷにょちゃんのっ!? 世界っ!?」


 エモリスの鼻息が俄かに荒くなった。


「そうだ、スライムやローパーといった不定形だったり軟体だったりする魔物ばかりが住まう異世界……スライムでいっぱいの世界、スライム界だ」

「そ、そんな夢のような次元がこの世に存在するなんて!?」

「いや、この世には存在しない、ゲートの先に存在する異世界だが……そこにはどれだけの数の、そして、どんな見たことも無いような種類のスライムがいるか、想像を絶する」

「お……おお……」


 エモリスは言葉を失い、最早焦点も定まらない。

 なにか別のものを見ている。


「だが、その世界に通じるゲートはなぜか固く閉ざされているんだ。だから、スライム達の世界へ至るにはダンジョンの中央制御室でゲートを操作する必……」

「わたし、やりますっ!」


 メリッサに最後まで言わせず、エモリスは食いついた。


「エモ―キン! 一緒に頑張ろうねっ! 幼馴染だもん、何でも言って!」


その口の端からはわずかにヨダレが垂れていたという。


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