第48話 底辺配信者さん、底辺なのに情報拡散させるのすごかった

 エモリスは発光するスライムに困ったような声で応える。


「そんな甘えてもダメだよ、エモ―キン……」


 エモ―キンはショッキングピンクに体表面を変え、明滅する。

 それは夜の繁華街でよくみられるような真ピンク色。

 ムーディーな音楽でも流れていたらぴったりだ。


『……なんかエッチだ』

『まさかスライム見て性を感じるとは……』

『性的な甘え方(スライム風)』

『発光スライムの感情表現はわかんねえ』


 一部コメントがピンク色に反応して、勝手にエロスを感じ始めたが、当然エモ―キンにはそんな気持ちはない。

 それがわかっているから、エモリスだって普通に話す。


「……わたしはこれから、リサさんのところへ行かなきゃならないんだから」

「私の目が黒いうちは姫様には会わせぬと言っているだろうが」


 セバスチアンが横から噛みついてきた。


「ほら、ね? こんな風に邪魔してくるセバスチアンさんをどうにかした上で、リサさんを探さないといけないんだよ? わたし、これまでだってぷにょちゃん達の可愛さヤバさをみんなに伝えるだけでも手いっぱいだったのに……。その上、エモ―キン達と一緒にそんな迷宮の制御とか魔王軍に協力するとか無理だよ……」


 1、スライム達の素晴らしさを世界に広める。

 2、リサを(たぶん困っているだろうから)助ける。


 この二つの目的を達成するのが最優先で、それ以上のことはできない(そしておそらく1の方が2より優先される)。

 そう訴えるエモリスに、エモ―キンは露骨に青黒くなる。


「わからないのか? エモ―キンが迷宮の主となれば、それらも全て取るに足らないものになるというのに……!」


 メリッサが歯噛みしながら唸った。


「ダンジョン内の各ゲートから得られる異世界、異次元の力を利用すれば、なんでも可能になるぞ、エモリス? お前の正直くだらないスライム配信を、強制的に人々に見させる力だって得られるのに!」

「……え……? 正直くだらない……?」


『あ』

『あーあ』

『神官ちゃんは正直者』

『俺らに言えないことを平然と言ってのける』


「そうだ。死と暗黒と呪いに満ちた次元のゲートから、そういった力を呼び寄せればいい。お前のスライム配信を見ないと死ぬ呪いをこの世界にかければ、誰もがこぞってお前の配信を見るだろう。生ある者全てがお前の配信を心待ちにし、同接数はうなぎのぼりだ!」

「ひぇ……い、いえ、そんな死んじゃうとか怖いのはちょっと……」

「死ぬほどではなくても、不幸が訪れる程度の呪いならどうだ? スライム配信を見ないと病気になったり、作物が枯れたりする」


『神官ちゃん、陰湿過ぎん?』

『魔王軍の中でも陰キャなんだろ』

『中二病陰キャ』

『もっとかわいい呪いにして!』

『配信見ないとネコさんになっちゃうとか!(おっさんが)』

『配信見ないとフリフリの可愛い服になっちゃうとか!(おっさんが)』


 ある意味地獄の呪いをコメントし出すリスナー達。

 エモリスはそんな地獄に目もくれず、メリッサに告げた。


「そ、そんな無理やりぷにょちゃん達の配信を見せても、心に届きませんよ。よくないです」

「今は届いてるの?」

「ぐぅ……」

「それに、お前のマネージャーとやらを助けるならもっと簡単! ここの王国を100回滅ぼすだけの軍勢だって用意してやれるんだから! な? だから、エモ―キンに力を貸せ」

「……自分達でなんとかできないんですか?」

「それができれば苦労はない」


 メリッサは憮然として言った。


「エモ―キンはその体を発光・明滅させることによって、他者の感情を操作できる。これは支配の力として強力だが、このダンジョン内にはそれが通用しない者達もいる。感情のない者達はエモ―キンから何の影響も受けないからな。そして、その最たる存在、ゴーレム達の軍団が古の命令に未だ従いダンジョン最奥部の中央制御室を守護している」


 そこで挟まれるメリッサの溜息。


「エモ―キンの能力に頼りきりだった私達では歯が立たなかった。私の死や暗黒の魔法も通らない。結局、私達は最奥部に辿り着く前に追い返され、転移させられた。でも、お前なら……物理最強の魔法使いであるエモリス、お前なら魔法障壁持ちのアダマンティンゴーレムだろうとミスラルゴーレムだろうとぶっ叩けるだろ?」

「……魔法使いである必要ないですよね、それ……?」

「ああ、そうかも」

「なら、ソーサラーであるわたしに頼む必要なくないです?」

「でも、私の知る限りこのダンジョン内で一番物理攻撃力があるのお前なんだから、お前に頼む」

「えー……」

「ぐずぐずしている暇はないんだ。今はまだ、ダンジョンを制する中央制御室のことは他の誰にも知られていない。だが、この話がどこからか漏れたら、ダンジョンの主になろうと多くの者達が争って最奥部を目指すだろう。先を越される前に、私達魔王軍がこのダンジョンをいただく。……そのために、まずはここにいる老いぼれの口を封じるべきだな」


 メリッサが剣呑な眼差しをセバスチアンに向けた。


『で、これまでの話、全部配信されてるんだよなあ』

『ポンコツか』

『なにいってだこいつ』


「あー……あの、メリッサさん? わたし、今配信中で……」

「……は?」


 すでにダンジョンの支配をめぐる情報はコメント欄から拡散し始めていた。


『この話を聞いてダンジョン潜る奴ぜったい増えるわ』

『一発逆転やぞ!』

『次元間の往来を支配できるとかめっちゃ金になりそう』

『いやこれがマジなら冒険者がどうこうじゃなく国とか動くっしょ』

『帝国とかダンジョン手に入れたいやろなあ』

『これなんかの罠じゃね? ダンジョンに今まで以上に人をおびき寄せて何かする気じゃ……』


 メリッサは無言になった。

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