第47話 底辺配信者さん、悪の道に誘われる

「そんな……」


 エモリスはセバスチアンの言葉にたじろいだ。

 王国の姫が魔王軍と関係を持っていると、周囲からなにを言われるかわからない。

 姫の結婚相手となる帝国の狂皇子などは、姫の身に直接的な危険を及ぼすことすら考えられる。

 だから、もう関わるな。

 姫様を面倒毎に巻き込むのか、貴様は?

 と、そういった非難の意思が強く伝わってくる。


「……でも……」


 エモリスは、ぐっと腹に力を入れ、巌のように立ちはだかる老騎士に顔を向けた。


「……セバスチアンさんからそうやって事情を聞かせてもらっても、やっぱりこれって勝手な話にしか思えません」

「なんだと?」

「大体、本当にリサさん……姫様は結婚したいと願っているんですか? そんな話聞いたことなかったのに!」

「王族の結婚に私情は挟まれない」

「……私情?」

「王国のためだ。姫様もそこはご理解してくださっている。そうでなければならぬ」

「……つまり、リサさんを、リサさんの好きでもない相手と結婚させようとしているんですか?」

「姫様が望んでいようが望んでいなかろうが、王族の婚姻とはそういうものだ」

「……やっぱり勝手な話じゃないですか……」

「それを貴様が判断するのも、また勝手な話だと思わないのか? 貴様は姫様が好きでもない相手と結婚すると決めつけているが、本当は皇子のことを慕っているかもしれぬ」


『えー?』

『そんなことある?』

『あの第2皇子のこと好きってよっぽど性癖おかしい奴やぞ』

『おれ女だけどあいつと結婚したら食事マナーから言葉遣いまでネチネチ正しさを責められて3日で自決すると思うわよ実際帝国宮廷内での自殺者や被処分者が10年前から3倍になってるデータ出てるわよ』

『内部事情に詳しそうな関係者おるな』

『不敬。帝国神聖正義省に通報した』


 コメント欄に帝国の人っぽいものがちらほら見えた。

 セバスチアンは続ける。


「慕っておらぬとしても、姫様は王国と帝国の未来の礎となるべく、その身を捧げることに誇りをもって臨もうとされているかもしれぬ。父である国王陛下や王国民のためにここで犠牲になり、愛する人たちを救おうと決意しておるのやもしれぬ。それを貴様は一方的な思い込みで否定しようとしていないか?」


 エモリスはセバスチアンの言葉に一瞬、黙る。


「……そうですね」

「であろう? 貴様ごときが出過ぎた真似をする必要は……」

「だからこそ! その点は、直接リサさんから話を聞かないと本当かどうかわかりません。やっぱりわたし、リサさんとちゃんと会って確かめたいんです」

「……貴様が納得いくかどうかなど関係のない話だ。会う必要は認められない。いや、そもそも貴様には姫様に会う資格がない」

「なんでですか!? 身分が違うから、とかですか!?」

「この際、身分は関係ない。ただ、貴様は問題を起こす」

「ええ!? わたし、なにも悪いことしたことないのに!」


 とても不適切なことを言われた、とばかりにエモリスは頬を膨らませた。

 セバスチアンは落ち着いた声で返す。


「貴様、以前とある道具屋にネックレスを売ったことがあるだろう?」

「? そんなこともあったかもですけど、それがなにか……」

「あれは贈り物だった。帝国第2皇子から姫様への、な」

「……そ、そんなにお高いものではなかった……ですよ?」

「ああ、そういうことか、あの道具屋……。ともかく、あれが帝国の関係者に見られていたら、帝国の贈り物を下賤な者どもに売り払ったとして外交問題になるところだった。戦争になっていたかもしれぬ。それが貴様のしでかしたことだ」

「そ、そんなの知りませんでしたし……」

「貴様が姫様から金品をせびったからだろうが」

「わ、わたしがお願いしたわけじゃ……」


 と言いつつも、結局あのお金で自分とキララはマジカルチュールをお腹いっぱい食べることができたのだ、という自覚はある。

 王国にとって大事な品物を売って利益を得たことに違いはない。

 悪いことしちゃった……という思いにとらわれてしまう。

 そこに横から鋭い声がかけられた。


「もういいだろう? 人間など勝手だ。こいつらがお前を罪人だと責めるのなら、もう付き合うこともない。魔王軍に入れ」


 それは、先ほどからエモリスとセバスチアンを油断なく窺っていた、メリッサの言葉だった。

 そのメリッサ、傍らの七色に発光するスライムを指し示す。


「……そして、お前の弟分でもあるエモ―キンを助けてやれ。お前の力ならエモ―キンをこの迷宮の主にできる」

「あ、あの、今はそういうことを話している場合ではなくて、ですね……」

「聞け。この迷宮を完全に掌握する方法が遂に見つかった。伝承を紐解いて、私は遂に迷宮に秘められた力を解放する術を見つけたのだ」

「あのー、メリッサさん?」


 メリッサは有無を言わせず語り出した。


「私はエモ―キンと共に、迷宮内で魔王軍の勢力を拡大すべく活動を続けていた。そんなとき、たまたま下層部にある迷宮管理施設に迷い込んだのだ。そこにある記録から、この迷宮には他次元に繋がるゲートがいくつも設置されており、そこから魔物がこの迷宮に、この世界に侵入してきていることを知った」

「は、はい……」

「そして、迷宮の最奥部には迷宮管理用の中央制御室があり、そこから他次元に繋がるゲートすべてを管理調節できることもわかった。……これがどういうことかわかるか?」

「……昔、迷宮を管理してた人達がいたんですか? その人達は今も……?」

「いや、そいつらがどうなったかは明らかじゃないけど……そうじゃなくてだな! 中央制御室さえ制すれば迷宮内の魔物達を自由に増やしたり減らしたりできるということだ! 魔物をこちらに呼び出し続けるゲートを閉じたり開けたりできるのだからな」


 メリッサはうっすらと笑う。


「ゲートを自由にできるということは、邪神の軍勢をこの世界に引き込むことも、逆に平和で豊かな異世界に乗り込んで金銀財宝を略奪してくることも思いのままということだ」


 聞いていたセバスチアンの顔色が変わる。


「……そのような真似、見過ごすわけにはいかぬ。魔王の手下め」

「お前は姫様とやらの結婚の心配だけしているがいい。さっさと帰れ!」


 メリッサはセバスチアンに毒づき、そして、エモリスに向き直る。


「……ただ、迷宮の中央制御室に至るのには少々問題点があって……そこをお前に手伝ってほしいんだ、エモリス。きっとお前にとっても悪い話じゃない」


 七色に光るエモ―キンが期待に満ちたピンク色に光った。


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