第45話 底辺配信者さん、口封じされる
王国のキングスガード筆頭セバスチアンと名乗る老人はエモリスに対して言った。
「貴様の今探している少女について、すべてはなかったことにしてもらう」
それは依頼の言葉というより、宣言のようだ。
神に懸けて、剣に懸けて、必ずそうしてもらうという宣言。
「これは王国からの命令と受け取ってもらってかまわぬ」
王国の近衛騎士たるキングスガード。
その長であるセバスチアンの言葉は重い。
そんなセバスチアンの断ずるような声に対して、エモリスは問い返す。
「なかったことにって……え? リサさんのこと、ですか?」
「その名前も忘れろ。口に出してはならぬ。貴様にはどんな協力者もいなかった。よいな」
「それは、どうしてそんな……」
「貴様から問いかけることもならぬ。問わずとも、胸に手を当てて考えてみよ。そうせざるを得ない、心当たりがあるだろう」
厳しい口調に、エモリスの言葉が詰まる。
そして、そのような内密のやり取りが、ずっと配信されていた。
絵面だけはエモリス達とは似ても似つかないピンクスライムの川下り動画になっていたが、音声は駄々洩れ。
なので、
『どういうこと?』
『エモリスちゃん、誰となんの話してるわけ?』
『いつものように放送事故』
『口封じライブ配信』
コメント欄は姦しい。
『エモやん、音声ミュートにしないままでええんか?』
『気付いて無さそう』
そのコメントはまさにその通りで、
「そんな一方的な……リサさんはわたしの大事なマネージャー……仲間なんです! なかったことになんかできるわけありません!」
リスナー達の存在など忘れたかのように、エモリスは相手に食って掛かっていた。
「ほう。言葉で通じぬなら、我が剣でわからせるしかなくなるが」
剣呑な雰囲気が流れる。
画面上ではピンクスライムが流れる。
「……姫様を誑かした不届き者に対して、私が冷静でいられるとは決して思わぬことだ」
「姫様……?」
「とぼけるな。それを知っていて近付いたのであろうが。……そうして姫様を誑かし、街で遊び歩くような不良してしまった元凶たる貴様が。しらを切るとはこのこと」
「え、あの、ちょっと待ってください。リサさんが? え? 王国の? どこかのお嬢様ではなくて、姫……?」
「その名は忘れろといったはずだ。わからぬ奴……。はっきり言わねば理解できぬのか? もう二度と関わらぬと約束するなら見逃すが、さもなくばここで口を封じ──いや、死んでもらう」
『ひぇ』
『マジの口封じやん』
『王国の暗部』
『それを堂々と配信するエモリスちゃん、死ぬ気か』
『話が見えないんだけど?なんで殺されるん?』
「いえ……ちょっと話を整理させてもらえますか? わたし、この国のお姫様にマネージャーしてもらってたってこと……? ていうか、なんで? お姫様がなんでわたしの配信見てマネージャーになろうなんて……」
「ダンジョン配信などという、くだらぬ下々の遊戯・虚業に我が王国の姫君が関わっていたと知られては王国の名誉が失われる。そのようなことはあってはならぬこと。……そしてそれ以上に、姫様が貴様の様な者につけこまれたこと、絶対に闇に葬らねばならん」
『エモリスちゃん、お姫様と知り合いだったのか』
『あー』
『……でも、それってさ』
その時になって、エモリスはやっと気づいた。
冒険者カードに流れるコメントの数々。その内容に。
「……あ……あの、すみません、セバスチアンさん。お姫様だっていうこと秘密にしろって言うお話でしたけど……」
「秘密ではない。忘れろといった」
「……もう手遅れっていうか……」
「既に誰かに漏らしていたのか? なら、その者たちの口も封じるのみ」
『ひぇ』
『唐突な殺意がワイらを襲う』
『おまわりさんこっちです』
『無理だと思うなぁ』
エモリスはピンクスライムの動画を終了させ、冒険者カードの画面をライブ映像に戻した。
リスナー達の目の前には、白い鎧を身に纏った筋肉質な老人の姿が映し出されている。
「……あの、今までのお話し、全部配信にのっちゃってたみたいです……」
「どういう意味だ?」
「……こんな感じで……」
エモリスは手にした冒険者カードをセバスチアンにかざしてみせる。
セバスチアンの目は、そこに流れるリスナー達のコメントを追った。
『いぇーい、キングスガードさんみてる~?』
『話は全て聞かせてもらった』
『エモやん口封じしようとしてももう遅いぞ!だからやめろ!』
『おたくのお姫さんアドオタだったなんてねえ』
『ぐへへ黙っててほしかったら……誠意ってなにかね?』
「……ぬっ!」
光が一閃した。
キングスガード筆頭セバスチアンの剣がエモリスの冒険者カードを両断している。
「痴れ者どもが……」
「え!? わあああああ!? な、なにするんですか!?」
「迂闊であった。最初から斬っておくべきだったのだ……」
「もう……! 冒険者カードだってただじゃないんですよ!?」
「そのような心配をしている場合だと思うのか?」
エモリスは懐からもう一枚、冒険者カードを取り出して操作する。
「繋がるかな……あー、あー、皆さん、こんぷにょでーす! 突然配信が乱れてごめんなさい」
「……なんだそれは? なぜまだカードを持っている?」
「それはアドチューバ―ですから。配信中にトラブルで冒険者カードが使えなくなった場合に備えて予備の配信用冒険者カードくらい用意しておきますよ」
「……つまり、まだ配信は続いているというのだな?」
「? はい、そうですけど」
「……今更止めても、最早無意味ということか」
セバスチアンは岩のような顔を僅かにしかめた。
「……私はこういうもみ消しや裏工作など不得手だ。昔はよかった。なんでも剣で解決できた……」
「あのーセバスチアンさん……?」
「……姫様の為にと最後のご奉公をかってはみたものの、配信者などという者に出し抜かれるとは…:…」
「どうしてそんなわたしを目の敵にするんです? わたし、なにも悪いことしていない、ただのぷにょちゃん好きなアドチューバ―でしかないですよ?」
そう聞いたセバスチアンの目は厳しい。
「戯言を。貴様が魔王軍と関わりがあるのは掴んでいる。姫様を利用する気だろうが、それだけは絶対に阻止させてもらおう」
「ええ!? わたし、魔王軍と無関係ですけど!?」
その時だった。
エモリス達の居るダンジョン下層プリズムエリアに轟音が響き渡る。
エリアの壁を突き破って、丸い物体がエモリス達の前にぼいんぼいんと転がってきた。
「……くっ! エモ―キンが一蹴されるとは……あぁ!? 丁度いいところに!」
丸い物体──明滅するスライムにしがみついていた少女、メリッサがエモリスを見て声を上げた。
「エモリス! 説明してる暇はない! 魔王軍に手を貸せ!」
「わぁ、久しぶりですね、メリッサさん」
そうはしゃぎかけたエモリスの背後でセバスチアンの視線は冷たかった。
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