第42話 底辺配信者さん、真実を求めて闇に迫る

 マネージャー役であるリサからの結婚と引退の知らせ。

 それはエモリスに衝撃を与えていた。


 そうだったんだ……。

 結婚するんじゃ、確かにもう、わたしのマネージャーなんてやってられないよね。

 おめでとう、って言ってあげなきゃ!


 そんなお祝いの気持ち。

 そして、


 ……でも、わたしのこと、トップアドチューバ―にしてくれるって言ってたのに……。

 ……あれれ? 変じゃない?

 リサさん、そんな風にわたしのことを途中で投げ出すような人じゃないし、そもそも、わたしのこと好きなんじゃないの?

 なのに、結婚する……?

 わたしに結婚の話が来ていないってことは、リサさん、わたし以外の誰かと結婚するってことだよね?

 んん?

 おかしない? 


 どうにもモヤモヤする気持ち。

 それらがないまぜになって、エモリスの中で渦巻く。

 そして、そんな気持ちがポロリと口から出た。


「……相手はどんな人なんだろう? 今までリサさんが結婚するなんて話、一度も聞いてなかったのに……突然過ぎる……」


 口に出してみると、いよいよモヤモヤが大きくなる。


「……なんでなにも言ってくれなかったのかな……? 何か言えないような事情があった……?」


 エモリスは今や、名探偵のように腕を組み、真面目な顔。

 頭の中で自問自答を繰り返す。


 整理して考えてみよう。

 まず、リサさんはわたしのことが好き。

 これは確定事項として、そのリサさんから結婚するって言ってきた。

 でも、わたしはまだ結婚する予定はない。まるで白紙……。

 つまり、リサさんはあまりにもわたしのこと好き過ぎて、もう、すぐにでも結婚する気になっちゃっている、と。いやあ、あんまり好きになられるのも困っちゃうなあ……。

 けど、ここでもう一つの可能性が思い浮かんじゃう。

 ……もしかするとリサさん、わたし以外の誰かと結婚するんじゃ……?

 リサさんが心変わりして、他の誰かを好きになったとか……。

 そんなこと有り得る?

 いや、リサさんはわたしのこと好きなままで、でも他の誰かと結婚しようとしているという可能性もあるのでは……?

 それこそ私にも言えない事情、おうちの借金の肩に悪いお金持ちと無理やり結婚させられようとしている、とか。

 とんでもない闇の組織に捕まって、どこか悪党のところに売り飛ばされようとしている、とか……!?

 わたしをそんな事情に巻き込みたくなくて、詳しいことを話してくれていなかったとすれば……全てに合点がいく……!

 これ、リサさん、大ピンチなんじゃない!?


 エモリスは自分の出した結論に震える。

 早く何とかしなきゃ! とはやる気持ち。


 今すぐ衛兵さんに訴え出て、リサさんを助けてもらわないと!

 いや、人に頼んでなんていられない、わたしが助けに行かないと!

 うわああああああ!


 その時、急にキララのエサ皿がひっくり返って、派手な音を鳴らした。

 ぶすったれた白猫が、たしたしと前足で、ひっくり返ったエサ皿を叩いている。

 エサの要求だ。


「あ、ごめんごめん、ちょっと待ってね」


 エモリスは我に返ったようになって、キララ用のキャットフードをエサ皿に盛りつけた。

 キララの表情は、またこれか? といわんばかり。

 エサを要求しておきながら、ふんふんと鼻を引くつかせ、ぷいと横を向いてしまう。


 そうやってキララの世話をしている内に、さすがエモリス、ぐっとこらえて冷静に考え直す。


 ……リサさんの事情とか、そんな物語の中でしかないようなこと、実際にあるのかな?

 確かに、リサさんからの結婚するっていう報告は、実は助けてほしいっていうメッセージなのかもしれない。

 でも、それはすべてわたしの推測。

 実際に確かめて見なければなにが真実かはわからない……!


「……そうだ、実際に直接会って、話を聞いてみなきゃ……」


 自分の部屋で、やきもきしていても仕方がない。

 エモリスはリサの身になにが起こっているのか、彼女自身の口から聞くために、歩き出す。


  ◆


「……リサ?」

「はい、こう……仮面をつけた女の子で……長い髪に紫の瞳をしているんですけど……」

「……そんな子いたかな……?」


 冒険者ギルドの受付嬢は首を捻る。

 目の前の端末で、リサの名前などを確認しているようだ。

 エモリスは冒険者ギルドを訪れていた。

 そして、要領を得ない表情のギルド受付嬢に説明する。


「冒険者カードを持っていたので、ギルドに所属しているのは間違いないんです」

「……で、その子を探してどうするの?」

「ちょっと話したいことがありまして……普段は冒険者ギルドのホールで会うんですけど、ここしばらく姿を見ていないんですよね」

「冒険者カードで連絡は取り合えるでしょう? ギルド窓口に問い合わせなくてもいいんじゃない?」

「それが……冒険者カードからの呼びかけには応えてくれないんです……なので、ギルドにリサさんの住んでいる場所とか登録されてたら教えてもらえないかなって思いまして」

「ええ~? それはちょっと教えられないかなあ」

「そうなんですか?」

「知られたくない事情を抱えてるのが冒険者ってものだから。本人が開示して無いものを、ギルドで勝手に教えるわけにはいかない。でしょう? ギルドの信用にも関わるしね」


 そう言いながら、受付嬢は肩を竦める。


「……ていうか、そもそもそんな名前の女の子、うちのギルドには登録されていないけどね」

「え? いない?」

「そ。あなた、なにか勘違いしてるんじゃない? 名前を間違えてるとか」

「そんなはずは……も、もしかして、結婚を機にギルドもやめちゃったとか……!」

「これまでにも、リサなんて名前の冒険者は登録されていないわ。あなた、きっと違う子を探してるんだよ。ギルドではお役に立てないわね」

「そんなぁ……」


 と、ギルド受付嬢の背後から大柄な中年男性がのっそり姿を現す。


「ちょっと、君達、何の話をしているんだい? 気になったんだが……」

「あ、主任。いえ、こちらの方がギルドに登録している冒険者のことを聞きたいということで……」

「君、とある冒険者がギルドに登録されているのかいないのか、それも含めて漏らしてはダメだ。なにも答えてはいけない」

「は、はい、主任……」

「ここは私が引き継ぐから、君はあちらの窓口の対応を頼む」


 ギルドの主任とやらは受付嬢を下がらせ、ずい、とエモリスの目の前に立ちはだかった。


「……というわけで、なにもお答えすることはできませんね」

「え? あの、でも、リサさんに繋がれそうなところはギルドくらいしか知らなくて……」

「申し訳ありませんがお力にはなれません」


 けんもほろろ。


「しゅ、主任さんならギルドに所属する冒険者さん達のこと、詳しいんじゃないですか? リサさんのことも知ってるんじゃ……」

「さあ、わかりかねます」

「リサさんは仮面で顔を隠してますけど、たぶん、わたしと同じくらいの年の女の子なんです。思い当たる子、いませんか? 長い髪は艶やかで……だからたぶん、冒険には出たことないと思います。冒険者カードを手に入れるためだけにギルドに登録したんだと思うんですよね。とにかく印象的なのが、仮面をしていても目立つ紫の瞳で……あ、あと、とってもお金持ちです! 前、わたしに高そうな首飾りをくれたことがあって、わたし、それに甘えちゃったんですけど……」

「あ! あ!」


 主任は周囲の目を気にしながら、声を潜める。


「……だから! お役には立てないと言ってるでしょうが! そんな人は知りませんし、関係ありません! もうこれ以上、何も喋らず、どうかお引き取りください!」

「そんな、じゃあ、わたしどうしたらリサさんに会えるんですか?」

「忘れなさい! その名ももう出さないように! いいですね!」


 主任は叩きつけるように言うと、エモリスをしっしっと手で追い払うようにする。

 ギルドで聞けば、なにかリサのことわかるだろう。

 そんな当てが外れたエモリスは、手がかりを失って肩を落とした。


「……どうしよう? どうしたらリサさんの居場所、わかるかな……」


 ギルドの窓口を見つめながら、エモリスは呟く。

 主任が未だに剣呑な目でエモリスを睨んできていた。その瞳はまるでガラス玉のよう。

 それを受けて、エモリスはなにかにはっと気づいた。


「あ! そうだ! ……ちょっと強引だけど……!」


 エモリスは主任に笑いかける。

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