第41話 底辺配信者さん、結婚される

「うーん……最近全然連絡がない……」


 エモリスは自室で横になりながら、冒険者カードをポチポチ押していた。

 リラックスした態勢。

 だが、気持ちは浮かない。


「一体どうしちゃったんだろう、リサさん……」


 エモリスは冒険者カードに記録されている、これまでの個人的な通信記録を見直していた。

 その中でも、エモリスのマネージャーを自称する仮面姿の少女リサとの通信内容だけがここ最近、まったく更新されていない。

 これまでは、エモリスが配信を行うと必ずリサから通信が入っていた。


『とってもよかった! 今日の配信!』

「……えへ、へへ、そ、そうですか?」

『エモリスちゃんがキモイくらいぷにょちゃん好きだって伝わってきて、エモリスちゃんの存在感が強く印象付けられてた! エモリスちゃんの個性の見せ方として、あれでいいと思う!』

「はい、ありがとうございます! ……えっと、キモくないですよね……?」

『強い感情と結び付けられた印象って、人の記憶に強く残るから! エモリスちゃんもキモいくらい好き好き言って正解だよ!』

「わ、わぁ……! よかったです! ……でも、キモくないですよね……?」

『それにエモリスちゃんの戦闘シーンもよかったよ!』

「あ、魔法を使ったところですね!」

『圧倒的な物理力でデーモン達をねじ伏せていくの、やっぱりエモリスちゃんみたいな女の子がチート級に強いっていうのは需要があると思うんだよね』

「……魔法ですよ?」

『実際、ライブ配信で一番同接数が増えたり、解析で注目度が高くなってたのってそういうシーンだったから。これからもちょくちょく強い魔獣をぶっ倒していくシーンを入れていこう!』

「……あんまり戦闘とかしたくはないんですけど……癒し系アドチューバ―なので……」

『癒し系がいざ戦うとグロイほど強いっていうギャップがいいんだよ! 今日もデーモンバラバラにしてたよね?』

「……撫でただけです。な、撫でると勝手にバラバラになっちゃうだけで……」

『じゃあ今度はドラゴン撫でて!』


 こんなやり取りが必ずあった。

 まず褒めてくれる。

 これがエモリスには嬉しい。

 その後、その日の配信の総評やこれからの指針などを示してくれた。

 次の配信はこういうぷにょちゃんを紹介したらどうか、歌ってみながら配信したらどうか、こんなダンジョン探索用具があるので使ってみたらどうか、などなどの提案もある。

 エモリス1人だけで考えるのではなく、リサというマネージャーというか仲間とのやり取りで物事が進んでいく感じ。

 これがエモリスのモチベーションに繋がっていた。

 だが、それがここ最近絶えている。

 これまでも、何度か急に通信が途切れることはあった。

 リサの方から慌てて話を切り上げて、ぶつ切りになることが。

 それでも、後でまたリサから連絡が入ってきて、話は続いていた。

 なのに、今回はずっとリサから通信は入らない。


「……どうしちゃったんだろう?」


 エモリスはじっと冒険者カードを見つめるばかり。

 正直、リサから通信が入ることに慣れ過ぎていて、今までエモリスからリサに通信を送ったことはほとんどない。

 エモリスは通信ボードを開いて、文字を書き込んでみる。


『リサさん、今どうしてますか? 今後のことお話しできませんか?』


 また、前みたいに。

 そう書き込んで送信しようとして、エモリスの指が止まった。

 エモリスは、そこで気後れする。


「……わたしの方から連絡とるなんて嫌われないかな……リサさんが連絡してこないっていうのはリサさんが忙しいってことだから……そんなところにわたしが『配信どうでした?』なんて聞きに行くの悪いっていうか……そもそも、そんなに自分の配信のことエゴサするみたいに気にしてるのバレバレになっちゃうし……それをリサさんに知られちゃうの、みっともない気がする……」


 エモリスは寝床でゴロリと転がって上を向き、冒険者カードから目を離した。


「……やっぱり、リサさんから連絡が来るまで待ってた方がいいかな……」


 自分から話しかける勇気が出ない。

 エモリスはそれを「相手に悪いから……」と言い訳して、今日も目を逸らす。

 いや、逸らそうとした。

 だが、


「ぐひゅっ!?」


 どっすん。

 と、白いデブ猫が腹に跳び乗ってきたせいで、エモリスは潰れたカエルみたいな鳴き声を出してしまう。


「な、なにっ!? き、キララ、ど、どうしたの……く、くるし……っ!」

「にゃー」


 石みたいに重くなったキララに乗られ、エモリスは手足をじたばたさせた。

 頭に血が上って顔が赤くなるくらい本気の脱出を試みる。

 その拍子に、エモリスの手から冒険者カードがすっぽ抜けた。


「……はぁ……はぁ……割と死ぬかと思った……」


 もはや凶器と化したキララの肉体を横目に、ようやくエモリスが息を整えられたのは数分後。

 キララは悪びれるでもなく、むしろ、感謝しろよ? とばかりにエモリスは細目でチラ見してくる。


「……もう、どうしたの? キララ? 急に邪魔してきて……あ、わたしが冒険者カードに夢中だったからヤキモチ焼いちゃったのかな?」


 ちゃうわ。

 そんな仏頂面になったキララは、すっくと立ちあがり、何処かへとのっそのっそ歩み去ってしまう。


「あれ? キララ? ……もう、なんだったんだろう……甘えたいんじゃないのかな? って、冒険者カードは……」


 エモリスは落としたカードを拾い上げる。

 そして、


「……あ」


 エモリスの書き込み、リサへの呼びかけが送信されていた。

 手からすっぽ抜けた際にどこかにぶつかって送信されてしまったらしい。


「……送っちゃった……リサさんに……なんか恥ず……」


 もっと気の利いた文章送ればよかったのに……!

 『今後のことお話しできませんか……?』とか気持ち悪くない?

 未練たらしいストーカーみたいに思われちゃうかも……!

 もっと陽キャみたいなこと書ければいいのに……。


 取り消すこともできず。

 エモリスはじっと冒険者カードを見つめる。

 

 ま、まぁ、リサさん、忙しいからわたしからの通信なんて気付かないかもしれないし、だったら実質、通信ゼロだし……。


「ああ! 既読ついた!」


 逃げ道を塞がれた気分で、エモリスは言葉を漏らす。

 読まれてしまった以上、リサからなんらかのリアクションを受け取ることになる。

 無視されたなら無視されたで、それは立派なリアクションだ。拒絶という名の反応。

 自分がこれからどんな答えを受け取ることになるのか、エモリスは期待と不安で胸が苦しい。


 ……こんな苦しくなるくらいなら、最初からなにも言わなければよかったんじゃ……?


 じっと冒険者カードを見つめ続けながら、ただ、エモリスは待つ。

 そして、その瞬間が来た。


「……返事が来た……!」


 ぱっと目に入ってきたリサからの答え。それは簡潔でぶっきらぼうなものだった。


『結婚します』

『遊びは終わり』

『もう連絡しないこと』

『これにて暇乞いとしたい』


「……え……?」


 エモリスは言葉を失う。

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