第40話 底辺配信者さん、あまりにひどいことをしたので裁かれる

 フェイタルスの細髭の男は、抑揚のない声でエモリスに尋ねてきた。


「……お前の搾りたてミルクの正体はスライムの搾り汁だったというんだな……?」

「搾り汁っていういい方はちょっと……かわいくないですよね? ギャルぷにょちゃんのギャルミルクの方がよくないですか?」


 細髭の男は、戦場であまりにもたくさんの死を見てしまった人みたいに、エモリスの言葉に無反応。

 虚ろで無感動な口調が続く。


「……それを……なんでわざわざ物陰で隠れて搾った……?」

「え? なんでって……その方がいいかと思って……」

「俺は……搾るところを見せないようにしてたから……てっきり……」


 淡々と語る細髭の男に、コメント欄が同情しはじめる。


『俺も、おっぱおから直接絞り出してる物とばかり……!』

『だまされた』

『どうしてそんなひどいことするの』

『このひと喜怒哀楽無くなってる』

『PTSD発症してるやん』

『あまりにもひどい現実を突きつけられることに人は耐えられない』

『かわいそう』

『俺らもや』

『エモリスちゃんの搾りたてミルクかと思ったらギャルスラから絞り出されたハッピーエキスだった。これは病むわ』


 エモリスは目の前の男の様子が、なんだかよくわからない。

 首を傾げながら、


「ええと……ギャルぷにょちゃんを隠れて搾ってたのは、一応わたし、癒し系モンスター動画を配信してるアドチューバ―なわけですよ……」


 エモリスはもじもじした。


「……ぷにょちゃんを絞ってる姿とか、いつもぷにょちゃんのことかわいいかわいい言っておきながら、実は虐めてるみたいじゃないですか? だから、あんまり見られたくなくて……」


 エモリスの手の中のギャルスライムが、カワ! と鳴いた。


「えへへ、ありがとう! 君は優しい子だね? ……それに、ギャルぷにょちゃんは怪我してる人のためなら搾っていいよって許してくれたんですけど、ギャルぷにょちゃんだって自分が絞られてる姿をみんなに見られるのは恥ずかしいじゃないですか? だから、隠れて……」

「……俺が馬鹿だった……俺は間違っていた……」


 ぶつぶつ呟く細髭の男。

 そんな男に、エモリスは努めて明るく話しかける。


「そ、それに、ぷにょちゃんのミルクを飲むことには抵抗ある人もいるかと思うんですよね! こんなにかわいいのに変だとは思うんですけど、ぷにょちゃんが無理っていう人もいないわけじゃないですし。なので、見せないように、っていう配慮もありました。でも……!」


 にっこりと微笑みかける。


「あなたは直飲みしたいって言えるくらいぷにょちゃんへの愛がある人だから大丈夫! ですよね? ですので、はい! お待ちかねのギャルぷにょちゃんですよ!」


 エモリスは、再度ギャルスライムを細髭の男に差し出した。

 どうぞ、受け取って? と小首を傾げてみせる。

 それを見て、細髭の男は震え出した。


「……ば……」

「? ば?」

「バカ……ッ! 吸えるか……! こんなもん……ッ!」


 それは魂から絞り出したかのような震え声。

 目をくわっと見開いて、エモリスに食って掛かる。


「お前! 俺を騙した挙句、スライムを吸えって言うのか!? こんな下等なモンスターを!? この俺に!?」


『あ』

『ショックから立ち直った?』

『感情を!怒りを!取り戻せ!』

『なんやこいつ、おまえが吸いたい言い出したんやろ』


 細髭の男は黒い刀身の刀を構え直した。


「スライムなんぞ皆殺しだ……! その後で、お前を裁く! お前のやったことは絶対に、絶対に許されない悪だ! 必ず報いを受けさせてやる……!」

「え? え? あの、ちょっと落ち着いてください」


 エモリスは男の鼻息の荒さに戸惑うばかり。

 感情のアップダウンが激しくてついていけないようだ。

 そんなエモリスの背後にいくつかの影が立つ。そのうちの1つが当惑気に言葉を発した。


「……おい、ヴァル。これ、一体どういう状況なんだ?」

「ウィス、ブレード、それにナイトも復活したのか」


 細髭の男は口元を片方上げて笑った。


「スライムの薄汚い搾り汁飲んで喜んでた割には元気そうで何よりだ。おい、お前ら。そいつ捕まえろ。これから予定通り、俺達フェイタルスが邪悪なアドチューバ―に制裁を加える配信を始めるぞ」

「あ、皆さん、もう怪我の方は回復したんですね」


 エモリスは周囲を取り囲むフェイタルスのメンバーの様子を確認していった。


「怪我が治ってる……あのミルクが効いたのか?」 

「……俺達、あのミルクを飲んで……?」


 フェイタルスの他のメンバー達が顔を見合わせているのを見て、細髭の男は怒鳴った。


「お前ら、騙されてスライムの中身を飲まされたんだぞ! なにがミルクだ、いつまで寝ぼけてる! そこの女に罰を下すんだ、さっさとやれ!」


 フェイタルスの男達がそれぞれ武器を抜いた。


「え? あれ?」


 エモリスは殺気を放つ男達に取り囲まれる。

 そこで配信は終わっている。


  ◆


「エモリスちゃん! 遅れてごめん!」


 エモリス達が配信していた場所、ダンジョン中層ファッションリフト・エリア。

 そこに女剣士が単身駆け込んできた。


「マスターズの仲間にも連絡して、すぐに他の応援もくるから安心して! 怪我人は安全に運びだすから」


 エモリスの助けを呼ぶ配信にいち早く呼応した、マスターズの剣士レネだ。

 カラフルでキラキラしたファッションリフト・エリアに、一瞬ためらったようだが、すぐにエモリスへの心配が優ったようだ。


「……途中で配信が切れちゃったから状況がわからないんだけど、みんな無事……」


 レネはそこまで言いかけて、息を呑む。

 そこに広がる凄惨な光景に言葉を失ったのだ。


「……これは……! なんて酷い……!」


 レネの前に広がった光景。それはまさに地獄絵図だった。


「おほぉぉぉぉぉぉ! ギャルミルクうめえぇぇぇぇ!」

「とめらんねぇぇぇぇぇいぎゅうううううううっ!」

「ああああああああああああぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ見える見えりゅよぉぉぉぉ!」

「ギャルたん! ギャルたん! ギャルたん! スース―ハーハーギャルたん!

あ、あぁあああぁああ、っーーーーああぁああああああ

いいにおおおおおおおおおおおおい!!!!

しゅっごぉぉぉおおおおおおおぉおおおおい!!!!!!

お花みたいな匂いしゅるゥゥゥゥぅぅぅぅぅ~~~~~~!!!!!!

クンカクンカスーハ―スーハ―、ん、ンンンンンンンンンッ//////////////

しゅきしゅき大しゅき! ぷにょぽにょ! ぷにょぽにょ! 溶けりゅぅぅぅぅぅううう!!!!!

んは! んは! んッッッッッッハァッ

しゅきしゅき大しゅき! ぷにょぽにょ! ぷにょぽにょ! にゅるにゅるにゅるにゅる入って来りゅうううぅぅぅぅ!!!!!!!!!!

今日のギャルたんもかわいがっだよぉおおおぉおおおんほぉぉぉぉぉおおおおおおぉぉぉ!!!!!

ぼきゅの夢に! ぼきゅの夢に! 出ておいでギャルたぁあああああんぎゃああぁああああああにゃぁあああああぁああああうにゃぁあああぁあああああ!!!!!!!!!!!」


 フェイタルスのおっさん達がスライム啜っておほり散らかす地獄絵図。


「どうしてこんな……! なにがあったら人はこんなことになるの……!?」


 変わり果てたフェイタルスメンバーの姿。

 レネはそれを見て吐き気を抑えながら、声を絞り出した。


「……ひどすぎる……手遅れだ……」

「あ、レネさん! 来てくれたんですね!」


 そう言って、手を振りながら近づいてくるのはエモリスだ。


「エモリスちゃん! これは一体どういう……君は!? 君は大丈夫なの!?」

「はい? わたしは別に……」


 キョトンとした顔のエモリスに、レネは安堵する。

 それから、悲しそうにフェイタルスの面々に視線をやった。


「……助けはもう必要ない……みたいだね」

「ええ! もう皆さん、元気になりましたから」


 エモリスは朗らかに笑った。


「なんだかよくわからないんですけど、怪我の治ったフェイタルスの皆さんがまだ怪我をしていたリーダーの人を押さえつけて皆でギャルミルクを飲ませてあげて……そうしたら、皆あんなに元気になって、ぷにょちゃん達とすっかり仲良しになってくれたんですよ!」

「仲良く……」

「わたし、アドチューバ―として配信してきて本当によかったと思います! 今日もぷにょちゃんの素晴らしさ、かわいさをこの4人にわかってもらえたんですから!」

「……うん、うん、そうだね。エモリスちゃんが楽しんでいるなら、それが一番だよ」


 レネはエモリスに頷いて見せた。

 こうして私人逮捕系アドチューバ―集団フェイタルスは登録者数を大幅に減らし、活動もほとんど知られることがなくなった。

 だが、本人たちは楽しそうなのでそれでよかった。

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